インターミッション
月曜日の方違さんは、日曜日
月曜の朝、乗換駅で降りるのと同時に携帯が鳴った。
方違さんからメッセージが来ている。開いてみると、やっぱり今週も何か起こっているようだった。
――苗村くんおはよ ごめんね 今日学校にいけなさそう
――大丈夫? 何か困ってる?
――だいじょぶだけど なんかみんな きょう日曜日だって言うの テレビも日曜のやつやってる だから学校もおやすみみたい
――そっか。じゃあ仕方ないね。でもきょう一日、あんまり出かけたりしないで気を付けてね
――だいじょぶだよ 日曜だもん
仕方ない。会えないのはさびしいけど、方違さんが家で無事ならとりあえず安心だ。
僕はひとりで電車に乗って、学校へ向かった。
◇
席に着くと佐伯さんが来た。
「苗村、おはよ。今日はくるりちゃん休み?」
「うん。そうらしいよ」
佐伯さんは僕の隣の方違さんの席に勝手に座った。
同じ制服、同じ机でも、すらっと背の高い佐伯さんは長い手足が窮屈そうだ。その姿が逆に、小さな方違さんの不在の大きさを僕に感じさせた。
「そっか。それで苗村そんなに元気ないんだ」
「いや、別に元気なくはないけど……」
少しすると後藤も来て、方違さんの机の上に勝手に腰をかけた。
あとでアルコールでふいておかないと。
「なんだよ苗村、しけた顔して」
「今日はくるりちゃんがお休みなんだって」
「なんだ、それで病んでるのか」
「誰が病んでるんだよ。普通だよ」
「いや、明らかに普段とちがうだろ」
「だよねえ。なんか、どよーんとして」
まったくこの二人ときたら、いつもいつも僕と方違さんのことをネタにして……。
そりゃもちろん、方違さんがいないのはさびしいし、会いたい。おかしなことじゃないと思う、大切な友達なんだから。ガラスのしずくが転がるような、あの透き通った声も聞きたいし、深い青みを帯びた瞳と髪がきらきらするのも眺めていたい。小さくて冷たくてつるつるした手をぎゅっと握っていてあげたいし、一緒に歩きながらオレンジみたいな香りの風を――
いや、でもとにかく、ただ友達と一日会えないだけで、他人から見て分かるほど元気がないなんて、そんなことあるわけがない。
「ところでさ、こんどの日曜だけど」と佐伯さんが言った。「涼しくなったし、またバーベキューやろうと思ってるんだけど、こんどこそ苗村も来るよね?」
「んー、他のことならいいけど、バーベキューは、たぶん方違さんは行かないと思う……」
「くるりちゃんじゃなくて、苗村を誘ってるんだけど」
「え? ……ああ」
「バーベキューは、嫌なら来なくてもいいぞ、肉が減るしな」と後藤が言った。「そのあとカラオケやるから、そっちは合流しろよ」
「悪いけどカラオケは……。方違さん、みんなの前で歌うのは無理らしいんだ。最近は僕の前ではちょっと歌うときもあるんだけど」
「だからお前を誘ってるんだってば。方違のことは聞いてねーし」
「……ああ」
「お前は方違とセットでしか動けないのかよ」
「よくないよ、そういうの」と佐伯さんが真面目な顔で言った。「付き合いはじめで一緒にいたいのは分かるけど、だからって一緒に行動してばっかりじゃ、しばらくはいいけど長く続くと息が詰まってくるよ。たまには別行動してもいいじゃん」
「いや付き合ってないし。方違さんは普通の友達だよ」
「普通の友だちってことは、後藤とも、わたしとも同列ってこと?」
「それは……」
「じゃあわたしとあんなふうに手をつないで歩ける?」
「いやそれは無理だよ。あの、あれは、そういうのじゃなくて、事情があって……」
「じゃあ授業中に後藤とデレデレ見つめ合ったりできる?」
「してないだろ。僕がそんなこといつしたんだよ。なんだよ、あることないこと好きなように言ってさ」
僕は腹を立てて、話を打ち切って教科書に向かった。
ふたりはまだ何か言って笑っている。
なんなんだ、まったく。
◇
一限の途中で、携帯が光った。机の下でメッセージを開くと、方違さんだった。
――びっくりした 苗村くんがうちに来た
――?
――日曜の苗村くんがきたの 佐伯さんと後藤君も いっしょにバーベキュー行こうって
――ちょっと待って、みんなで行くってこと? 方違さんも?
――そだよ 今から バーベキューってはじめて ちょっと楽しみかも うちは家族でそういうことしないから
――だめだよ、出かけちゃ。何かあったらどうするの。
――だいじょぶだよ 苗村くんがいっしょだし
僕は思わず立ち上がりそうになって、机をガタンと鳴らして先生に睨まれた。
日曜の僕だって? 冗談じゃない。勝手なことさせるもんか。
◇
休憩時間になると、僕は後藤の机に走って行った。
「うえおい、なんだよ苗村、すごい勢いで」
「ご、後藤。行こう、行くよ、バーベキュー。方違さんといっしょに。ウインナー持って行ってもいいよな? 方違さんはウインナーが好きなんだ。あと、チョコレートも」
「バーベキューにチョコレートはちょっとねえ。融けちゃうじゃん」と佐伯さんが言った。
「……そ、そうかな」
「マシュマロ焼いて、チョコレートソースをかけたりとかならありじゃない?」
「そ。それだ。ありがとう佐伯さん」
◇
そういうわけで、僕らは次の日曜にみんなで河原に出かけて肉とマシュマロを焼くことになるのだけど、それは月曜の出来事じゃないし、日曜のことだから特に不思議なことも起こらなかった。だからその話はここまでにしておこうと思う。
(第7話に続く)
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