6-3 割れて草が生えたコンクリートの上に
割れて草が生えたコンクリートの上に、僕ら三人は手をつないで立っていた。僕が真ん中で、右手で方違さんの、左手でくるりちゃんの手を握っている。
少し風が出てきて、ヘアクリップで留められた方違さんの髪をさらさらとなびかせた。
鉄の塔から吊るされた
ジェットコースターのレールも真っ赤に錆びて、車両はなぜかループの一番上で逆さになったままだ。
コーヒーカップの底には泥水がたまって、本当にコーヒーを飲んだあとみたいだった。
すっかり変わってしまったけど、ここは僕らが小学三年の時に閉園した遊園地だ。人目につかないように駅裏のカラオケボックスに行くつもりが、一本道なのになぜか迷ってしまい、気づけばここに出ていた。
「きょう、ゆーえんち、おやすみなの?」
「そうみたいだね」
「めにーごーらんども?」
「ここのメリーゴーランド、懐かしいな」と方違さんが言った。「お馬さんの中に、ひとつだけユニコーンがいるの。小さいころ、それに乗りたくて、でも人気で……」
「んっ!」
と叫ぶと、くるりちゃんは僕の手を離し、方違さんの前にてけてけと走って行った。
「ゆにこーんさん、のったことない! おねーちゃんはのった?」
「ん……、どうだったかな。忘れちゃった」
「くるり、のりたい!」
くるりちゃんは真ん中に割り込んできて、僕と方違さんの手を握ると、ぐいぐいと引っぱりはじめた。
◇
意図的に残されたのか、ユニコーンの特別な力のおかげなのか、それともこの空間の全部が方違さんの夢みたいなものなのか、メリーゴーランドの円い屋根の下には、他の馬も馬車も何も無くて、ただ一頭ユニコーンだけが残っていた。色もきれいなままだし、長い角も、脚も一本も折れていない。
手をつないで柵の中に入って行くふたりを、僕は外から見ていた。
「……んしょ」
方違さんは両腕でくるりちゃんを持ち上げてユニコーンの背中に座らせ、僕の方をちらっと気にしながら、ワンピースのすそを直してあげた。
くるりちゃんは動かないユニコーンの首に抱きついて、プラスチックのたてがみにほっぺたをつけた。
「おねーちゃんって、ママのいもうと?」
「ん……そんな感じかな。わたし、あなたのママに似てる?」
「おねーちゃんのほうがやさしい」
「ありがと」
そのままくるりちゃんはしばらくじっとしていた。
また風が吹いてきて、二人の髪と、方違さんのスカートを揺らした。
「くるり、おしりつかれた。おりる」
「もういいの?」
方違さんはくりるりちゃんを床におろし、帽子をなおしてあげた。
「おねーちゃんは、のらないの?」
「わたし、乗ったことあるから」方違さんはユニコーンの首をなでた。「くるりちゃん、お誕生日おめでと」
二人が柵から出てきたとき、木の枝が急にざわざわと揺れて、強い風が来た。
方違さんはとっさに、片手で自分のスカートをおさえながら、くるりちゃんの帽子のつばをつかんだ。ヘアクリップでまとめられた方違さんの髪が、風に乱れてめちゃくちゃに踊った。
◇
次は「あひるさんのぼーと」に乗りたいとくるりちゃんが言うので、僕らはまた三人で手をつないで、園の中央の大きな池まで来た。
「あひるさんもおやすみ?」
池にはボートも何も浮かんでいない。僕らは柵ぎりぎりに並んで水面を眺めた。何もないけど、広くて気持ちがいい。
方違さんはヘアクリップを外し、風で乱れた髪をいったんほどいて、またまとめて留め直した。
それをくるりちゃんが目をまるくして見ていた。
「おねーちゃん、きれい……」
「そ、そう?」方違さんは頬を赤くして、ちらっと僕を見た。「ありがと。でも、なんか変な感じ……」
「くるり、それほしい」
「あっ、これ? これのこと?」
方違さんは頭のヘアクリップを触った。
「これはだめ。とっても大事なものだからね」
また少し風が出てきて、池にさざなみが立った。
向こう岸の木々が、踊るように身をくねらせ始めた。
方違さんが、突然何かをはっと思い出したような顔で振り返った。
「くるりちゃん、帽子!」
その瞬間、池全体にざーっと白い波が広がり、下から吹き上げるような風が僕らを襲った。
僕も方違さんも何もできなかった。くるりちゃんのストローハットは弾かれたように飛び上がり、二度、三度回転して、岸から十メートルくらいの水面に落ちた。
「……わたしの帽子!」
と叫んだのは、十六歳の方違さんだった。柵の横棒をつかみ、スカートも気にせずに片足を掛けて乗り越えようとした。
「方違さん、駄目だよ!」
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