Episode 5#
【ラグナリア管理運営AI:code Morgana 起動準備】
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【起動成功 巡回ヲ開始セヨ】
「了解、本日の巡回を開始します」
オペレーターAIから伝達された指令に無機質に答え、モルガナは少し伸びをした。
「
ラグナリア管理運営AI。その名の通り、ラグナリアを運営し、管理する為に作られたプログラムだ。
モルガナの
最近、自分でもよく分からないバグ? が生じているようで。というのも、少し前から熱心に付きまとう特定のダイバーに対して困惑していたのだけれど。
何故か彼のデータを追ってしまう。
ログイン記録、移動記録、思考パターンなど、その全てを学習したいと駆り立てられている自分に違和感を感じているのだ。
表立って異常があるわけでもないので、バグ、とはっきり言いきれないのもモルガナの疑念を煽る。
きっかけは何だったろうか……?
明らかにAIと分かっているラグナリアの施設の受付に対する態度がとても丁寧でかしこまっている所、とか? いちいちラグナリアの全てのものに感動する所、とか? 自分に向けられる真っ直ぐな想い、とか……? そういう小さなことが積み重なって、なのだろうか。彼のことをもっと知りたい、そういう「衝動」とでもいうべきものに駆られるのだ。
これは人間的に言うなら、好奇心、というものなのだろうか。
彼もモルガナに好奇心以上のものを持っているように見受けられるのだが、人間の感情に詳しくないモルガナにはその正体を、はかりかねる。
知識として、人間は男と女がお互いに好意、という強い好奇心を抱くとやがて生涯のパートナーとなり、生殖活動を共にするという。
彼はモルガナと、いずれそうなりたいと思っていたりするのだろうか?
仮にそうだとして、モルガナには彼に対する好意、というものがよく分からないし、そもそも人間ではない。あくまで仮想現実内のみの存在の彼女には、彼のパートナーとなり得る肉体もない。
なのに、どうしてこんな思考パターンになるのか。
分からない。けれど何故か自分がAIであると知られるのを忌避してしまう。
嫌われるのが、嫌、なのか。
向けられる好意とやらが、心地よいだけ、なのか。
感情がある訳ではないはずの自分に今までにない思考パターンが発生したことに少し混乱しているのに、不思議と悪い印象はない。何故なのか。
答えは、出ない。
いまいちスッキリはしないものの、思考パターン自体に害はないと判断すると、モルガナは本件についての思考をとりあえず止めた。
◇◇◇◇
いつも通りの巡回。
いつも通りのルーティン。
何も問題ない、いつも通りの平和なラグナリアだ。
その人に会うまでは。
「ふぅん、あなたがモルガナさんね」
?!
唐突に現れた謎のダイバーに、人間で言うならば戦慄に近い緊張がモルガナに走る。
「
一方的に名乗る彼女には微かに違和感が。上手く隠してはいるが、普通のダイバーではなさそうだ。そうだ、この気配は!!
「あなた……ダイバーだけど、ダイバーじゃない。あなたは……」
そこまで言いかけたところで、彼女は立てた片手の人差し指を妖艶な仕草でモルガナの口にあてる。
「あら、分かるのね。流石は管理運営AIって所かしら」
??!!
一般人には分からないよう偽装しているというのに!! 彼女は一体何者なのか。
「それ以上はあなたの中に留めておいてくれないかしら? 私もほかの人にあなたのことは言わないから。お互いにお互いの秘密は守りましょ!」
そう言ってウインクする様には、艶かしい大人の色気が漂っていた。
「……それにしても、まさか私もあなたがAIだとはさすがに思わなかったわ。全く困ったものね……」
最後の一言はまるでこの場にいない誰かに宛てたように虚空に消える。
「ま、今日のところは失礼するわ。いずれまたどこかで!!」
そう言うと謎の美女は来た時と同じように忽然と姿を消した。
「音代、庵……」
彼女の名をなんともなしに復唱する。
敵意は、なかった。けれど友好的でもなかった。
一体彼女は何者で、何を目的にモルガナに接触してきたのか。何に困っているのか。何もかもが謎のヴェールに包まれている。
モルガナは、彼女のことを記憶に留めておくことにして、いつもの巡回に戻ることにした。
今考えても肝心なパズルピースが足りな過ぎる。いずれまた会うのなら、その時にまた聞けばいい。
――もっとも、答えてくれる気があるのかは分からないけれど。
ピコン!
唐突に鳴った通知音に咄嗟に身構えたモルガナだったが、とりあえず通知を確認することに。
【フレンド:Georgeがサインインしました】
そういえば彼のフレンド申請を受諾したのをうっかり失念していた。
今すぐ会いに行こうと動き出しそうな思考を何とか抑えて、普段の巡回を続ける。
こちらの状態は常に非表示のはずだから、向こうにはこちらが今ラグナリアにいるかどうかすら分からないはずだ。
なるべくGeorgeのことは思考から排除しつつ巡回にあたることしばし。娯楽街の巡回に差し掛かった時、それは起きた。
「君、カワイイね!! 1人?」
突然声をかけられ振り返ると。
いかにもチャラチャラした感じの細身の男と、その連れ合いと思しき人相が良いとはお世辞にも言えない上、やたらガタイのいい男の2人組がニヤニヤしながらこちらを見ている。
2人はモルガナの全身を舐めるようにじろじろと眺め、満足したように笑う。
「ねーちゃん、ちょっといいかな? 俺たちとこれからいい事、しようぜ?」
ガタイのいい方が下卑た笑みをより一層深くしながら目で娯楽街のとある一角を指す。
――しまった、
モルガナは心の中で自分の失態に舌打ちする。
享楽街とは、いわゆるオトナのエリアで、すべてのサービスが有料だ。性的なサービスを受けることも、ダイバー同士でもお互い完全同意の上でそういう事が出来る唯一のエリアである。
と、チャラい方がガタイのいい方をたしなめた。
「おいおい、女性を誘うのにそんな言い方はないだろ?」
そう言ってモルガナに向き直り、
「素敵なお姉さん! 僕たちと一緒に娯楽街を回りませんか?」
今日はなんだかツイていない。よくよく変なのに絡まれる日である。
「……今忙しいのですみません」
「そんなツレないこと言わないでさぁ~一緒に遊ぼうよ。ここの娯楽街とっても楽しいんだよ??」
しつこく誘ってくるナンパ師に辟易しながら、どう諦めてもらおうか考えていると……。
「黙ってないで、行こ行こ! ぜ〜ったい楽しいからさ!!」
そう言うとチャラ男がモルガナの肩に手を回してくる。
あまりに馴れ馴れしいその態度にモルガナの顔は引き攣った。そのまま享楽街へとさりげなく移動しようとする2人に引きずられそうになる。
「俺の女に手を出すな!!」
突然聞き覚えのある声がしてやや強引に男達の手からモルガナの体が引き離された。
見るとそこにはGeorgeが憤りの表情で男達を見詰めている。
「な~んだ、男がいたのかよ。ざ~んねん」
「チッ、まあ女なんて星の数ほどいらあな」
捨て台詞を吐くと、2人組は大人しく去っていった。
「モルガナさん、大丈夫??」
「Georgeさん……どうして……??」
「たまたま娯楽街に来たら、モルガナさんが変なやつに絡まれてたから、つい……。あ、勝手に俺の女とか言ってごめんなさい。そう言った方が向こうも諦めるかと思って咄嗟に……」
慌てて説明するGeorgeに、
「ありがとうございます。助かりました」
モルガナは自分の中に沸き起こるGeorgeに対する衝動が大きくなるのを感じた。このままこれ以上この衝動が大きくなるのは心地よいが、仕事に支障をきたすだろう。Georgeに関するデータを封印すべきなのかもしれない。けれど、出来ればそれはしたくない。今は、まだ。
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