Episode 10#

「尚人のやつ、遅いな」


 いつものDeep Seaカフェに呼び出されたものの、呼び出した当の本人が来ない。


「尚人が遅刻か。珍しいねェ」


 店長テンチョーも不思議そうだ。


 よく晴れた日曜の昼下がり。いつものカルボナーラを平らげてなお、待ち人は来ない。


 窓から差す日差しの暖かさに食後というのも重なり、ついうとうとしかけたその時。


 カランコローン。


 入口の鐘を少しやかましく鳴らして、尚人が店に入ってきた。


「すまん、待たせたな」


「おっっせええよ!! 思わず寝そうになったわ!!」


 冗談めかしてキレる俺に、


「1杯なんでも好きなの奢るから、許せ。」


 ?!


 尚人にしては珍しい提案だ。まるで俺の機嫌でもとっているかのようで、なんだか少し気色悪いんだが。


「ほほう、なんでも??」


「ああ。男に二言はない!」


 おっしゃ、いちばん高いコーヒー頼んじゃる!!と意気込んだその時。


「えーっと、私もいるんだけど??」


 ガタイのいい尚人の陰から奏子が現れた。


「お前も好きなもん飲め」


「やったー!」


 奏子は早々にカフェラテを注文し、改めてまじまじと店内を見回している。


「素敵なお店!!」


 そういう奏子の目は輝いている。


 正直ちゃんと奏子と仲直りしてない俺としては少々居心地が良くないのだが。


「で、奏子まで呼んで何の用だ?」


「なんか最近妙に嬉しそうというか、楽しそうだから何があったか気になるんだって」


 尚人の代わりに奏子が答えた。


「ふふん、聞きたいか?」


 軽く調子に乗る俺の問いに、


「気にはなるな」


「聞きたーい!」


 2人の同意が返ってくる。そりゃそうだろう。そのために来たんだろうし。


「実は……」


「実は?」


 俺は無駄に勿体ぶる。そして。


「モルガナさんと付き合うことになった!」


 これで正式に2人に報告したことになるのか。


「!!」


「ほほう」


 奏子は少し傷ついたような、尚人は興味深げな反応をそれぞれ見せた。


「で、そのモルガナさんってのは、どんな女なんだ?」


「と言うと?」


 質問がふわっとしすぎてどう返していいか分からず聞き返すと、


「例えばほら、どこに住んでる、とか、リアルで何してる、とかそういうのじゃない?」


「リアルか……」


 モルガナさんにリアルなどない。どう説明したものか。


「もしかしてリアル情報何も聞いてないとかじゃないだろうな?」


 口ごもった俺に尚人が追いすがる。


「それが……リアルにはいないんだ……」


「は?」


 奏子が素っ頓狂な声を上げる。尚人はといえば怪訝そうに眉をしかめている。


「どういうことそれ?」


 奏子の口調がこころなしか強くなる。俺はしばらく悩んだ後、思い切って口を開いた。


「モルガナさん、AIなんだ」


「はぁぁぁ?!」


 奏子は怒りと呆れが混ざった声を上げる。


「私、人間じゃないものに負けたの?? ただのプログラムに??」


「モルガナさんはただのプログラムじゃない!!」


「バッカじゃないの!! 私、認めないから!! ただのプログラムになんて負けるもんですか!!」


「か、奏子……??」


「絶望的に鈍いわ、プログラムに恋するわ、ほんと最悪な男だけど……。それでも、好きなんだもん!!!」


「お、おい!!」


「覚えてなさいよ!! 絶対目を覚まさせてあげるんだから!! プログラムなんかより、リアルがいい、って思い知らせてあげるわ!!」


 そう捨て台詞を吐くと、奏子は店から出ていった。


 後には呆気に取られた俺と、やれやれと言わんばかりの尚人が残された。


「……お前、AIと恋愛とか本気か?」


「本気だが、何か?」


 尚人はマリアナ海溝並に深いため息をつき、何か言いたげな眼差しをこちらに投げる。が、何も言わなかった。


「……言いたいことあるならはっきり言えよ」


「相手は所詮AIだぞ。正直正気を疑うレベルだ」


「だからなんだ! AIだろうが何だろうが、俺が好きで、なおかつ俺の事好きでいてくれる女だ! 何が悪い」


「……今日のところはとりあえず引き下がっておくが……仲田のことはどうする?」


 うっ……。


 なかなか痛いところを突かれて俺は唸った。


「あいつの闘争心に火をつけたようだし……。仲田のことも少しは見てやったらどうだ?」


「……」


 モルガナさんを諦める気はさらさらないが、この問いに答える言葉を俺は持っていなかった。


「モテる男は辛いねェ」


 明らかに面白がっている店長をよそに、今日は解散することになったのだった。


 ◇◇◇◇


「うん、オールクリア!! これで使えそうですね」


 カフェDeep Seaディープ・シーで奏子がキレ散らかしているその頃、モルガナは試作した作業用プログラムをテストしていた。


 ルーティンワークは全てこのプログラムに投げてしまおう、という作戦である。


 今回課されている仕事のほとんどが些細なルーティンワークであることを考えると、これで大幅な仕事量と時間の削減に繋がるだろう。


 作成にやや手間取りはしたものの、出来は悪くなさそうだ。


 手始めに最も単純な仕事をプログラムに投げてみる。


 順調に稼働するのを確認すると、モルガナはこれまた別に作った仕事の振り分けプログラムを使って作業用プログラムに仕事を割り振り、残った仕事を処理していく。


「ふぅ。なんとかこれで久しぶりに逢えるでしょうか。」


 ここしばらく逢えていなかったGeorgeへの想いが募っていくのを、今やもう不思議に思わなくなっていた。


 Georgeのことが好き。


 それ以上でもそれ以下でもない。


 ただ、その気持ちすらも愛おしい。


 ――早く逢いたい!!


 ただその気持ちだけが、彼女を動かしていた――


 ◇◇◇◇


 その夜。


 俺とモルガナさんは久しぶりに再会した。


 前は2、3時間だったデートが、さらに短くなったとはいえ――逢えるだけでもお互い嬉しかった。


 モルガナさんをしっかりと抱き締めると、優しく彼女のおでこに口付けする。


 聞けば最近仕事の量が異常だが、わざわざ俺に会う時間をどうにか捻出してくれたらしく、尚更愛おしくなって抱き締める腕に力が入った。


 ちょっと苦しいです、と抗議しつつも満更でもなさげなのを見てからかってみたところ、照れて俯いてしまったので、顎に手をかけて上を向かせ、今度はその唇へと口を寄せた。


 ささやかな幸せ。


 いつまで続くのか分からないけれど。


 いつまでも続いてくれと願う。


 例え逢えるのが短い時間でも。


 余韻に浸りつつ、明日への約束を交わすのだった。

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