配属式


そんなこんなで、その日はやって来た。なんともすみやかに晴れ上がった空だった。まるで空が、人生1番の幸せを噛みしめている、カザンの心を映し出したかのようだ。


カザンの着込む深緑色のジャケットは、まだ真新しい。襟元にはRのマークがついた、えんじ色のバッヂが光る。

これぞ、この町の保安部の象徴だ。

いつもより、空気が何倍も美味しく感じた。



「はい、新入部員はこっちよ~」


ロザリナ本部の正門を超えると、カザンと同じジャケットを着た男女が、わらわらと動き回っていた。


隣には、同じく誇らしげにバッヂを光らせる、グレイの姿があった。

カザンの合格こそ奇跡であったが、彼に関しては合格して当然ー…

おそらく、トップの評価で合格したに違いない。彼は、非常に優秀なのだ。



今日は、新しく試験に合格した保安部員達に、本格的に部隊配属が決まる、"配属式"の当日だった。

中にも案内の者がいて、カザンは1番前に座った。


(…やばい。すげえ。俺がここにいるなんてさ!)


辺りをきょろきょろと見回すと、その感動を噛みしめる。所々突っ立った短髪が、その度にふさっと揺れた。


(…最強の陣使い"ダイヤのお柱"にも、会えるんだろうな…!)


9時、式は時間ぴったりに始まった。


「これより、保安部の配属式を始める。本日、司会を務めるリブ・ロードウェイだ。

新入部員を心から歓迎する」


(あ!面接官の人!)


忘れるわけもない、あの面接を担当した男だ。


「さっそくだが入隊の歓迎挨拶及び、この保安部についての話を我らがロザリナのお柱である、ガレット・ブレイオルお柱兼総隊長にお願いします」


「うっわお」

「すげぇ」

「ダイヤのお柱だ…!」


新隊員達は瞬時にざわめいた。


(やべー!!あれがロザリナのお柱!!本物!初めて見たぜ!!)


司会の紹介を受けて登壇した男が、教壇に分厚い両手を叩きつけると、マイク不要のでかい声で話出した。

強大な町ロザリナは、小さな田舎のガサラとは違い、お柱に直接会う機会なんてまずないのだ。


「入隊、おめでとう!!おめぇら、よくやったな!!」


ガサツな挨拶が響き渡る。二カッと笑うと、色黒の顔に白い歯が浮いて見えた。


「俺はこのロザリナのお柱であり、保安部の総隊長の、ガレット・ブレイオルだ。

なんだぁ、そんなぼけーっと口開けてどーしたお前ら。

そんなにおれが珍しいか??」


ガレットは、ガハガハと笑った。

カザンは、バカみたいに開けていた口を急いで閉じる。…この人が、町を超えても知らぬものはいない、有名な"ダイヤのお柱"なのだ。


そして彼は、最強の守護魔法陣と呼ばれる"ダイヤの護り"の特陣を持つ、世の中でも有数な、ゴールドの資格を持った陣使い。


「お前らがどんな動機で、何のために保安部に入ったか…面接官じゃねぇから俺は知らねぇ。それぞれ、色々あんだろーがここに来たら一つだ。


"守ること"それだけだ。


この町を守ること、人を守ること。

自分の意思も、人との約束も、食う時間も、起きる時間もー…

俺たちには守るものが多すぎるんだな。


これからはこの本部で、寝泊まり生活することになるだろ。

もう"一般"扱いはされねぇし、俺もしねぇ。

お前らは保安部として、守るべきものを守って生活することだ」


ガレットは言葉を切ると、一旦その目で部屋を見渡す。


「それから、俺たち保安部が持つべき大切なことを教えておいてやる。


…信頼、そして揺らがぬ心だ。


保安部の日々の仕事は悪党の取り締まりから、町の動物死骸撤去までー…必要あれば他の町の戦争にだって手を貸すし、大小さまざまだ。

そんな中でも俺たちの武器は、確固たる信頼。


仲間を信頼しろ、町の人を信頼しろ、そして自分の力を信頼しろ。


それから、保安部になったその心を揺らがすな。揺らいだら、すぐ辞めちまえ。

何かの時に町を守る、その一瞬の時に迷いはいらねぇ。


…目をかっぴらいて前を見ろ。町を、町の人を、仲間を、敵をも。保安部は常に町の目になって先を見んだ。

…いいか、信頼と、揺らがぬ心だ。

その脳みそに、今叩き込んどけ!」


カザンは、ガレットの話に聞き入った。

ただ、きれいなことを並べているだけじゃない。戦い抜いてきた男の言葉に、聞き惚れそうになっている自分がいた。


(…前をみろ、か。兄貴と同じだ…

強い陣使いってのは、やっぱり後ろなんか見ねぇんだな)


ガレットは続けた。


「おめーらには、俺はたった今会っただけの存在だ。俺はお前らの名前も知らねぇし、話したこともねぇ。

だがな、俺はもうお前らを心底信頼してんだよ。


簡単な仕事ばかりじゃねぇ。すぐに強くなんかなれないかもしれねぇ。

それでも、お前らの後ろに座ってる仲間達を、超えるくらいの人材になってくれることを…俺ァ願ってる!」


ガレットは真っ黒な瞳をキラキラさせて、まっすぐにカザン達を射抜いた。あぁ、なんだこの人は。

その力強い声と、真っ直ぐな言葉がカザンの胸を打ち付ける。


(…そっか。この人が、この町を守ってきてくれたのか。

この人が、この町最強の陣使い、ダイヤのお柱ー…すげぇ…!声もデカイし熊みたいだけど…かっけぇ…!!)


カザンは目をキラリと輝かせた。


「俺からは以上でいいか?」


ガレットが、司会の方を向くと司会のリブは一旦マイクを塞ぎ、「保安部の説明を」と彼に伝えた。

ガレットは忘れていたかのように唸ると、刈り上げられた黒髪を掻いた。


「…そうだったな。

だけどよ、俺はあんまり細けェ説明は向いてねぇ。簡単に説明すっから、もう少し我慢してよく聞けよ」


そう前置きをしてから、ものの10分たらずで、保安部の仕組みやら生活スケジュールやらが説明された。

ガレットの説明は漠然と何となくは分かったが、あとは生活していくうちに覚えるだろう、とカザンは思った。


その後いよいよ配属される隊が発表されていき、新入部員25名は12の隊にそれぞれ配属された。

他の合格者は、"保安部以外"に配属された者も多くいるようだ。


カザンの所属は、面接を担当したリブ・ロードウェイ率いる、第2隊に決定した。



「…カザン…隊を交換しないか」


配属式終了直後、それぞれの隊に分かれる間際に、グレイはカザンにしか聞こえない声で呟く。


「いいじゃねーか、第1隊!かっけーじゃん1って」

「違う。あの赤髪の刺青が隊長だ。大丈夫なのか、あの人…ついていける気がしないんだが」

「あー…まぁでも、あの人も保安部だろ?おめーの実力なら大丈夫だって、グレイ!心配すんな!人は見かけによらないってら言うしな!」


確かにそんな言葉もあるのだが、第1隊隊長ジュエイは、まさに見た目通りと言ったところ…

カザンも面接の時点で良い印象はなかったが、グレイは初っ端からとんだ試練を課せられた。


「保安部というよりもはや悪役だ」

「おめーも、面接で散々言われたのか?」


グレイの不安げな顔から、"その通りだ"と伝わった。



いよいよ始まる保安部としての生活は、不安と期待に胸が詰まるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る