10-2 ふたりならそれもいいかもしれない

 奥の院っていうのは、この山でいちばん強力な神様がいるとかいう場所だ。

 ここからそれほど離れているわけではないけど、森の中を何度も折れ曲がる石の階段を上っていかなければならないし、途中にはほこらとか石像とかがいくつもあって、夜だとけっこう怖い。

 でもふたりならそれもいいかもしれない。今日は月曜じゃないし、何も出てきたりしないだろう。


 僕らは手袋で着ぶくれした指と指を固く組み合わせて手をつなぎ、本堂の裏にある登り口の鳥居をくぐって、山に入っていった。


 道は、ところどころ平らになっていたり、小さな広場になっていたりする。そういう場所には必ず祠や石像があって、花が供えてある。

 森の中はほとんど暗闇に近いのに、ふたりの白い息だけははっきり見える。足もとが暗いから、僕らはゆっくりと一段ずつ上がった。

 人の気配は全く無かった。


「ねえ、方違さん。さっきは途中になっちゃったけどさ」

「ん……」

「方違さん、僕のこと、好きって言ってくれたよね」

「ん……。言った」

「僕も言ったの、覚えてるよね」

「ん……」

「あのさ」


 僕は足を止めた。方違さんも立ち止まる。


「ずっと考えてたんだ。このまま普通の友達でいるだけでも、僕は幸せだけど、でも」


 僕は冷え切った山の空気を胸に吸い込んで、ゆっくりと吐いた。


「僕の彼女になってくれる?」


 方違さんが、すうっと息を吸い込むのが聞こえた。


 うん、いいよ、うれしい。


 そう言ってくれると思ってた。

 でも方違さんは答えなかった。黙って前を向いたまま、身動きもしないでじっとしていた。


「……だめなの?」

「ちがうよ。だめじゃない」と、言い訳するみたいに方違さんは言った。「だめじゃないよ。でも……」

 そして、下を向いてしまった。


 僕がバカだった。

「つきあって」と言いさえすれば、彼女は喜んでくれるものだと思ってた。そこに「でも」があるなんて考えもしなかった。

 僕は方違さんの気持ちなんて全然分かってなかったのだ。


「わたしも、まもるくんといっしょにいたい」と、方違さんはいつもよりくっきりした声で言った。「ずっと手をつないでたい。もっと近くなりたい。ただの友達のままじゃ、言えないことも、できないことも、あるし」

「じゃ、どうして……」

「でも……そしたら、まもるくんは、どうなっちゃうの? 月曜日のたびに、わたしのせいで変なことに巻き込まれて、ずっと、ずっとそれがつづくの?」

「いいよ、そんなの。僕は、方違さんと一緒で、すごく楽しいし、しあわせだよ」

 明るく言ったつもりだったけど、僕の声はほんの少し震えていた。

「わたし、ずっと、まもるくんに迷惑かけ続けることになる」

「ぜんぜん、迷惑なんかじゃないよ、方違さん」


 僕はつないでいた手を放し、両腕で方違さんの小さな体を抱き寄せた。彼女は素直に体をあずけてきて、僕の背中に腕を回した。


 凍りそうなほど冷たい髪にそっと頬を押し当てて、僕は言う。

「方違さん、あんなのぜんぜん迷惑なんかじゃないよ。もっと迷惑かけていいのに……」

「ありがとまもるくん……。うれしいよ。ほんとにうれしい」

 方違さんは僕の胸で深いため息をついた。

「けど……ちょっとだけ、待って。きっと、ぜったい、『はい』って答えるから、それまで待って」


 絶対「はい」なんだったら、どうして今すぐ言ってくれないの? そう口に出しそうになったけど、方違さんの肩は震えていた。結局、僕に言える言葉はひとつだけだった。


「好きだよ、方違さん」

「わたしも、まもるくんがすきだよ……すごく、すごくすき。でも……だから、どうしたらいいのか分からない。まるで……」

 方違さんは、かすれた小さな声で言った。

「まるで、月曜日の中にいるみたい」

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