第30話 スカンジナ地方振興計画 その2
俺がヒーロー男爵領で石炭を探して、山歩きの毎日を送っている頃。
我が愛しの妻レイネは、侍女のアイリス達とともに、フィンレー男爵領にいた。
フィンレー男爵領の
俺達がスカンジナ地方に到着してから一週間後に鉄道の貨車で30頭の牛が運ばれて来た。
うち雄牛は5頭。あとは雌の乳牛だ。
フィンレー男爵領には酪農を広めるよう提案し、そのモデルケースとして《ルイーズ農場》を造ることにしたのだ。
農場の運営は、ハーベスト領でレイネも経験済みだし、ルイーズも農業学校の研修で酪農を経験している。
おまけに仕組んだような話だが、アイリスもまた、酪農家の娘なのだ。
ここに最強の《酪農三人娘》の誕生である。
レイネは、製材所を訪ね用意してきた設計図を渡し、パネルの制作とパネル工法による畜舎の建設を依頼した。
ルイーズは、フィンレー領内でライ麦の藁を集め、また餌となる雑穀も集めた。
アイリスは、畜舎ができるまで牛たちの放牧を担当し、牛たちの長旅の疲れを取ることに、気を配った。
牛たちが到着してから、一週間後には畜舎が完成し、乳牛の飼育が始められた。
牛たちを畜舎に移し、3日目から牛乳の搾乳を始めた。酪農家を目指す12人の領民を指導餌の作り方、与え方、畜舎の清掃、換気の仕方そして搾乳のやり方を指導する。
「牛の後ろに決して回らないこと。牛に蹴られたら、死ぬかも知れないわよ。」
「牛乳を搾るときは、強くもなく弱くもなく、お乳を掴んでね。」
「牛を怖がっちゃだめよ。牛はわかるの。
怯えてる相手には、凶暴になるの。」
「レイネ教官、畜舎の壁。こんなに広く開けて牛たち、冬の寒さは大丈夫なんでしょうか。」
「牛はね、寒さには強いのよ。冬は、雪の吹き込む風上の壁だけ閉じてやればいいわ。
それとね、ルイーズ。教官呼びはやめてくれないかしら。皆が教官って言うのよ。
誰も奥様とか、呼んでくれないのよっ。」
「さて、講義の時間ですよ。教官呼びはやめてくださいね。私は、ただのコウジさんの妻ですからねっ。」
牛から搾乳した生の牛乳を、煮沸消毒すること。そのやり方。
生の牛乳から、バター、生クリーム、チーズを作る方法。皆、真剣に聞いている。
「教官、じゃなかった。レイネ奥様っ。」
「うふっ、なにかしら。」
「赤ん坊以外に牛の乳を飲む人なんて、いないと思うんですが、どうやって牛乳を広めれば、いいのですか?」
「最初は試飲をさせて、栄養があるからとか、病弱な人とかに勧めることね。
あと牛乳を使って作るホットケーキやプリンクッキーなどの菓子を広めるといいわ。
でも、当分は、牛乳の生産量が少ないから、バターやチーズを作ることが優先ね。」
ルイーズが、特に力を入れて取組んだのが、チーズ作りだ。
すぐに作れるカッテージチーズから、やや固めのチェダーチーズ、白カビで作るカマンベールチーズ、青カビのゴルゴンゾーラ、その他、ウォッシュチーズまで、その研究はとどまるところを知らないようだ。
白カビや青カビは、ハーベスト領から持ち込んだものだ。
「アイリスさん、私、カビが食べられるなんて知りませんでしたわ。」
「そうですね。私もチーズ作りをして、初めて食べましたよ。
コウジ様が言うには、青カビからペニシリンとかいう、万能なお薬も作られるそうです。」
「まあっ、カビってすごいのね。」
「クリームを作るときの乳酸菌も、カビの仲間だそうですから。」
ちなみに、酪農を開始してから、一ヶ月後に王都で《フィンレー領物産展》が開催された。
バターやホイップクリーム、各種チーズなどの乳製品に加え、甘味のホットケーキやプリンそれにレイネ伝授のクッキーが出品された。
「ねえ、フィンレー領って、王国の最北よね。そんなところに牛が育つのかしら。」
「なんでも、ハーベスト領から牛を送り込んだって話だぜ。だから、できるんじゃねぇの。」
「まあ、ホットケーキもプリンも今まで食べたこともない美味しさだわ。牛乳があれば作れるのね。」
「牛乳を使うと、焼き菓子の味がこうも変わるとは、驚きだわね。」
「うわぁ〜、白カビのチーズだなんて、気持ち悪いわ。」
「食べてごらんなさいよ。カビが嫌なら中味のチーズだけ食べてみて、美味しいわよ。」
「このカッテージチーズなら、気持ち悪くないわね。」
「このステーキ試食してみろよ。うめぇぞ。
バターで焼いたんだとよ。」
「すごい人だかりね、何なの?」
「生クリームのケーキの試食よ。あなたも並びなさいよ。なくなっちゃうわよ。」
王都で行なわれた物産展は、大盛況だった。
一気にフィンレー領の名前が知られて酪農の盛んな地域としてのブランドを確立した。
フィンレー産のカマンベールチーズは、高級品の代名詞となるのだが、それはまだ先の話である。
季節は、春から夏へ移ろうとしている。
北国の初夏は木々の若葉が青々と茂り、日射しが眩しい。
スカンジナ三領のうち、ヒーロー男爵領での新たな農作物の種植えが終り、生育も順調に育っている。秋の収穫が楽しみだ。
ノルエー領の石炭と鉄鉱の鉱山開発も順調で秋には本格的な採掘が始められるようだ。
加えて、茸ともやしの栽培は既に一部の出荷が始まっている。
フィンレー男爵領の酪農は《ルイーズ農場》が王都の物産展を成功を収めたことで、領内の農業者達に酪農への転換を促進させたようで、ハーベスト領から、牛の購入が相次いでいる。
乳牛ばかりでなく、肉牛もやる人が出て来たようで、今後の発展が期待できる。
そんな中、スカンジナ三領での役割を終えた俺達は、ハーベスト領に帰ることにした。
オスロの駅には俺達を見送る人々で溢れた。
「コウジ卿、なんとお礼を申しせばいいのか、ウルト共々、このご恩は生涯忘れませんぞ。」
「コウジ卿、私も同様にございます。コウジ卿が見つけてくださった鉱山で、いずれハーベスト領に恩返しさせていただきます。」
「ルイーズが大変お世話になって、その上に、酪農を根付かせるためのご尽力いただき、深く感謝致しますぞ。」
「コウジ教官、秋には収穫できた作物を送りますから、、。」ウルトが涙ぐんでる。
「教官、教官と過ごした日々は僕の宝物です。ロッドさんも、ほんとうにありがとう。」
「レイネ奥様、アイリスちゃん、いろいろありがとうございました。美味しいチーズができたら送りますね。」
「コウジ先生、俺達、先生からいただいた作物を何倍にも増やして、ここだけじゃなく王国中の食糧難を無くしてみせます。」
「若奥様、教えてくださったクッキー作り。
領内の若い人に伝えて、ここの伝統の菓子にしますね。」
「コウジ先生よぅ、椎茸がホダ木の種類によって味も実も変わるなんて、超っ面白いぜっ。
おらぁいろんなこと試して、先生が驚くようなキノコを育ててみせるぜっ。」
「コウジ先生、ここでは忙しくて大変でしたけど、帰ったら子づくり頑張ってくださいね。」
「若奥様、赤ちゃんができたら、お知らせくださいね。栄養たっぷりの粉ミルクを送りますからね。」
「コウジ先生よぉ、なめ茸とかオクラとか、ヌメリのあるもんがあれに効くだ。
いっぱい食べて、がんばってくんろっ。」
なんか最後の方は、お礼の言葉じゃなくて、俺達へのエールになってるみたいだが、レイネは真っ赤になって、うつ向いてしまうし、アイリスは吹き出しそうになってる。
この騒ぎで、列車の発車時刻を遅れさせてしまったが、それだけでは済まなかった。
列車が駅を出ると、沿線には見送ってくれる人々が多勢いたのだ。
皆、汽車に向かって、手を振っている。
そんな人々が、列車の両側にいるので、俺とレイネは左右の窓に別れて手を振って応えたが人影がまばらになっても、遠くにポツンといる人も、この汽車に向かって手を振っていた。
それは、スカンジナ地方を出るまで続いた。
「ああ、終わってしまったわね。なんか寂しいわ。」
「皆さん良い方ばかりでしたね。とても親切にしていただきました。」
「口は悪いけど、気っ風の良い人達でしたね。
酒好きなのは、弱りましたけど。」
「人はね、こちらから好意を示せば無碍にする人はいないのさ。困っている人なら、尚さらだよ。」
「今回、スカンジナ地方の人達の力になれて良かったわね。皆で頑張ったかいがあったわ。」
わずか、2ヶ月程の間だったが、俺達の心に残る旅だった。
北国の生活は、厳しい。だけど創意と工夫で豊かな暮らしを目指してほしい。
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