3人のゴールド
「オラ、さっさと歩け。3歩以上遅れて来んな。チンタラしてっと殺されると思え」
配属式が終わると、隊長についてそれぞれ館内を案内されることになった。
赤髪に急かされ渋々付いて行くグレイ。確か
に、つくづく可哀想かもしれない…
(…ま、でもおまえなら大丈夫だろーよ、グレイ。俺まだよく知らねーけどお前、Bランクのすげーやつなんだろ…?)
カザンは、そんなグレイに視線でエールを送りつつ、黒髪のリブについていった。
「まずは、ここが第2隊の使用する部屋だ」
はじめに案内されたのは、自分達の隊が使う共有ルーム。12畳くらいはあるのだろうか。シンプルな部屋だった。
ソファとテーブル、壁には掲示板があり、張り紙やらメモやらが沢山あった。
「打ち合わせや朝礼、終礼などもここ"第2ルーム"で行う。
…この掲示板だが、非常に重要なものだ。1日の仕事のスケジュール、連絡事項、全てここにあるから毎日必ず目を通してくれ」
リブは掲示板の壁をコンコンッと突いてみせた。カザンはざっと掲示板に目を通したが、文字と張り紙が沢山で、パッと見ただけではさっぱり分からない。
「今日…隊の他の奴らは、皆町に出ているから、また後で顔合わせをするとしよう…さて、次だ」
次に案内されたのはー…
(ここ、面接した部屋じゃん!…もう懐かしいっつーかなんつーか…)
あの時と何も変わっていない、黒い革のソファに、壁一面立ち並ぶ書物。
入って正面の小さく開けられた窓からは、心地の良い風が入ってきた。
「ここが俺の書斎だ」
「えっ?!」
(面接したの、リブさんの部屋だったのか?!ってか、個人の書斎なんてあんのかよ!司会もやってたし、リブさんはなかなかすごい人なんじゃないのか?もしかして)
「すごいっすね!こんなかっけー書斎があるなんて…」
「ゴールド、シルバー、ブロンズには、この館に各自の部屋が設けられているんだ」
…ということは、リブはその特別クラスのいずれかに、該当しているということだ。
「リブさんって…?」
カザンはリブの所有資格が気になった。
「あぁ、言ってなかったな。俺はゴールドの資格保持者だ」
「エーーッ!!」
館内の窓が割れるような、大声を出してしまった。そんなまさか。
最強の陣使いの証、カザンの憧れるゴールドの資格を持った人が、こんな近くにいるなんて。驚愕して口の閉まらないカザンを見て、リブが軽く笑った。
「そんなに驚くことでもないだろう」
「いや、だってゴールドって…最強ってことっすよね?!…うわー…まじかよ、すげぇー」
カザンの、リブを見る目が一気に変わった。
(そんな人に俺、面接してもらったのか…!しかも、そんな人の隊に入れたのか…!!)
「ロザリナにはゴールドが3人いる。
お柱、俺と、第1隊隊長の…面接の時に横にいた奴だがー…ジュエイ・ハードラー。あぁ見えてゴールドだ」
これには驚きが過ぎて、喉が潰れたような変な声が出てしまった。やはり、人は見かけによらないということか。リブはカザンの反応に苦笑い。
「…まぁ、その反応に無理もないが、あいつはあぁ見えて腕は確かだ。俺たちにないものを持ってるー…俺もあいつとはやり合いたくないさ」
「ゴールドっつったら、そっすよね。言ったらお柱になれる強さがあるんすもんね。…俺、兄貴も憧れたゴールドが、自分の隊長だなんて…なんか信じられないっす」
「まぁ、そう言うな。お前が本気でゴールドになりたいのなら…黙ってついて来い」
カザンは、ごくりと喉を鳴らして言葉を飲み込む。
"すごい人"というのは、才能を開花させるまでの努力、人柄や色々なものがあるはずだ。
リブが迷いなく"ついて来い"と言ったその一言には、限りない安心感があった。やはり、オーラというのか、威厳が違う。
「もちろんす!!俺、ついて行きますよ!だから…これから、よろしくお願いしますっ!」
改めて頭を下げるカザンを、リブは静かに見下ろした。
(…これで、いいのだろう。この若い新人を、軽い気持ちで受け持ったわけじゃない。
受け持つことになったのが、"本気"を持った奴で良かった。
…そうでしょう、お柱…)
リブはカザンを見ながら、この先を想像し、また決意するのだった。
ガレットのお柱と交わした、約束をー…。
「…お前を、保安部に推薦したのは、俺だ」
「… …!!」
リブのその言葉に、カザンは下げていた頭を上げた。
「…え…推薦…?リブさんが…?」
嬉しいやら、驚きやらでまるで信じられない。
「あぁ。…お前、実技が散々だったんだろう。普通なら不合格だ。…実力のあるものは、他にも沢山いた…
だがお前には、他の者に無いものがあった」
「…"死守"…っすか」
「…あぁ。それと…必ずのし上がっていく者の共通点だ。深く負った傷と、誰にも言えない事情…そこから来た揺らがない決意は、必ず人を強くする」
リブはそう言って、窓から遠目に外を見る。
「お前も、聞いたことくらいあるか…分からないが…7年前、この町も襲撃にあった…。
その時の戦いは、【今世紀最大の戦い】と言われている…
その時に経験した戦い、心に刻まれた想い…俺たちもそれぞれ色んなものを抱えている。だからこそ、この7年でロザリナは、南で最大であり最強の町となったんだ」
7年前。…カザンの出身、ガサラが襲われた1年後だ。その頃はカザンはまだ遠い北に住んでいたから、その戦いは知らなかった。
「抱える事情は、皆人それぞれだ。だがお前の孤独な戦いと、誰も経験していないその悔しさが…お前を強くするだろうと、そう思ったんだ。
ガサラを立て直すのが、夢なんだろう。約束なんだろう?
…誰かのためなら、人はどこまでも強くなれる」
ガレットのお柱も、この人も、そうだ。この町を守る保安部、その中でも更にトップにいる陣使い達ー…その存在と言葉の一つ一つが、経験を物語っている。
「お前が特陣を使えるようになり、この町を本当に救う日が来るかもしれないとー…俺が、そう思ったんだ。…面接だけなら、合格だった」
リブはカザンを見ると、静かに微笑んだ。カザンはその一言に胸が熱くなった。自分が経験した絶望も恐怖も…決心も。この人は受け止めてくれた気がしたのだ。
言葉こそ少ないが、リブは冷たい人ではないことが、カザンにはよく分かった。
「…ありがとうございますっ…嬉しいっす、素直に」
「…さて、次に行こう」
その日は一通り館内を案内され、カザンの保安部1日目が終わった。
夜は、本部に住まいを引っ越すためにも、一度自宅へと帰されることになった。
次の日、カザンは荷物を最低限に絞って、まるで遠足に行くかのような足取り。
「おはようございますっ!!」
本部に着くと、ロビーではリブが迎えてくれた。カザンは勢いよく頭を振り下げ、背負っていた荷物がガタッと動く。
寝癖の突っ立ったカザンとは違い、リブは朝から全身きっちりと装い、抜かりのない姿だ。
カザンは急いで、腰のあたりに飛び出していたシャツを、ズボンにしまった。
「荷物が少ないな」
「そーすか?まぁ、そんなに持ってくる物なんてなかったんで。あ、そーだ。ハンガー置いてきたんですけど、確か部屋にありましたよね?」
「あぁ、心配ない。…さて、それはそうと、俺が今日なぜここでお前を待っていたか分かるか?」
「え?…えーと…あ!朝食っすかね?でもすいません、俺食べて来ちゃったんで…あ、でもまだ食えますよ!」
カザンの呑気な予想は、リブが首を振ったことによって、掻き消された。
「…俺もとっくに朝食は済んでいる。今日はさっそくだが、俺とマンツーだ」
「マンツー。えーっと、何するんすか?」
「俺はお前の実技も見ていないし、まずはお前のことを基礎から見させてもらう。
部屋に荷物を置いて、10分後にここに来てくれ」
「うっす!!」
カザンはすぐに階段を駆け上がると、昨日案内されていた自分の部屋に、荷物を置きに行った。
同部屋の人は、既に部屋にいない。2人部屋だと聞いているのだがー…朝から仕事に出たのだろうか。
(しょっぱなゴールドに指導してもらえんのか…!夢みたいじゃねーか!)
館内を走りながら、嬉しさで荷物と共に心臓も飛び跳ねて回った。
4分後、カザンはリブよりも早くロビーに着き、彼の到着を待った。
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