面接:ガサラの生き残り
ロザリナ本部の保安部という部署は、3年に一度新入部員を募集する。町の治安を守り、何かの時には戦いにでることもある、警察と兵士のような仕事だった。
「くれぐれも、読める字で書いてくれ」
受験者達を待つロザリナ本部では、試験官を務める保安部員達が、準備を整えて待っていた。
この「面接室」も、例外ではない。書籍と革のソファーが置かれた、シンプルなダークトーンの部屋。箒と杖でもあったら、それこそ魔法使いでも住んでいそうだ。
「おかしいじゃねぇかよ?え?リブ。なぁんでおめぇが面接官で、俺が書記なんだ?
黙って座ってひたすら字書いてるなんざ、俺に1番向いてねぇだろが」
「確かにそうかもしれないが、面接官よりはましだ。忘れてないだろう。3年前、お前が面接官だったおかげで、面接で全員不合格。試験が別日にやり直しになった」
面接室には男が2人。見るからに、一般人とは別格なオーラを放っている。
1人はどこの誰が見ても目を惹く、真っ赤な残散とした髪。左頬には顎からこめかみにかけて、龍の刺青ときた。目つきもすこぶる悪く、口も悪いようだ。
「3年前なんざどーでもいいだろが。ここに雑魚はいらねぇ。雑魚だと思ったやつは容赦なく切り捨てる。間違っちゃいないだろが、え?」
「試験は現在の実力だけじゃない、将来の"見込み"を見ろと言われている。お前はその"見込み"ごと切り捨てるだろう。
いいか、面接中に余計な口を挟むなよ。お前が口を開くと厄介になる」
赤髪とは真逆と言ったところか。面接官となった男は整った黒髪に整った顔。キリッと切長の目が、前髪の隙間から覗いた。
おそらく、多くの女性の言う「良い男」を形にしたらこうなるであろう、そんな男だ。
「気にくわねぇな…てめーの横で、オレが黙って字なんか書き連ねてると思うなよ。オレがダメだと判断したヤツにぁ、顔面にペン先投げつけっからな」
「…お前…試験官じゃなく会場の警備でもやればよかったんじゃないか」
「オレが決めたんじゃねぇ。…ほーら、来やがるぜ。もうじき時間だ…
言っとくが…オレの字は達筆すぎてお前にゃ読めねぇだろうよ…」
試験は面接と実技で、2日がかりで行われた。
気合を入れて、人生を賭ける思いで出向いたカザンだったがー…
「…Eランク」
カザンは面接室にて、黒髪の面接官に直視される。隣の赤髪は、机に足を乗っけるとニヤリとしていた。
「…退場だろーが、リブ。面接する必要がねぇ時間の無駄だ」
「… …」
カザンは両膝の上で、拳を握った。
(分かってる…俺が弱いことぐらい…でも、ここで認めてもらわなきゃなんねーんだ…!じゃなきゃなんも始まらねんだよ…!)
「てめぇにピッタリの番号だなぁオイ。35番…。ここにザコはいらねぇ」
カザンの魔法陣レベルの"Eランク"が、どの程度であったのか。
簡単に言えば小学校4,5年生のレベルである。
つまり、町を守り抜き戦場を駆け巡る強き陣使いとは、程遠い。…いや、程遠いどころではないのだ。小学生が警察官、自衛官などの就職試験の面接に現れたら、当然こんな空気が流れるに違いない。
「帰れ小僧、ガキの職場見学じゃねンだブッ飛ばすぞ」
書記を任されているはずの赤髪が、凄んだ視線をぶつけて来た。並々ならぬオーラを感じる。
それでも、カザンは視線を下げなかった。
(目を下げたら負けだ。どんな目つきされよーが、ぜってー俺からは目そらさねーぞ…!)
カザンは長い深呼吸と共に、黙って自分がここにいるその気持ちと、熱意だけを沸騰させる。
理由が、あった。Eランクだろうが雑魚だろうが、カザンにはここにいる立派な理由がー…。
面接官の男は軽く親指でこめかみを押さえ、片手にあった志願書に目を落とした。
「…君の志願書は、先に見させてもらった。…ガサラの出身とは本当か?」
カザンの背筋が伸びた。
「そうっす」
この返答には、隣の赤髪も少し顔色を変える。
「ガサラァ??ふざけてんのかテメー」
「…ガサラは全滅したと聞いているが」
「…全滅、してないんす。俺がその証拠です」
おちゃらけた普段のカザンからは、見ることのない真剣な面持ちだった。黒髪の面接官は、怪訝そうな顔になる。
「聞いていた噂とは違うがー…それが本当なら少し話を聞こうか、カザン・ストライク」
8年前、カザンの出身である「北のガサラ」の町は、焼け野原となった。
小さな、ど田舎の町だった。知名度こそなかったが、生存者ゼロの全滅という異例な事件が、遠く離れたここ南のロザリナにも伝わったものだ。
その日、カザンは隣町まで来ていた。
「はい、確かにお預かりしました」
カザンの兄からのお遣いだ。兄は、ガサラの町で1番強い陣使いであり、ガサラのリーダーである"お柱(おはしら)"であった。
町長と言えば良いのか、はたまた軍の総司令官とでも言えば良いのかー…そのどちらも兼任するかのような町のトップを、この世では"お柱"とそう呼んだ。
「ガサラのお柱は、必ずゴールドになれるわ。"ゴールドのお柱"の誕生ね!」
隣町の本部にて、カザンは兄の代理で書類を提出。兄はもうじきやってくる"陣使い昇格試験"で、世の最高ランクである"ゴールド"の資格にチャレンジするのだ。
カザンはまるで自分が誉められたかのように、受付の女性にニカッと笑った。
「ったり前っすよ!」
陣使いの力を表すランクは、こうだ。
最強と言うに相応しい世で最高ランクのゴールド、次いでシルバー、ブロンズ。この者たちは、その突出した強さから他の者とは区別され、「特別クラス」と呼ばれている。それ以下のランクとは桁違いのレベルだ。
その下に一般レベルのAランク、Bランク、Cランク…ときて、Fランクが1番初級だ。こう言えば、カザンのEランクがいかに面接官を唖然とさせたか、わかってもらえるだろうか。
「試験の詳しい書類は、お柱に直接郵送させてもらうわね。はい、これ本人確認証。お柱によろしく。
隣町の私たちも、あの人がゴールドになったら嬉しいわ!北にはゴールドなんて遠いはずれに、1人しかいないでしょ?それも、もうヨボヨボのご老体で現役じゃない。
ゴールドの資格もあってないようなものよ。ここらじゃシルバーランクのあの人が、1番なんだから。あの人がゴールドになったら、ここら一帯が喜ぶわよ!」
カザンの胸は大きく膨らんだ。
(そーだよ、もっと言ってくれ!兄貴はその身一つでガサラの町どころか、北の大陸全体を背負ってるんだ。
ここらじゃゴールドはおろか、シルバーの陣使いさえ、兄貴がたった1人…他の町も兄貴を頼りにしてんだ。
兄貴は、絶対ゴールドになる)
当時11歳であったカザンは、兄からの大切な依頼を終えて、隣町の本部を後にしたところだった。
(兄貴がゴールドになったら、俺も後を追うんだ。時間がかかったって、関係ねぇ。
兄貴1人に頼る町も周りの町もー…その負担と、重荷を俺が一緒に背負うんだ…!)
『そうか、そりゃ頼もしい限りだな。ゴールドの陣使いが2人もいりゃ、この町もここ1番の大きな町に発展するだろ。
ー…待ってるよ、カザン。焦らなくても、その目かっぴらいて、いつの時も目の前を見るんだ。
俺が先にゴールドになって、お前の道を切り開いてやるよ』
兄の言葉が頭に蘇る。とても今の自分には追いつけない、そんな兄との約束ー…。
カザンが兄と描いた大きな夢に、心を躍らせ熱くなっている頃だった。
その頃ガサラではー…"その事件"が起ころうとしていた。
カザンの兄、カエン・ストライクは本部を飛び出し、町の入り口に仁王立ちになっていた。
その先には、真っ黒の軍団を背後に率いた、蝋燭のような色白い男が1人ー…
「…ほぅ。お柱直々におでましとは…歓迎されて嬉しい限りだ」
蝋のような男は、マントから骸骨のような指を出す。カエンの額から一粒の汗が、滑り落ちた。
「…そうか、お前が噂に効く黒の集団かー…
…こんな小さな町にわざわざ来るとはー…俺の"特陣(とくじん)"でも奪いに来たか」
「話が早いな。…"死守"をもらおうか」
「…吠え面かいて消え失せろ」
「…そうかー…まぁいい、奪うまでだ。さらばだ、北の英雄よ」
「…残念だったなー…俺はまだ英雄になってもないしー…"特陣"はお前には絶対奪えない」
「ほぅ、そうか。自分に"死守"の陣でも張ったか。死守とは"必ず死なず守られる"であるなら、生死のギリギリで奪うとしようー…」
蝋の男の指が動くよりも先に、カエンの背に隠した左手が動いたー…
「ガサラの町はー…渡さない…!!」
その時カザンは隣町で突然、足元に違和感を覚えた。そして、頭上が一瞬熱くなる。
…これは何者かによって、魔法陣が自分の上下に張られた…その現象だ。
「なっ…なんだっ…?!誰だ…!」
カザンは足元を見下ろすと、消えかかる魔法陣を一瞬見た。ー…それだけで、当時11歳のカザンにも理解できたものだ。
「兄貴の"特陣"ー…?!」
魔法陣は地面に吸い込まれるように消えていった。
自分の身体が何者かによってー…いや、兄の力によってグッと包み込まれるのが分かる。
ー…なんだ、コレ。
兄貴、何で俺に特陣なんてー…!
"特陣(とくじん)"。
最高ランクの魔法陣で、例外を除きゴールド、シルバー、ブロンズレベルの陣使いしか使用することができないものだ。
特陣は特別クラスの陣使いに、1人につき1種類。その人にしか使えない、最高ランクの魔法陣。
ー…カザンの兄の特陣は、"死守"であった。
(兄貴が俺を"死守"してるー…?!なんだ、なんでいきなりー…
いつも遠方の戦いに出る人達に、兄貴は決まって"死守"を施し送り出していたー…)
"死守"はその特陣により、たった1人だけ"必ず事態から守られる"
そういう魔法陣だ。何度も見てる、憧れる兄の魔法陣。見間違えるはずがなかった。
何かが、起きた。そう直感した。兄が隣町の自分を"死守"しなければならないほどの、何かが。
カザンは町の出口へ走り出した。
(兄貴ー…兄貴!なんだよ!何があった!俺は無事だよ、何も起こってねぇ!"死守"なんてー…っ)
町に帰るまで、隣町といえど一瞬の道のりではなかった。駅から列車に乗り込み2時間、そしてさらに1時間かけて町を出て、荒れ野を行くことまた1時間。
ガサラの領地に踏み込み、やっと"瞬間移動(ワープ)"が使えた。
町はー…
必死に帰ってきたカザンの目に、町がどう映ったのかー…
「… …っ…え… …?… …」
帰ってきたそこに、町はなかった。
こんな時、人は言葉一つ出てこないものだ。頭が真っ白になり、目の前は真っ赤に燃える炎で眩みー…全身の細胞の全てが、現実を拒否しようと暴れ出すー…
夢なのか現実なのか、自分は生きているのか死んでいるのかー…?
「あ…兄…兄貴…」
兄はどこかにいるはずだった。炎の中で、町の人たちを探し助けているー…そのはずだった。
「兄貴ーーーーっ!!!!!」
カザンの叫びは炎に飲まれていく。その手から、握っていた書類はポトリと落ちた。
その茶封筒にある文字が、熱風でジリジリとゆらいだー…
『カエン・ストライク。ゴールド昇格試験許可証』
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