兄弟の約束

「…本当はどこかで、生きていると思ってた。でも後から戦死が確認されました。

ー…兄貴は本当にすごい陣使いだったー…最後まで、町を守ろうとした。町の人をー…俺を。


それも、後から調査にきた他の町の人から、聞いたことっす…。


…兄貴は町の3分の1の人達に"護衛"の陣を。そしてー…全員に"言伝(ことづて)"の魔法陣を施していたー…小さな赤ちゃん1人見逃さずに。


俺にも、町に着く直前に"言伝"が届いてー…」




"言伝(ことづて)"。

その人の脳内に、自らの言葉を伝える魔法陣。伝達魔法の一つで、仲間内の連携を取ることに、よく使用されるものだ。



戦い、そして逃げ惑う人々の脳に、心にー…

お柱であるカエンの声が聞こえていた。



『皆ー…目を閉じるな、前を見ろー…

こんなことになってすまない…!


恐ければ戦わなくていいー…俺がいる。


自分を、家族を守ってくれー…



ガサラの子供達よー…怖いな。ごめんな。そばに美味しいものはあるか?

あったら、それでも食って少し笑顔になってくれー…

なぁに、大丈夫さ!みんなで手を繋いで、じっとしてるんだぞー…大丈夫だからなー…

そうだ、歌でも歌っていてくれ。俺は君たちの歌声が響く、ガサラが大好きだ。



皆どもよ、ガサラの未来はー…俺が残した!俺の援護に来るな、家族と共にいろー…

誰も身寄りがなければー…覚悟の上で俺のところに来い。1人でいるよりいいだろうー…』



カエンの声は最後の時まで、町の人達に響いた。全然"大丈夫"ではないこの状況で、カエンはひたすら大丈夫だと、繰り返すように励ました。


ガサラの領地に踏み込み、後30分もすれば町に帰れるところまで来た時。カザンの脳にもまた、カエンの声が聞こえた。



『カザンー…書類は、出してくれたか?…帰路には、ついてるか。



ー…いいかカザン、うろたえるなよ。…ガサラの町はやられる。

黒の集団が攻めてきた。勝ち目はないー…狙いは俺の"死守"だ。


対峙してみて分かった。シルバーの俺1人で、町ごと守れる相手じゃないー…もうすぐ終わりだ。町についても、俺のことは探すなー…見るもんじゃない。



気づいたか?お前に"死守"を渡した。ー…"死守"を使ったんじゃないぞ、分かるか?


奴らの狙いだ。俺がやられれば、"死守"が奪われるー…だから、お前に託した。もう、俺の特陣じゃなくなった。

お前が特別クラスになるまで、使えはしないだろうがー…


"死守"はお前のものだ。それが未来だ。お前が生きて、俺との約束を果たしてー…


ゴールドの陣使いになった時、ガサラを再建して今度こそー…


町を"死守"する者になってくれー…



…元気でな。前向けよ、カザン』





面接室で、カザンは話し続けた口をここで閉じた。

面接官の男は瞬きと共に、小さく息をつく。



「…じゃあ、君はー…Eランクでありながら、そのお柱から渡された"特陣“を持っていると」

「…はい。使えないっすけど…」


「リブ、特陣を持ってるからっつって、使えないEランクは保安部にいてもしゃーねーぞ?

お前…カザンだったか、てめーの事情は聞いたが、だからなんだってんだ?それぞれ誰にでも事情はあんだ。せめてランク上げて出直してこい」



面接官ー…リブは赤髪をチラリと見ると、小さくため息をつく。


「…君の志願書の志望動機だが、"兄との約束のため"一言では、こちらには伝わらないぞ」

「…じゃあ、ここで言い直して良いっすか」

「…聞こう。」


カザンはすぅっと息を吸い込む。面接で何を聞かれようと、これだけは、この熱意だけは伝えたかった。

面接の練習の必要なんてない、何も考えなくたってこの気持ちは8年間変わらず、カザンの中にあり続けるのだから。

弱くても、他の者より劣っていてもー…



「この気持ちだけは、絶対負けない自信が、あります!!確かに俺、ロザリナみたいに勉強の環境が整ってるような、そういう所で育ってないです。

だからこの歳になってもEランク。誰かに教えてもらっても、ランク一つ上がらない。センス無いかもしれないっす。


でも!!

…俺は、ゴールドになります。今の俺じゃ笑われても仕方ないっす。けど、保安部の志願条件に、魔法陣のランクの制限は書かれていなかったー…

だから、気にせず受けに来ました。

時間がかかっても、じーさんになったって…俺はゴールドになります。


ゴールドになって、今ただの荒れ野になってるガサラに、町を立て直します。

そのためには、最強の陣使いが沢山いるこのロザリナに来て、自分を鍛え上げてたいと思ったんす。


どうか俺を!このロザリナで、底辺からでものし上がらせてください!

俺は皆みたいな強さが無いからこそ、なんでもモノにして見せます。上がるしかないんす。

俺はゴールドになって皆を"死守"する陣使いになる。ー…兄貴との約束を、果たすために今日ここにきました!」


面接官のリブは黙って聞くと、理由は分かったというように頷いてくれた。


「君の気持ちはわかった。確かに保安部の入隊にはランクは関係ない。

ただ一つ聞かせてくれ。Eランクの君がロザリナの保安部になったとして、ロザリナ本部としては何になる?


つまりー…君は"ロザリナの未来"の人材ではないわけだ。他の町の人材育成はもちろん、ここでは歓迎しているがー…

Eランクとなると話が違う。君はここで、ロザリナのために何ができる?」



面接を始めてから、悠に30分が経過していた。待機室で待つ受験者達は、10分足らずで終わるはずの面接を、怪訝に思いながら"35番"の帰りを待っていた。



「…俺は全力で兄貴を支えて、兄貴に仕えたかったっす。

それを、ここでします。兄貴に仕える気持ちで、ロザリナのお柱に全力で仕えます。ただこの町を、ガサラだと思って、俺の大切な町として体張ります。


ランクも必ず上げます。見ててください。

Eランクの雑魚がゴールドを目指す姿は、いろんな町の人たちの希望とか、ちっさい子達の夢とかになるって、俺は思ってます。


"自分にもできる"ってー…。そんな、町の人に寄り添える保安部になりたいっす!」



カザンは黙って頭を下げた。これ以上、伝えることは何もなかった。


「…分かった。…まぁ、聞きたいことは他にもあるがー…実技試験の結果を見せてもらおう。

面接はこれで終わりだ」


「あっ…ありがとうございました!!」



伝えたかったことは、全部伝えた。あとは自分でも期待できない、実技だけ。

今の自分にこれ以上はない。



ただ結果を待つしかなかった。

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