9-4 歩き続けると、やがて雪原の上に

 森の中の参道は石段に続いていた。点々と並んだ石灯籠の豆電球しか明かりが無かったけど、歩いてるのは僕らだけじゃなくて、ぽつぽつと人影が見えた。


 姉と手をつないで前を歩いていたちこりちゃんが、振り返って言った。

「それで、サンタさんに言われて、ノーキョーんとこに帰ってきたんだよね?」

「うん……。雪の上をまっすぐ歩いてたら、だんだん道が見えてきて」


 歩き続けると、やがて見覚えのあるJAの倉庫の前に出た。黄色い信号が点滅していた。方違さんは急に体が震え始めるのを感じたけれど、マフラーを何重にも巻いたら、体の芯にぬくもりが生まれ、家に着くまでそれが続いた。

 うちに帰ると、熱いお風呂に長い時間入った。


「マフラーは、いつの間にか消えてたの。あったかくて素敵なマフラーだったのに、もうわたしはサンタさんから何ももらえないんだな、って思った」


 でもその数日後、そのマフラーは再び彼女の前に現れた。丸菊百貨店の袋に入って。


「じゃあ、そのマフラーって……」

「ん。これだよ」

 方違さんは僕の隣を歩きながら、クリームイエローのロングマフラーをぐるぐる巻いた肩を、ちょっと上げてみせた。

「ありがと、まもるくん。すごくあったかいよ」


   ◇


 森の中の石段を登ると、ふだんは静かな山寺に夜店が出て、晴れ着やダウンを着込んだ人影がたくさん、夢の中みたいに揺れていた。

 姉と方違さんが甘酒をもらいに並んでる間、僕とちこりちゃんは縁台に座って場所を取った。


 ブーツの足をぶらぶらさせながら、ちこりちゃんが言う。

「まもるくん、うちのお姉ちゃん、かわいいでしょ?」

「えっ? うん……」

「シロクマとかサンタさんとか、ちこりが喜ぶと思ってお話してくれるの、かわいいでしょ? ちこりもうすぐ三年生だよ、信じるわけないのにね」

「そう? 僕は信じたよ」

「えー、高校生なのに? 日本でシロクマとサンタだよ? ありえないよ」

「普通はあり得ないけど、方違さんの話だから信じるよ」

「それって」ちこりちゃんは目を輝かせた。「愛?」

「いや、そういうのじゃなくて……」


 鐘が鳴った。思ったより大きな音だ。人々が少しどよめく。そしてふたつ、みっつと続けて鳴る。

 両手に紙コップを持った方違さんと姉が歩いてくる。

 鐘が鳴る。方違さんと出会った今年が、あと少しで終わる。一年前には想像もしなかったような場面で。

 方違さんは僕に微笑む。ちこりちゃんが手を振る。姉が何か言って、方違さんが笑う。


 来年の僕らに何が起こるかは分からない。でもこれからどうすべきかは、分かる気がした。

 きっと、お姉ちゃんとちこりちゃんが正しいんだろう。

 次に二人きりになったら、と僕は思う。

 今日か明日か、冬休み明けか分からないけど、次に二人きりになったとき、本当に言いたいことを、ちゃんと彼女に言おう。

 ビビらずに、前を見て。

 ハンドルをしっかりと握って。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る