Episode 4#

「……ちゃん、おーきーてー!!」


 んん?


「お兄ちゃん!! いい加減起きなさーい!!」


 ドスン!!


「うげぇ!!」


 なんだか腹の辺りに鈍い衝撃を受けて、俺は目覚めた。


まい、何すんだよ!!」


「見たか! 私の全体重をかけたパンチの威力!!」


 ……全く可愛げのない妹である。


「見たか! じゃねーよ、苦しいじゃねーか!!」


「お昼過ぎても起きてこないお兄ちゃんが悪いのだ!!」


 舞はしれっとそう言い放ち――ってもう昼?!


 ガバッと半身を起こしかけて、今日が土曜日だという事実に思い当たる。


「いいじゃねーか、今日土曜だろ?」


「良くないよ!! いくらなんでも寝すぎだし。ていうか最近ダイブにハマりすぎじゃない??」


 うっ……なかなか痛いところを突いてきやがる。


「お前には関係ないだろ!」


 動揺を悟られないように声を絞り出すと。


「私は心配なのです」


 舞はそこで一旦言葉を切り、芝居がかった仕草で続ける。


「お兄ちゃんが仮想世界で変な女に引っかかって現実世界に帰ってこなくなったらどうしよう、って」


 ?!?!


 なんか知ってるのか?!いや、そんなはずはない!!ない、はずだ!!あからさまに動揺する俺に、


「あれ? もしかして図星??」


「はぁ?! ねーわ!!」


 なんだよ、適当に言っただけかよ!驚かせやがって!! ホッとすると同時に墓穴を掘ったことに気づいて自分自身にげんなりする。


「ははーん、うちの兄貴をたぶらかしたのはどんな女だね?? 正直に白状したまえよ??」


「うっせ! 関係ねえっつってんの!!」


「ふーん?そういう態度とっていいと思ってんの?お父さんが今日は一日ダイブ禁止って言ってたよ」


「はぁ?! なんでだよ!! 知るかよそんなの」


 俺の抵抗も虚しく、


「破ったら、ダイブ永久禁止にするってさ」


 無情な宣告を代弁すると、舞は自分の部屋へと戻っていった。


 くそおおお。永久禁止だとおおお?!……悔しいが、実家暮らしの学生の身分である。ここは素直に従うしかない。永久にモルガナさんに会えなくなるくらいなら、一日我慢するくらい耐えてやる!!


 ……とはいうものの。いざダイブを封じられるとしたいことが思い浮かばない。ついこの間までダイブができなかった自分は一体何をしてたんだっけ??


 ううむ、これは由々しき事態だ。とりあえず尚人にMINE通話してみるか。


 ♪~♪♪~♪♪


 MINEの待ち受け音が流れること、しばし。


『どうした?』


 不機嫌そうな尚人の声。知り合って日が浅ければそう断じること間違いなしだが。心配ご無用、通常運行である。


「尚人、今暇か?」


『まあ、一応。なんだお前も暇なのか』


 さすが尚人、察しが良すぎる。


「まあな。とりあえずどっか遊びに行かね?」


『構わんが、どっか、ってどこ行く気だ?』


 俺はしばらく考えると、答えた。


「そうだなあ……とりあえずで!!」


『了解。今から向かう』


「おう、俺も準備して向かうわ」


 そそくさと準備して玄関へと辿り着くと、


「お兄ちゃん、出かけるの?ご飯は?」


 母親の声がリビングから聞こえた。


「今から食ってくる! 夕飯には戻る」


「あら、せっかく用意したのに……。しょうがないわね、あなたの明日のお昼にするわよ?」


 心底残念そうに呟く母に、分かった、とだけ返事をし。原付フライング・デバイスを飛ばすこと5分ほど。


 すこし分かりにくい路地裏に、見慣れた電子基板で出来た看板が見えてきた。


 そこにはレジスターやトランジスターなどの電子部品を繋ぎ合わせてこう書いてある。


Diver'sダイバーズ cafeカフェDeep Seaディープ・シー》】


 ――カランコロン。


 扉を開けるとレトロな鐘の音。店の壁には至る所にネットワークダイブ用品が所狭しと陳列され、販売もされており。所々にいつの時代のものか分からないほどの骨董品アンティークインテリアが飾ってある。


 なおかつそんなに広くない店内にやや窮屈そうに置かれたカウンター席では、軽食や珈琲が味わえるのである。


 父に子供の頃、母に内緒で連れてきてもらって以来のお気に入りスポットだ。尚人とこの秘密を共有してからは俺たちにとっての隠れ家の様相を呈している。


 いや、隠れ家、というより秘密基地、と言った方が近いかもしれない。惜しむらくは、ダイブ自体ができる店ではないこと、か。


「いつ来てもワクワクするな、ここ」


 ふとこぼした独り言に、


「そりゃ、ありがたいねェ」


 唐突に返ってきた返事にビビりながら、


「テンチョー、いたのか! いつの間に!」


「いたのか! って……ぼかぁいつもいるよ。営業時間内は。」


 店長テンチョーは苦笑しつつ、奥の席を勧める。


「ジョージ、おつかれ!」


 そこでは既に着いていた尚人が、ブルーマウンテンのブラックを啜りながら俺を待っていた。


「おう、尚人。早いな!」


「いや、俺もさっき着いたばかりだ。で、どうする?」


 俺が席に着くなり、そう切り出す尚人。


「とりあえずまずは飯!! 朝からなんも食ってねえから腹減ったわ。テンチョー、いつもの宜しく!!」


 はいよ、という返事と共にテンチョーが奥の厨房へと向かった。


 俺たちがダラダラとだべっている間に、


「はいよ、いつもの。お待ちどうさん!」


「待ってました!!」


 テンチョー特製のカルボナーラはこの店ディープ・シーの看板メニューで俺の大好物である。閑古鳥が鳴いてるのがこの店のつねだが、数少ない常連は皆これを頼むくらいには名物だ。


 あまりの空腹に耐えかねてがっつく俺に、呆れる尚人と。


「餓死しかけの子供じゃあるまいし……、もっとゆっくり食べなァ」


 苦笑しつつ水を差し出すテンチョー。


「はぁ。モルガナさんにもこのカルボナーラ食べさせてあげたいなぁ……」


 カルボナーラの美味さを噛み締めながらしみじみと呟くと、


「そういえばお前、今日はダイブしないのか」


 尚人がもっともな疑問を投げかけてきた。


「親に1日ダイブ禁止を言い渡されてな……」


 俺は一旦そこで言葉を切り、大きな溜息をつく。


「はあ……今の俺には現実リアルがくすんで見えるぜ……」


 ラグナリアのみずみずしい木々も、整った街並みも。今の俺には現実より輝いて見える。現実の街を歩く度、ラグナリアのそれとついつい比べてしまうのだ。


「重症だな……」


 呆れと心配が混じった声で尚人が深刻そうに呟いて、続ける。


「しかし親御さん、いい判断だ。お前もうちょい現実を見た方がいい」


「俺にとっては最早ラグナリアがもうひとつの現実なんだよぉぉ!!」


「……」


 尚人は黙り込んだ。最早呆れを通り越して憐れみに近い目でこちらを見ている。やめろォォォ!そんな目で俺を見るなァァァ!!


「まあ……お前が納得してるなら何も言わんがな……程々にしておけよ? 間違ってもリアル疎かにするなよな。学校サボるとかになると末期だぞ、気をつけろよ」


 言っても無駄だろうが、と言いたげな様子に少しムッとはするが。


「分かってるって。さすがに学校生活を疎かにする気はないさ。将来のこともあるし」


 心配してくれているのも分かるし、そもそも俺だって将来を棒に振る気はないのだ。いや本当に。マジで!!


 流れで就職やら進学やらの話が始まり、具体的な展望や対策を話し合っているうちに。


 ――ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン


 ふと、店の片隅に置かれたこれまたやたら古めかしい柱時計がときを告げる。


「やべ、もう5時か!!」


 時間が経つのは随分早いものだ。


「今日のところはこれで解散するか」


「まいどあり! またいつでも来な。営業時間内なら歓迎すらァ」


 俺達は支払いを済ませると、それぞれの帰路に着いた。


 その日の残りは、帰宅後家族と夕飯を囲みながらいつも通りの団欒のひとときを過ごしていたのだが、どうしても心はここに在らず、ラグナリアに思いを馳せていた。


 我ながら確かに「重症」だな、と苦笑するしかないが。仮想現実とはいえ、行き交う人は現実リアルに存在しているのだ。血の通った人間が仮想現実の向こう側にいる。ならばモルガナさんもきっとこの世界のどこかにいるはずだ!!


 本名も本当の姿形も何一つ分からないけれど……。それでも、モルガナさんが好きだ。いつかこちらリアルの世界でも会えたらこの上なく嬉しいのになあ。どんな姿でも愛せる、とまで綺麗事は言えないけれど、少なくとも楽しく話して仲良くなりたい。


(早く明日になれェェェ!!!)


 気持ちだけは一足先にラグナリアにいる俺であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る