Episode 3#

 翌日。


 例によって放課後、帰ろうとする尚人を呼び止めた俺は昨日の件について問い詰めた。


「尚人、お前わざと検索機能あるの教えなかっただろ。」


「なんのことかな?」


 あくまですっとぼけるつもりか。


「奏子が昨日利用者検索かけてくれたんだよ。奏子に出来てお前に思いつかないわけないだろ?!」


「ふん。仲田か。余計なことを」


「余計なことってお前!!」


 俺は危うくキレかけた。


「で、見つかったのか?」


「いや」


「そうか」


 尚人はそれだけ言うと再び踵を返そうとする。


「待てよ!!」


 追いすがる俺に振り返った尚人は、珍しく感情のこもった苦しげな顔をこちらに向けた。


「心配なんだよ……お前が仮想世界ラグナリアにハマりすぎるんじゃないかって。お前、昔っからダイバーに憧れてたろ。だからこそ余計にな。下らねえ仮想世界上の女に騙されるお前なんか見たくねえ。」


 うっ……。色々グサグサ刺さるんだが。心配してくれるのは心からありがたい。だが、しかし。


「心配かけてすまん。だが、モルガナさんは下らねえ女じゃねえよ」


「なぜそう言いきれる?」


「……俺の勘がそう言ってる」


 我ながら頭の悪い返しだな。尚人は呆れたように笑った。


「そうか……。お前が納得してるんならそれでいいんだが。くれぐれも気をつけろよ?」


「おう。サンキューな!」


 ◇◆◇◆◇◆


 その日の夜。夕飯と風呂もそこそこに、俺はまたラグナリアに立っていた。


 一応フレンド欄を見てみるが、今日はセレニアはインしていないようだ。学校で今日は用事あるから、と言っていたのを思い出す。


 とりあえずラグナリア中央公園をぶらぶら歩いていると。


「こんばんは! Georgeさん!」


 聞き覚えのある声に振り返ると、そこには。


「良かった。ラグナリアご案内する約束、でしたよね」


 探し求めていた青みがかった翠髪ロングに蒼いタレ目の二重、モルガナさんその人が立っていた。


 しかも俺の事だけでなく約束もしっかり覚えていてくれた上に、約束を果たすために探してくれていたと思うと胸が熱くなった。


「覚えていてくれて、嬉しいです!! 今日はよろしくお願いします!!」


 感動に打ち震えていたら知らず知らず大声になってしまった。何人か振り向いた周囲の通行人を気にするモルガナさんの、照れた感じ(?)が可愛い。


「こちらこそ、よろしくお願いします。では、行きましょうか」


 そう言うと、俺の手を取るモルガナさん。いきなり手を繋ぐのはなんだか気恥しいが、それより嬉しい、が勝った。しっかりとモルガナさんの手を握り返す。相変わらず冷たく柔らかい手だ。俺はテンション爆上がりである。


 入口の公園エリアから、俺が初日に横目で通り過ぎた娯楽街アミューズメントエリア、2人が初めて出会った図書館ライブラリーエリアをかなり詳細な説明と共に散策する。


 独りで来た時より遥かに楽しいのは、公式ガイド並の詳細説明の為だけではない。


 ――モルガナさんが、隣にいてくれる!!


 手を繋いで終始ニコニコと説明してくれるモルガナさんに、俺の心は釘付けになっていた。


 と、彼女が不意に立ち止まる。


「ここから先は、まだ行ったこと、なかったですよね?」


 彼女は最初に俺のマップデータを確認してくれているのだ。


「この先は、ビジネスエリアです。名だたる大企業は元より、個人経営の会社まで様々な会社のデジタルオフィスが集まっています。また、隣接エリアには海外サーバーとの出入口もありますよ」


「へぇー凄い!!」


 せっかくの説明に月並みな感想しか出てこないのが申し訳ないが、これでも充分過ぎるほどに驚いているのだ。


 リアルの高層ビル群を想像していたが、全体的に流線型を採り入れた、前衛的な造りだ。そして建物の高さや広さはまちまちだ。


 当たり前かもしれないが、大企業ほど敷地が広く、建物が高いように感じた。そして今はどこも定時を過ぎているのだろう。人気ひとけはあまりない。


 後学のために、海外サーバーへの出入口ポートも見に行くことに。


「ラグナリアでは高精度の翻訳機能がデフォルトで備わっているので、外国語がわからなくても、どこの国のサーバーでも困ることは無いはずですよ!少なくとも言語の面では、ですが。勿論翻訳機能が不要な方は翻訳機能を切ることもできますし」


「ほえー、凄いですね。海外かあ……楽しいのかな……?」


 英語の成績もあまり良くなく、リアルで海外などもちろん行ったこともない俺の素朴な疑問が浮かぶ。


「私も実際行ったことはないですが、きっと楽しいと思いますよ!! 異文化交流は有意義そうですし」


「そうかなあ。英語苦手なコミュ障としてはライブラリーの3D動画コーナーで十分っすよ!」


 冗談で笑いを取りに行く。といっても半分本気だが。


 モルガナさんは相変わらずニコニコしている。が、俺のジョークには特に反応がない。


「……もしかして、俺、盛大にスべりました??」


「え、滑る?!どうしました?どこかで転んだんですか?」


 ズレた感想を述べる彼女。しばらく思案した後、


「ああ、ジョークだったんですね、失礼しました」


 割と真面目に謝られたー!!


 普通ならスべるよりさらに落ち込むところなんだが――だが、そこもいい!!可愛い、可愛いぞ、モルガナさん!!


 そして。


「ここがラグナリアの最終エリア、運営本部です。一般人の立ち入りは制限されていますが、エントランスは見学用エリアとして解放されていて、ラグナリアの歴史と変遷へんせんに関する展示があるんです」


 運営本部はどうやらとても大きな建物ひとつで出来ているようだ。中でそれぞれの部署に分かれているのだろうが、エントランスだけ見てもとにかく広い。


 展示が障害となって奥まで見通すのは難しいが、天井がめちゃくちゃ高くて広いのだ。


 ラグナリアの誕生から進化の過程、現在の姿までがスクリーンショットパネルと共に丁寧に説明されている。


 他にもラグナリアに関する技術的な展示がいくつかあったけれど、俺には少し小難しいものが混じっており、ざっと眺めるだけに留めた。


 これで一通り案内が終わってしまった訳だが。


「案内は以上になります。お疲れ様でした」


 そう言うと、繋いでいた手を解く彼女。


 相変わらずニコニコしてはいるのだが、なんだか仕事は終わった、と言わんばかりである。


 俺は少し傷つきながら、彼女を引き止めたたくて。


「これから、一緒に娯楽街エリアで遊びませんか?」


 そう誘ってみる。


「ごめんなさい。私は訳あって遊ぶわけにはいかないんです」


 ガーン。即答。しょぼくれまくる俺に、


「娯楽街エリアをご案内することは出来ますが」


 モルガナさんから天使のような提案!! 素なのか気遣いなのかはわからないが。


「是非お願いします!!」


 やったね!! まさかの事態に俺が一番びっくりしたわ。ともかく、このまま一緒に娯楽街に行けるのは嬉しい。しかもまた手を繋ぎ直してくれたし!! よーし、明日は土曜日だし遊び倒してやる!!


 ◇◇◇◇


 ジェットコースターにレーシングシミュレーターなどの乗り物系から、脱出系や体験系のアトラクションまで、少し困惑するモルガナさんをなんのかんの説得して遊び倒すこと、数時間。


 流石に眠くなってきた。時計はもう見る気も起きない。どうせ深夜だろう。


「モルガナさん、長い時間付き合わせてごめんなさい。そしてありがとうございます!!」


「いいえ、お役に立てたなら何よりです」


 相変わらずニコニコしている彼女を見ていると、余計申し訳なくなってくる。


「最後にもう1つ、お願いがあるんですが」


「なんでしょうか?」


 不思議そうな彼女に、勇気を振り絞ってフレンド申請を送った。


「フレンド申請、ですか……」


 彼女はしばらく考える素振りを見せたが、


【モルガナ さんとフレンドになりました!!】


 通知で彼女が申請を承諾してくれたことを知る。


「やったーーー!!! ありがとうございます!!」


「いえいえ、よろしくお願いします」


 ぺこり、と彼女はお辞儀をすると、


「では今日は失礼しますね」


 そう言って去る後ろ姿に、


「はーい! おやすみなさい!!」


 ブンブンと両手を振り回し、テレポートして見えなくなるまで見送ると、ダイブから帰還した。


 リアルに戻ってくると、机の上の時計が否応なしに視界に入る。


《5:02 am》


 げげーまじかよ!! 朝じゃねーか!! 道理で眠いわけだ。今まで感じてなかったはずの眠気と疲れがどっと襲ってくる。


 とりあえずもう寝る!! 眠くて死にそうだ!! 後のことは起きてから考えるぞ!!

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