「おお、どうしたハルくん。そんなに急にじたばたして」

「ユキのそばに行きたいに決まってるでしょ」


「ああ、それもそうだな」


 よいしょっ、と言いながら、父はハルを仏壇の前に連れてきた。精霊棚はたくさんの花で飾られていて、その中心に、私の顔写真が置いてある。


「ほらハルくん、お母さんだよ」


 あー、と言って、ハルは私の顔に向かって短い手を伸ばしている。


「そっちじゃなくて、こっちだよー」


 私は隣からハルと父に話しかける。横顔を見ているくらいがちょうどいいかもしれない。正面から向き合ったら、私の方が泣いてしまいそうだ。


「あっ、こらハルくん、おいたはダメだよ」


 割り箸を足に見立てて飾られているキュウリとナスの内、ナスの方をハルが倒した。ぽてん、と力なく横たわるナスを見て、父がつぶやく。


「これに乗ってお母さんが帰っちゃうって、ハルも分かってるのかな。少し、このまま倒しておこうか」

「ダメに決まってるでしょ。あんまり情けない感じだと、ユキが心配しますよ」


 母が、ナスをひょいと掴んで元に戻す。その頭をなでながら、小さな声で、ユキをよろしくね、と言ってるのが聞こえた。

 ナスは力強く、まかせろ、と返事をした後、私にアイコンタクトをしてくる。母に見えたなら、きっと笑ってくれるだろう。


 私の命とバトンタッチする形で、ハルは生まれた。私には夫がいないから、どちらかの命と言われて、父も母も悩んだと思う。

 それでも私の想いを汲んで、ハルを選んでくれた。

 そして始まった新しい生活を、成長を、今こうして見せてくれている。ありがたいことだ。

 私にとっては、新しい命のはじまりを創ることができた。それしかできなかったけど、それだけでも、良いよね。

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夏に降る、雪の精霊 橘 静樹 @s-tachibana

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