特別研修:特別クラスの実力を見ろ
緊急会議が持たれたからといって、カザンの保安部の仕事が何か変わるわけではなかった。
見回りも特に大きな事件もなく、過度なナンパから女子を助けたり、孫の家まで迷った老人を道案内したりー…そんなところだ。
初日にはミドルホーンの事件、2日目には緊急会議ー…
「…俺、魔除けとか持った方がいいんかね、マジで」
カザンは親友のグレイに、たまたま食堂で遭遇するなりそう言った。
「その声のでかさで、魔も除けてくだろ」
「んだそれ!…いいよなぁ、お前の隊長は存在が魔除けじゃねぇか。お前にはきっと、これからも悪いこと起きねぇよ」
ガラの悪い赤髪に、龍の刺青と来たら魔も避けていきそうだ。
「いいよなぁって…。隊長は、緊急会議の後から会ってない。特別な仕事に出るらしいから、しばらく不在だ」
「あー、そうなのか?お柱も不在になるしな…なんか、俺にはよくわかんねぇけど、事態は深刻そうだな」
ガタンと、テーブルにカレーをセッティングし、さて座ろうとした時だった。
「カザン!お前、こんなところで何やってんだ、早く来い!」
突然背後からリョウの声が飛んできたかと思えば、次の瞬間カザンの腕は背後にグイと引っ張られた。
「わ!リョウさん、やめてくんねーっすかびっくりしたー」
「あー、これからランチなところ悪いけどな、お前朝掲示板、確認したよな?12時半からミーティングだぞ!」
カザンは「げっ」と息を呑む。食堂の壁にかけられた時計の針は、12時40分を回っていた。
「やっべー!すんません!グレイ、悪いな俺行くわ!」
「ごめんね」
ポカンとしているグレイに、リョウも一言添える。
「いや、俺は別に…カザン、バカだなおまえ早く行けよ」
グレイに急かされるまでもない。カザンはカレーを置き去りに、リョウと共に小走りに食堂を出た。
「こういうことにならないように、掲示板は良く読まないとだよ、カザン」
リョウはちょっと焦り気味だが、さすが歳の離れた双子がいるだけある。あまり強く怒りもしないらしい。いや、これは怒ってもいい場面なのだろうがー…。怒らないというより、厳しく怒れない性格なのかもしれない。
第2ルームに飛び込むと、カザンは持ち前の大声と共に謝罪の礼をし、席についた。隊長リブは、黙ってそれを見ていたが、特に何を言うもなさそうだ。
「今日でやっと全員が顔合わせだな」
ロの字に配置された落ち着きあるグレーのソファに、皆が腰掛けている。入隊してからこのかた、全員揃ったことがなかった。
「見ての通り、先日から新人のカザンと受付にはエリカが入隊している。もう説明する必要もないな、皆で歓迎してくれ」
リョウ、ユミネ、受付のエルが拍手を送ってくれた。
「さて、今日だが午後の予定が変わった。急遽だが、来週に予定されていた【特別研修】が、前倒しで行われることになった」
カザンとエリカはハテナだったが、他のメンバーが目を輝かせて感嘆するのを見ると、【特別研修】とやらは良い連絡らしい。
「何するんすか?」
「カザン、お前も好きそうな研修だ。…訓練場にて、隊長達がその実力をみせる、模擬戦闘が行われるんだ。
お前達はその見学だが、ただの見学じゃない。その場にいて、特別クラスの陣使いの実力に触れ、必ず何か掴み取ってもらう。成長に必要なものを、各々が自ら掴むんだ…いいな」
「えっ…隊長達の戦闘、見れるんすか?!」
特別クラスの陣使い、隊長達の戦闘を生で見れるというのだ。カザンの目も金貨の如く、キラキラと輝いた。お金を払ってでも参加したい、そんな研修だと思った。
「今からそれぞれ、注目してみるべきポイントを伝えるから、よく聞け。それが終わり次第、早めに訓練場に集合してくれ…遅刻はナシだ」
ーーーーーーーーーーー
訓練場に足を踏み入れた時の感覚ー…地面に押し負けるような、その"力"の溜まった土地が身体を制圧してくるような、その感覚にカザンはまだ慣れなかった。
「そのうち、感じなくなるよ。ここでたくさん魔法陣使って、自分が土地の力に慣れていくうちに」
リョウにそんななことを言われたが、そんな日が自分にも来るのか、今のカザンには信じられない。
「あ、グレイ!さっきはわりーな」
「あぁ、俺は別に」
「あれ?お前の隊長、まだここにいたんだな」
保安部員達が待つ中、隊長4人が訓練場に入ってきた。他、それに次いで保安部員の男が5人。
「そうだな、急遽この訓練が変更になったから、予定が変わったらしい」
1隊隊長ジュエイ、そしてカザンの隊長リブ、他に女隊長が2人。
「さァて、やるかリブ。お前とペアはごめんだぜ」
ジュエイは首をポキポキっと鳴らし、その目つきの悪い顔はどこか楽しそうだ。隊長達も、お互いに模擬戦闘をするのは、なかなか良い機会に違いない。
「当然だ、ゴールドでペアになってどうする」
「俺のペアはー…まぁ、お前しかいねェよ、フローラ」
「あら。それってどういう意味かしら?わかってますわよ、戦闘は自分1人でする気なんでしょう」
フローラと呼ばれた女性は、まるで透き通るかのような上品な声と、女神を連想させるかのような長い金髪。保安部の制服の上から、真っ白な羽織を羽織っているから、尚更高貴な雰囲気だ。
「ハッ、説明いらねェなさすがじゃえねェか。どうもペアで戦闘ってのはむいてねェんだよ…お前は後ろで引っ込んでろ」
「まぁ、何のための研修かしら?これ、後輩達の教育ですのよ。私だけ引っ込んでいるなら、出る意味がないですわ」
言い合う2人を横目に、リブは小さくため息をつくと、もう1人の女隊長に目をやった。
「まぁ、何でもいいがそこがペアだな。ー…ジーウリ、俺とだ」
「了解。珍しいじゃないか、アンタとペア組むなんて」
男勝りなハッキリとした声に、ニコリともしない表情は、まさに"女隊長"というに相応しい。真っ直ぐに伸ばされた茶色い髪すら、棘のように見える。額にははちまきの如く、黒い布が巻かれていた。
「そうだな、お互い知っておくのは今後のためにもなる。この研修は、俺たちにもメリットが大きいな」
「それも見越して今、これをやるんじゃないか、お柱は。私もゴールドの実力ー…しかと見せてもらうよ」
「フッ、お前と大して変わらん」
「私をガッカリさせるなよ、リブ」
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