第8話 いちばんぼし
私がもし死んだのなら。
最初の夜だけ泣いてください。
私と君が過ごしたときを思い出しながら小さく笑ってください。
貴方にとって私が、笑顔であるのなら……
優しく見送ってください。
いつかは、誰もみんな迎えが来ます。
わかっているはずなのに。
他人事のように過ごしてきました。
だから、笑ってください。
私が最後に見たいのは貴方の涙ではありません。
貴方の笑顔です。
そう書かれた一枚の手紙。
男はひとり手紙を思い出しながらトラックを運転する。
今も思い出される君の笑顔。
自分は、立派な大人になっているのだろうか?
男は。そう自問自答する日々。
いつもの道。
いつものように。
山に向かってトラックを走らせる。
山の名前はトースター山。
自分が何者なのか?
自分に何ができたのか?
わからないことだらけ。
子どものにわかりかけていたことなのに大人になるに連れて忘れていく。
それが大人になるということ。
それをわかっているはずなのに。
それを認めたくない大人のジレンマ。
トラックのラジオから午後0時の知らせが耳に入る。
「もうそんな時間ですか……」
男はトラックを止めれるスペースを見つけるとそこにトラックを止めた。
自分が作ったパンを子どもたちは今ごろ食べているんだろうな。
そう思いながら自分もお弁当の蓋を開けた。
男は、おにぎりをひとつ摘んだ。
そして、口に運ぶ。
「ああ、美味しいですね」
そして、水筒からコップにお茶を移し口に運んだ。
「うん、しあわせ」
男は、小さく微笑んだ。
男に名前はない。
わかっているのは男が食パンで出来ているということだけ。
食パン男と周りから言われている。
食パン男が、好きなのはおにぎり。
パンを作っているが、実は昔はパンが大の苦手だった。
どうしたら美味しくパンを食べれるか。
そう思い、研究を重ねた結果。
美味しいパンを作る方法を生み出した。
そして、それを売ったところ人気に拍車がかかり今では少し大きなパン工場を経営できるまでになった。
「あー、食パンがお米食べてるー!」
そう言って現れたのは赤いワンピースを来た女の子。
彼女の名前は、ドキン。
ドキドキするような女の子に育ちますように……
そういう親の願いを込めて名付けられた。
「ドキンちゃん、お久しぶりですね」
食パン男の言葉にドキンは小さく笑う。
「そうねー
こうして会うのは久しぶりね」
ドキンの言葉に食パン男は微笑む。
かつてドキンは、食パン男に会うと「食パンさまー」と胸を躍らせていたが、そうならないのは彼女の成長なのだろう。
「そうですね。
ドキンちゃんも、おにぎりひとつ食べませんか?」
「そうね、私の新作のクッキーを食べてくれるのなら考えなくもないわ」
「新作のクッキーを作ったんですか?
楽しみだな……」
「うん、その名も乳酸菌クッキーよ!」
「それは、美味しそうですね」
「甘さ控えめにして大人の男性にも食べてもらえるように作ったの」
「そうですか」
ドキンは、食パン男の表情に癒やしを貰いながらクッキーが入った袋を食パン男に渡した。
食パン男は、袋をあけるとクッキーを口に運ぶ。
「どうかな?」
「美味しいです」
ドキンの胸が躍る。
食パン男への思いはまだ残っている。
だから、嬉しかった。
「では、僕からはおにぎりを……」
ドキンは食パン男からおにぎりを貰った。
そして、ドキンもおにぎりを食べる。
「食パンさまのおにぎりも美味しいわね」
「ありがとうございます。
あ……」
食パン男は、ドキンのつ頬についた米粒を白いハンカチで拭う。
「そのハンカチ。あの子の?」
「はい、あの子から貰った大事なハンカチです」
「ダメじゃない!
私なんかのためにそんな大事なハンカチを汚しちゃ!」
食パン男は苦笑いを浮かべながら言った。
「いいんですよ。
ハンカチは洗えばまた白くなりますから……」
ドキンは、嬉しかった。
しかし、その反面つらかった。
勝てないあの子。
消えないあの子。
名前も知らないその子。
つらければ泣いていたあの頃。
もう、涙は見せれない。
「食パンさま……」
「はい、なんでしょう?」
「その子……いえ、なんでもありません」
ドキンはいいかけた言葉を止めた。
本当は聞きたかった。
本当は訪ねたかった。
『その子のことを今でも好きですか?』
でも、聞けなかった。
わからないことをわからないと素直に言えない。
それも大人の面倒くさいところだ。
「言いたいことはわかります。
でも、もうちょっとだけ待ってください。
私もいつか必ず答えを出しますから……」
食パン男の顔が切なくドキンに写る。
ドキンの胸が切なくなる。
「待ってもいいの?」
「待っていただけるとうれしいです」
答えがいつでるかはわからない。
「待ちます」
ドキンの声は乙女の声だった。
食パン男は、空に視線を移す。
ドキンも食パン男の隣に座り視線を空に映す。
食パン男はパン工場の責任者。
ドキンは、菌を研究してみんなを助ける研究者。
それぞれ違う道を歩いている。
ドキンもバイキンマンのように研究職についている。
バイキンマンは外科的治療。
ドキンは、食べて癒やす菌の研究。
ひとびとを助けたい。
そう願いを込めて……
もう迷わない。
もう挫けない。
迷わないように空に一番星を見つけて。
晴れの日も雨の日も雲の向こうには星がある。
その星を見つめて……
一番星を目指して、今日も歩く。
温かい温かい道を目指して。
やさしくなりたい。
そう願いを込めて……
涙の数だけでは強くはなれない。
傷ついて擦りむいて治ってまた傷ついて擦りむいて……
その繰り返しにより成長していく。
それを知った。
そして気づいたら大人になっていた。
心も体も。
大人になった。
いつか見ぬ希望の空を目指して……
みんなそれぞれの道を歩いている。
そう、彼も彼女もただの人。
特別な誰かじゃない。
ただの人なんだ。
「いちばんぼしみーつけたー」
そう言った彼女の声が寂しく胸に響く。
たったそれだけなのにドキンの胸は切なくなる。
食パン男もまた同じことを思い出し……
そして切なくなる。
でも、涙は見せない。
だって彼らは大人なのだから……
SALARY-MAN~マントを持たないヒーロー はらぺこおねこ。 @onekosan
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