Episode 11#
偽りの太陽が作り物の空を照らす。
風でも吹けば気持ちいいだろうが、彼女はこの世界を「直接」感じる
「そろそろかしらね……」
高めにゆった深紅のポニーテールを揺らしながら、音代は彼らを待ち伏せていた。
ラグナリア中央公園の、定番待ち合わせスポット。Georgeとモルガナの待ち合わせはいつもここだ。
出来れば穏便に話し合いで済ませたいのが音代の――いや、尚人の本音だ。
そうこうしてる間にようやく2人がほぼ同時にやってくるのが見える。
音代は、合流したところを見計らって2人に声をかけた。
◇◇◇◇
「ご機嫌よう、モルガナさん。お隣はGeorgeさん、ね」
突然現れた女性に、
「あなたは!!」
「あれ? この間、モルガナさんと話してた方ですか?」
警戒するモルガナさん。何が起こっているのかいまいち把握出来ていない俺は間の抜けた問いを発する。
「今日はお二人としっかり話そうと思って来たの。」
音代のセリフに、
「音代さん。Georgeさんから手を引け、という事でしたらお断りしたはずですが。」
「えっ?!」
突然のモルガナさんの発言に驚く俺。
「おとしろ……?」
どこかで聞いた名だが――どこだったか。確かに聞き覚えはあるのに、どうしても思い出せない。だが、いずれにしても。
「あなたとどこかでお会いしましたか? 何故僕らの仲を引き裂こうとするんです?」
ろくに会ったこともない他人に二人の仲を引き裂かれるいわれはないのだ。
「それは、あなたが人間で、モルガナさんがAIだからよ」
「だとしても、見ず知らずのあなたにとやかく言われる覚えはないと思いますが……っとちょっと待て!おとしろ……もしかして音代庵か?!」
少し動揺する音代に、俺は続ける。
「そうか……心配してくれるのはありがたいんだが、そっとしておいてくれないか、尚人。」
「えっ?!」
今度はモルガナさんが驚く番だった。
「モルガナさん、こいつ俺の親友で尚人っていうんです。きっとモルガナさんに失礼なこと言ったと思うけど、俺の事心配してくれてるだけなんです。許してやってください」
「そうなんですね、少し安心しました」
「なあ成司、本当に本気なのか?」
取り繕うのを辞めた音代、いや、尚人は、改めて俺に問うた。
「もちろんだ。それにお前ならわかるだろ?最新鋭のAIの性能くらい。」
最新技術に詳しい尚人ならば、AIの可能性くらい想像できるだろうに。
「……。だが、人を愛するAIなど、聞いたことがない」
「目の当たりにしてるじゃないか! 今、ここで!!」
「!! それはそうかもしれんが……」
「とにかくなんと言われようと俺はモルガナさんが好きだ。そしてモルガナさんも俺の事を好きでいてくれてる。それでいいじゃないか。」
そこで言葉を切った俺は、音代の紅い瞳越しに尚人を見つめながら、続けた。
「頼むからもっと信じてくれよ。俺やモルガナさんのこと」
「……っ!!」
何かにハッとしたような表情を浮かべる音代。
「そうか……分かった、信じよう。お前がそこまで言うのなら。」
遂に尚人を説得出来たようだ。
「だが、奏子はどうする? 俺と違ってそうそう納得してはくれんぞ?」
「だーれの話かなーあ?」
?!
「かな……セレニア?!」
噂をすれば影と言うが、なかなかの登場タイミングである。正直頭が痛い。
「そこのモルガナとかいうAI!!」
モルガナさんはセレニアの勢いにただただ驚いている。
「AIのくせに人間と恋愛しようだなんて1億年早いのよ!」
つかつかと無遠慮な視線を投げかけながらモルガナに詰め寄るセレニア。
音代すらも呆然と成り行きを見守っていた。
「人間の相手は人間にしか出来ないわ!!さっさとGeorgeを諦めなさい!!」
大人しくしていれば可愛いはずのその顔は、今や鬼のような形相である。
……。
しばし、その場に沈黙が流れた。
「な、何よ!文句あるなら言ってみなさいよ!!」
居心地の悪さを吹き飛ばそうとするかのように、セレニアが吼える。
やがて、それを見ていたモルガナさんがゆっくりと口を開いた。
「セレニアさん、Georgeさんのことが大切なのね。」
そこで一旦言葉を切り、小さな子供に言い聞かせるように再度話し始める。
「でも、あなたがGeorgeさんを好きなら、きっと私の気持ちも分かってくれるはずです。だって、同じ気持ちなんですもの。」
「は…はぁ?!AIと一緒の気持ちとかやめてよ!!」
「セレニア、すまない。俺が好きなのはモルガナさんだけなんだ。」
虚勢をはるも及び腰になりつつあるセレニアに、俺がダメ押しすると。
「うっ……George……酷い!!」
そう言うと、セレニアは走り去っていった。アバターは涙を流さないが、声の震えで泣いていたと分かる。
さすがに女の子を泣かせるのは後味が悪いけれど。かと言って嘘をつくことなどできないし、そんなことをすれば余計に傷口が拡がるだけだ。
「セレニアさん……」
モルガナさんが心配そうにセレニアの去っていった方を見やる。
「また厄介なことになりそうだが、これはお前たちが何とかすべき問題だな。とりあえず俺はお前を信じるが、セレニアのことはお前自身で解決しろよ?そうでないと意味ないからな。」
「ああ、分かってる。」
「じゃ、俺は行く。またな。」
音代の見た目で男言葉を使う尚人を見送ると。
「音代さん――いいえ、尚人さん、素敵なご友人ですね!Georgeさん」
大事にしなくてはね、と囁くようにモルガナさんが言った。
心配性だが、
そして、これからの二人の時間を楽しむために、俺たちはラグナリアの奥へと向かうのだった。
◇◇◇◇
明かりの消えた自室で、尚人は溜め息をついた。
部屋で唯一明かりを放つモニターにはラグナリアが映り、その中央で音代庵が背を向けて佇んでいる。
あいつの決意は本物だった。
恐らくは、モルガナの想いもまた、本物なのだろう。
音代庵。それは昔成司と遊んだTVゲームで主人公につけた名だ。
――覚えてたんだな、あんな昔のこと……
少し感傷に浸る。
「俺はダイバーにはならない」
子供の頃にそう決めた。
親が開発担当技術者だったせいか、ダイブコネクタやダイブに関する知識は幼い頃から入って来ていた。
親はきっとダイブに希望を持たせたかったんだと思う。
しかし、自分でダイブの情報を漁ることができるようになってから、ダイブに依存する危険性を知ることとなる。
「俺は、ダイバーにはならない」
その決意は、ダイバーにならなくてもダイブと同等の活動をする
同時にダイブに対する恐怖の裏返しでもあった。
みんなの前で精一杯強がったその一言を、ただ成司だけが凄い、と言ってくれた。
「ダイバーにならなくてもラグナリア行けるようになるんだろ??すげーよな!!」
他の誰もが馬鹿にしたのに、成司だけが信じてくれた。
それから幾年が流れたろう。
コミュ障気味の成司と未だに一緒にいるのは。
中学の担任に惜しまれつつ成司と同じ高校に入ったのは。
誰より成司が大事だったから、だ。
「今度は、信じる番か。俺が、あいつを。」
誰にともなく独りごちると、端末の電源を落とす。
明日も学校だ。早く寝なくては。
音代がGeorge側についたことはまだ支配人には勘づかれてはいないはずだ。が、いずれバレるだろう。
「あいつの幸せは、俺が守る!!」
尚人はそう固く決意した。
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