清き裏切られ者の末路

蒼月ヤミ

0 悪の終わり(?)


 深々と、胸の中央を突き破って出て来た鋭い剣先を、呆然と見つめていた。ごぼりと、喉の奥から湧き上がって来た赤黒い液体が口から零れ出す。


 なぜ、と思った。


 ゆっくりと顔を上げた先には、自分のこの有り様を、楽し気ににやにやと笑って見つめる、一人の男。乱れた金の髪に碧い瞳。自分にそっくりな色を持つ、自分とは全く違う容姿を持つ男の姿。


 彼が目の前にいるのに、なぜ、自分の胸は貫かれているのだろう。




(再生が、追いつかない)




 胸の内に宿る力を全力でその傷に注ぐけれど、あまりにも深々と刺さる剣が邪魔をしているのか、赤が零れ落ちるのを留めることすら出来ていなかった。

 初めてだった。


 終わりが、これほど近いと感じたのは。




「よくやった」




 目の前の男が、喜色を滲ませた声音でそう呟く。それに応えるように、背後から声がした。「大したことでは有りません」と。




「父上の望みを叶えるのが、私の仕事ですから」




 平坦な声音で呟かれた言葉。その声に、聞き覚えしかなくて。呆然と、振り返った。自分の胸を貫いたその人間の姿を捉えるために。


 自分の考えが間違っていることを願いながら。




「……オー、ヴェ?」




 口にしたのは、ただ一人の弟の名。大事な大事な、幼い頃から共に過ごした、弟。

 有り得ないと、思った。弟が、自分を、なんて。けれど。


 「おかえりなさい、兄上」と、弟は穏やかな口調で呟いた。




「なぜ、帰ってきてしまったのです?」




 淡々とした疑問を含んだ言葉。

 あどけない声音で、彼は問うてくる。なぜ、帰って来たのかと。


 隣国との戦争に勝ち、なぜ帰ってきてしまったのか、と。


 「まあ、どうでも良いことですけどね」と、オーヴェは言って、笑った。




「さようなら、兄上。……後は、私にお任せを」




 ぼそりと続いた言葉の意味が分からぬまま、ゆっくりとその意識が沈んでいくのを感じていた。背の方へと引っ張られるような感覚に、抵抗することも出来ずに後ろ向きに倒れていく。

 不思議と、痛みすら感じなかった。何、一つ。




「どけっ、貴様ら! 皇太子様っ!」




「いやぁっ!」




 遠くから聞こえた、大事な人たちの切なる悲鳴。地に横たわり、瞼が降りる直前、目に映る。


 慌てた様子でこちらに走り寄ってくる、守ってきた、守られてきた、大切な人たちの姿が、霞んで。


 意識は、闇に落ちて行った。

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