第6話 勇者になれなかったオレサマ2⃣

 たとえ、ばい菌と後ろ指を指されても。


 そこそこ楽しかった。


 男は、いろんな研究をした。

 ライバルを倒すことだけを考えていた。

 だけど、ライバルを殺すことなど簡単だった。

 でも、倒されることのほうが多かった。

 男は、ライバルを倒すことにためらいがあった。

 でも、ライバルにはためらいがなかった。


 その差が大きく。


 そして、自分が負けたときの周りの笑顔が眩しくて。

 毎日泣いていた。


 自分が惚れた女もライバルの友だちの味方。


 男は孤独だった。

 好かれるライバルと嫌われる自分。

 でも、愛されることがないと思っていた男は、それを笑ってごまかしていた。


「はひふへほー」


 男の声が虚しく響く。

 でも、誰も気づかない。

 負けて吹き飛ばされているのに「はひふへほー」とか言える余裕があるだろうか?

 否、あるわけがない。

 男は心に余裕があった。

 だから、負けたふりをした。

 そうすることで罪悪感などにまみれた心が消える気がした。

 吹き飛ばされたあとに見える子どもたちの笑顔。

 男が、子どもたちを笑顔に変えることはできなかった。

 出来る方法。

 それは、自分が負けること。

 ずっと、ずっと、悔しかった。

 悔しくて涙がこぼれた。


「はひふへほ……」


 男の声が虚しく響いた。


 あるときある国の王さまが、ばい菌によって死にかけた。

 ばい菌には沢山の種類がいる。

 男は、ばい菌のすべてを知っていた。

 ある国の王さまの娘。

 つまりお姫さまが、その男に泣きながら頼みに来た。

 自分に何をしてもいいから、父親を助けて欲しいとのことだった。


 男はつい魔が差した。

 そう、ほんの気まぐれだった。


 男は、王さまの命を救った。

 お姫さまには何もしなかった。


 お姫さまは泣きながら男にお礼を言った。


「ありがとう」


 嬉しいはずなのに涙が出た。

 お礼を言われたはずなのに涙が出た。


 男は、「ありがとう」たったひとことそう言われるためにたくさん頑張った。


 世の中には、「ありがとう」と言われないことのほうが多い。

 それを知っている男はお礼を言われないことは苦痛ではなかった。


 ひとつの「ありがとう」

 ふたつの「ありがとう」

 みっつのよっつの「ありがとう」


「ありがとう」


 そう言ってもらえるだけでしあわせになれた。


 男は知った。

 知っていたはずなのに気づかなかった。


 生物を殺める菌もたくさんある。

 でも、生物を助ける菌もあることを。


 生物を殺める菌のほうが多い。

 でも、自分はなれるかもされない。

 みんなに「ありがとう」と言ってもらえる菌に……


 男は、「ありがとう」

 そう言われるためにいろんな研究をした。

 科学者から医師になった瞬間だった。


 癌を死滅させる菌。

 傷を再生させる菌。


 色んな菌を開発し、色んな技術を見に付け。


 そして、気がつけば時は流れ……


 男は、『ばい菌先生』と言われることになった。

『汚いばい菌』じゃない「ありがとう」という意味の『ばい菌』。


 男は、そのことを誇りに思っている。


「ばい菌マーン。

 また、骨を折ってしまいましたー」


 そう言って現れた骸骨の男。


「ホラーマン。

 もう歳なんだ、あんまり無理をするな」


「でもですねー

 木に引っかかった子どもがいたんですよー」


「そうか、それは大変だな」


「はい、でも、とびっきりの『ありがとう』貰いました」


 ホラーマンのその言葉を聞いたバイキンマンは、ニッコリと笑顔を見せた。


「『ありがとう』いいよな。 

 それだけで、しあわせになれる魔法の言葉だ」


 ふたりは、そう言って笑いあった。

 もう、そこにはみんなから嫌われるバイキンマンはどこにもいない。

 みんなから愛される男が、そこにいた。

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