第四話:月曜日の方違さんは、祭りのあと

4-1 華やかな姿のクラスメイト

 暗くなるにつれて、参道にはだんだん人が増えてきた。

 長い石段を上りきったところにある鳥居の足もとで、携帯を見ながら友達を待っていると、耳慣れた女の子の声が聞こえた。


「おーい、来たぞ。おまたせー」


 顔を上げた僕の目の前に立っていたのは、いつもと全然違う、華やかな姿のクラスメイトだった。


「あ、浴衣」

「浴衣だよー。どう? どう? 素敵でしょ? 素敵って言ってみ?」

 右に、左に、彼女は体を半回転させてみせる。

「うん、素敵だ、と思うよ」

「うわー。苗村、心こもってない過ぎ。気持ちは分かるよ。残念だったね、方違さん来れなくて」

「いや、まあ月曜だし」

「塾か何か?」

「そんな感じ。後藤は?」

「遅れるってさ。夜店、先に見てようよ。待ってたらいつになるか分かんないし」


 そういうわけで、僕は浴衣姿の佐伯さんと二人で、夏祭りでにぎわう神社の境内をぶらぶらすることになった。

 ちょっと変な感じだ。方違さん以外の友達と二人になることなんて、最近あまり無かったし。


 佐伯さんの浴衣は、紺色に赤や紫のアサガオの柄だった。身長に合うサイズが無いのか、背が伸びたせいか、着付けのせいか分からないけど、裾も袖も短すぎて、日焼けした腕と脚がけっこう見えている。

 でもこういう人だから、それもかっこ悪くは見えない。

 ふだんはショートの髪を、たぶんウィッグだろうけど、今日は結っているのも意外に似合っている。


 たしかに、素敵だと思う。


 大きな木が続く境内には、黄色い電気にぼんやり照らされた夜店が並んでいる。唐揚げ、ヨーヨー釣り、金魚すくい、綿菓子、お面屋、フランクフルト。他にもいろいろ。

「何食べよっかね。苗村は何が好き?」

 とか言いながら、佐伯さんはちょっと体を傾けて僕の顔を見る。身長差がほとんどない(あっちが少し高い)ので、時々顔が近すぎて、僕は思わず体を引いてしまう。


 佐伯さんのこういうところが、僕はちょっと苦手だ。


   ◇


 佐伯さんと歩きながら、僕はつい、隣にいるのが方違さんだったら、と考えてしまう。

 彼女も浴衣を着てくるだろうか。

 たとえば、子供用の派手なピンクのやつだったりして。親に「まだ着れるでしょ。かわいいわよ」とか言われて。


 でも小柄だからって、あの子に子どもっぽいのは似合わないと僕は思う。肌が白いから、きっと淡い色がいい。白地に薄い青の柄の、ちょっと渋いやつとか。

 髪がすごくきれいだから、きちんと結ったらよく似合って、意外に大人っぽく見えるはずだ。


 結った髪にはなにか飾ったほうがいい。

 透明な、涼しい感じのもの。

 夜店の明かりできらきらするようなもの。


 たとえば、青いガラス玉?


   ◇


 ばん、と背中を叩かれた。

「痛っ」

「ねえ、おい、苗村。聞いてんの?」

「なんだよ?」

「タコ焼き半分こっこする? って聞いてんじゃん」


 言われてみれば、僕たちはタコ焼きの屋台の前にいた。頭にタオルを巻いたお兄さんが笑っている。


「ああ、うん、食べる」

 財布から小銭を出しながら、佐伯さんはにやにやした。

「さっきから何ぼーっとしてんの? くるりちゃんの浴衣姿でも想像してた?」

「えっ、なんで分かるの?」

「マジで?」佐伯さんは笑いだした。「ほんとにそうだったんだ。ごめん」

「あいよー、タコ焼き八個入りお待ち」とお兄さんが言った。


 半分ずつ出して買ったタコ焼きを、社務所の横のベンチに座ってふたりで食べた。

 「熱っー」とか「うまー」とか叫びながら、佐伯さんは下駄をぱかぱか踏み鳴らす。

 昼間は暑かったけど、ここは涼しくて汗も出ない。ひぐらしが鳴いている。

 僕らの前を、浴衣や制服や甚平やTシャツ姿の人の流れが通り過ぎて行く。


 そろそろ来る頃かなと思うのだけど、その中に後藤の姿は見えなかった。


 そしてもちろん、白地に淡い青の紫陽花の柄の浴衣を着て、お団子に青いガラス玉の髪飾りをつけた方違さんが、

「……あ、苗村くん」

 と、てけてけ走ってきて僕の隣に座る、なんてことが、起こるはずもなかった。


 今日は月曜日なのだから。

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