Episode 6#

 さて、ここで少し時間を遡る。

 1日ダイブ禁止が明け。


 俺は朝ご飯を済ませると即座にラグナリアへと向かった。


 着くなり、早速フレンド欄をチェックする。


「モルガナさん……モルガナさん……あった!!って非表示かぁ」


 1人しょぼくれていた俺だが、背後に何かの気配を感じて振り返る。


「ちぇー、あと少しだったのに気づかれちゃった。後ろからおどかそうと思ったのに!!」


 そこにはうさみみ幼女……もとい、セレニアが立っていた。


「充分ビックリしたわ!! 突然なんなんだよ」


「今日、日曜だし、暇だからフレ欄見たらいるからさ。遊びに来ちゃった☆」


「☆つけるなよ、☆」


 呆れはするが、モルガナさんもいないし。まあ相手をしてやってもいいか。


「で、何したい?」


 わーい、と俺が了承したことを喜んで、セレニアは言う。


「とりあえず娯楽街行こうよ!! あそこならなんでもあるし」


「分かった。ほら、同行者登録すんぞ」


 特に反対する理由もないので、一緒に娯楽街にテレポートする。


 娯楽街に着くと、そこには軽く人だかりが出来ていた。


「ねーねー、見て!! 新アトラクションだって!」


「ほほう」


 近くの案内板には確かに


《本日OPEN!! 進め! 謎解き迷宮ラビリンス!! 君の知能、知識、知恵が今、試される!!》


 と書いてある。


「うわぁー楽しそう!! George、行こ!!」


 うっ……正直この手の頭使う系アトラクションは苦手である。遠慮しとく、と声に出そうとしたのだが、セレニアは俺の話など聞く気もないのか、俺の手を引いてグイグイアトラクションの受付まで引きずって行く。


「お客様は2名様でよろしいですか?」


「はい! お願いします!!」


 受付の男性AIに問われ、無駄に元気に答えるセレニア。


「只今盛況でして、3時間待ちとなっております。順番が来たらご案内しますのでダイバーネームをどうぞ」


 そう言われ、思わず小声でやり取りする。


「なあ、3時間待ちはキツイって」


「他のアトラクション行って潰せばいいじゃない。どうせ今日1日暇でしょ?」


「……」


 それを言われるとぐうの音も出ない。悪かったな、暇で!!ああ、せめてこれがモルガナさんだったら……。


 心の中でぼやく俺。セレニアにバレたらタダでは済まなそうだ。


 それはさておき。二人でアトラクションをめぐっている訳なんだが。


 対人シューティングアトラクションで俺を誤射するわ、ティーカップアトラクションを景気よく回しまくり気分悪くさすわ、お前は俺の足を引っ張りに来たのか、と疑いたくなる。


 極めつけは妙に楽しそうに言い放ったセリフ。


「なんかこれってデートみたいだね」


 いやいや、俺的には単純にセレニアおまえに振り回されてるだけなんだが!!


 ―――そうこうしてる間に3時間と少し経ち―――


「むきいいい! 悔しいいいいっ!!」


「……まさか、最初の謎で脱落するなんてな……」


 新アトラクションにてあっさり失格になり、悔しがるセレニアに呆れる俺。やけに乗り気だからてっきりその手のやつ得意なのかと思ったんだが。どうやらそういう訳でもなかったようだ。


「うう……クリアしたかったよぉ……」


「そんなに落ち込むなって」


 めちゃくちゃ落ち込んでいるセレニアを宥めつつ適当に歩いていると、いつの間にか人気ひとけが減り、閑静なエリアに出た。


「どこだここ?」


 ふと、複数の男性が女性をナンパしているのが目に入る。


 辺りを見回すとぽつりぽつりと似たようなやり取りがされているようだ。


「やだ、ここ……ちょっと、こんなとこに連れ込んでどうする気?! 責任取りなさいよ!!」


「は??」


 こころなしかセレニアの顔が赤い。その意味を呑み込めず。


 不意に逸らした視線に、見覚えのある女性がナンパされているのが目に入る。


「モルガナさん!!」


「え、知り合い?」


 セレニアをよそに、モルガナさんがしつこいナンパに明らかに困っているのを見てとると。


「俺の女に手を出すな!!」


 気付けば飛び出していた。モルガナさんを男達の手からもぎ離す。


 普段コミュ障なくせに、どうしてこんな勇気が出たのかあとから思い返しても分からない。けれど。どうしてもモルガナさんを助けたかった。それだけだ。


 きっと、この勇気をくれたのもモルガナさんなんだ――そんな気がする。


「な~んだ、男がいたのかよ。ざ~んねん」


「チッ、まあ女なんて星の数ほどいらあな」


 男達は捨て台詞を吐くと、大人しく去っていった。


「モルガナさん、大丈夫??」


「Georgeさん……どうして……??」


「たまたま娯楽街に来たら、モルガナさんが変なやつに絡まれてたから、つい……。あ、勝手に俺の女とか言ってごめんなさい。そう言った方が向こうも諦めるかと思って咄嗟に……」


 慌てて説明する俺。


「ありがとうございます。助かりました」


 そう言って安堵の表情を浮かべる彼女が、何となく嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。


「……お二人で盛り上がってるとこなんなんだけど。私の事、忘れてない??」


 どことなく不機嫌なセレニアが割って入ってきた。そういえばコイツいたんだっけ……!!


「ふ~ん、あなたがモルガナさん、ね……なるほど……。私はセレニアっていうの。よろしくね」


 何だか不穏な空気を感じて黙る俺。


「初めまして! セレニア、さんですね。モルガナと申します。ところで……」


 そこで一旦言葉を切ると、聞きにくそうに口ごもり。


「あの、もしかしてこれからお二人でこの先へ??」


 思い切ったように俺達に問うた。


 「へ??」


 言葉の意味するところを理解出来ず、変な声が出る。脳みそに大量の?マークを浮かべていると。


「実は……そうなんです!!」


 イタズラっぽい笑みと共にセレニアがそう言い放つ。


「は?何言って……?!てか、この先ってな……」


 俺を押し退けてセレニアは続ける。


「これから、二人だけの特別な時間を過ごそうと思って」


 そう言うとポッと顔を赤らめた。


「そう、ですか。是非楽しいひとときを」


 何故か少し傷ついたような表情でモルガナさんが去っていく。


「えっ、ちょっ、モルガナさん!! 待って……」


 俺の呼び掛けは虚しくくうに溶けた。


「なあ、この先って何なんだよ」


 少しキレ気味に聞くと、心底呆れたと言わんばかりの返事が帰ってきた。


「あんた、知らないでここに来たわけ?? ふ~ん、そっか……」


 これまた少し傷ついたような表情をするセレニア。


 さっきからなんなんだ?! この反応??


「しょーがないから、これだけ教えたげる。この先は享楽街。どんなとこかは……わかるでしょ??」


「享楽街……??」


 全くピンと来ていない俺に業を煮やし。


「あーもう!! 要するにラ〇ホ街みたいなもんよ!! ってもう何言わすの!! もう知らない!!」


 そう言うと一方的に同行者登録を解除しどこかへ行ってしまった。


 ラ〇ホ街?! そんなとこあんの?! つまりモルガナさんとあぁんなことやこぉんなこともできるのか?! ラグナリアすげー!!


 って、ちょっと待て!! それってつまり俺とセレニアがそういう関係だとモルガナさんに勘違いされたってことか!?


 まずい、これは非常にまずい。


 モルガナさんを追いかけて誤解を解こうにも、彼女は常に非表示だ。視認できる範囲からはとうに離脱している彼女を探すすべを俺は持ち合わせていない。


 セレニアを追いかけて文句を言うことなら出来そうだが、そんな事よりモルガナさんにあらぬ勘違いをされたまま、現時点でそれを解く手段がない現実に頭が真っ白になっていて、とてもそれどころではない。


 ああぁぁぁぁ!! モルガナさんーーー!!


 俺の悲痛な心の叫びはその日1日止まないのだった……。

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