第28話 ウインランド王国の北国の生活
ウィンランド王国の北、旧帝国領のヒーロー男爵家の農業学校生ウルトから手紙が届いた。
寒冷な気候の影響で、今年も小麦の生育状況がかなり良くないそうだ。
幸いにもライ麦は、生産量が伸びているので小麦の不足分を補うことができているそうだが旧帝国領の北部地方一帯は、全体的な食料不足が深刻なようである。
食料不足が原因で、帝国が戦争を起こしたことを考えれば、この問題は捨ててはおけない。
俺はウルト達の努力を支援すべく、ヒーロー男爵領へ赴くことにした。
でだ、嫁のレイネが留守番を納得してくれない結果、同行となったが周囲の目が生温かい。
観光旅行じゃないが、新婚旅行みたいに見られているようだ。
義母のシモーネは、「お土産はいらないから楽しんできてね。」と言うし、侍女達も「旅行中にお子様ができるかも知れませんね。」
なんて言ってる。
レイネは杜のくまさん鉄道での長時間の旅も「たくさんの駅弁を食べられるわ。」と、楽しみにしている。
護衛は必要ないと言ったけれど、二人だけの旅は、あまりにも物騒だと否認され、ロッドと侍女のアイリスが同行することになった。
アイリスは俺達の結婚後に、レイネの専属となった侍女で、レイネより1才年下のお茶目な女の娘だ。ロッドより1才年上になるからか、お姉ちゃん風を吹かして、ロッドをいじくっているのが笑える。
杜のくまさん鉄道で王都まで7時間の旅だ。
王都で一泊し、くまさん鉄道の北上線に乗り換えて、それから11時間の旅になる。
ブルータスの駅を出て3時間、アップダウの駅に着く。
ここは、王都の中央平野と、ブルータスなどの東部草原地域を区切る、山岳地帯の街だ。
名物の駅弁〘峠の麦飯弁当〙で昼食にする。
「若奥様この駅弁、超有名で麦をパンにせず、そのままの粒で食べるお弁当だそうですよ。
すごく美味しいよって、荷馬車隊の人達から聞きましたわっ、わっ、わっ。」
「アイリス、落ち着きなさい。お弁当でそんなに騒いでは、田舎者よ。」
「はい、すみません。ここの駅弁を食べる機会が訪れるなんて、夢にも思わなかったものですから、つい。」
「姉上、アイリスちゃんは仲間の侍女さん達にする自慢話ができたのが、嬉しいんだよ。」
「ロッド君、年上の私にちゃん付けはだめよ。
アイリスさんて呼びなさい。」
「えぇ〜、1才しか違わないし、見た目は年下なんだもん。」
「お前達、食べないのか?それなら俺とレイネで食べちゃうぞっ。」
「「わわわぁ、食べますっ。食べるよっ。」」
王都に着いたのは夕方だ。長時間座っていたので、身体がだるい。
予約した宿まで、王都を散策しながら歩く。
通りには洒落た洋服屋やレストランや食料品店が目立つ。レイネが覗きたそうにしているが帰りに買い物をさせる約束だから、今回はパスだよ。
宿は繁華街の外れにあった。玄関を入ると、
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でしょうか?」と、年配の女性が尋ねてくる。
アイリスが受付に行き、
「予約したハーベスト伯爵の子息夫妻です。」と伝えると、受付嬢が大声で叫んだ。
「護国卿ご夫妻がお着きになられましたっ。」
それからを聞いて、慌てた従業員達が飛び出してきて、積み木のように整列をして揃って、お辞儀してくれたのが笑えた。
「大袈裟にしないでくれよ、私用の旅なんだから。」
と、俺が笑いながら言うと、
「いいえ、私どもは鉄道を初め数々の先進技術を開発なさっているコウジ卿閣下に、お会いできることをとても光栄に思っていたんです。」
「それは、こちらこそ光栄だね。一晩お世話になるのでよろしく頼む。」
「はい、それではお部屋へご案内致します。
皆様、こちらへどうぞ。」
勢揃いした宿の従業員達から、ヒソヒソ話が聞こえてくる。
『まあ、閣下は若い方と聞いたけど、ほんとうにお若いのね。』
『お優しそうな方ね。奥様と腕を組んだりしてラブラブねっ。』
レイネがひっついて、離れないんだよ。恥ずかしさに俯きながら、案内された部屋は一番奥の最高級の部屋だった。
翌朝早く北上線の列車に乗り込み、ヒーロー男爵領に向けて出発した。
「王都の駅弁はフルーツサンドなのね。イチゴやオレンジが入っているわ。」
「朝食をセーブ致しましたから、今日は駅弁を5食は食べられますわっ。」
そんなことを言っているが、女性陣は朝食をいっぱい食べたはずなのに、駅弁を買込みまた食べているよ。お腹壊さなきゃいいけど。
5時間かかって、ホーレーン侯爵領(旧ホーレーン辺境伯領)の街、モスクに着いた。
「家々の屋根が、なんだか尖っているわね。」
「若奥様、あの屋根に立っている柱は、なんでしょうね?」
「ここは、雪が多く降るからね。屋根に積もる雪が落ちるように急勾配になっているんだよ。
屋根に立っている柱は煙突だね。室内の暖炉から出る煙を外へ逃しているんだ。」
「へぇー兄上、寒い地域はずいぶん暮しが違うのですね。」
それからさらに6時間、列車は走り続ける。
窓からの見える景色は寒々とした針葉樹の森で、北国での暮らしの厳しさを予感させた。
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【 ヒーロー男爵領 ウルト side 】
僕がここ、旧帝国領スカンジナの〘オスロ〙村にやって来て、2年の月日が経ちました。
父が男爵に叙せられ、ここヒーロー男爵領を拝領したからです。
ここは僕の生まれ育った土地から、遥か北にあり、馬車で一ヶ月もの旅で辿り着きました。
周囲を山に囲まれた盆地のため、夏冬の寒暖の差が大きく、夏の最高気温は20度に対し、冬の最低気温はマイナス30度にもなります。
マイナス20度以下にもなると息を吸う度に鼻の中で鼻毛が氷つき、鼻の中が引っ張られるのです。息を吐くと融け、呼吸の度にこれを繰り返すんです。
そんなですから、北国を知らない人達に言うジョークがあるんです。
『冬に外で小便をする時は、男性はトンカチ、女性は釘抜きを持って行くんだよ。』
この話、ジョークに思われずに困ります。
積雪量は2mを超え、場所によっては3mにもなり家々の屋根より高く積もるため、大半の家は一階の床を高床にしていますが、時には、二階から出入りしたりすることもあります。
屋根は積雪で潰されないよう急勾配に造られ中央から傾斜の向きが別れる、シンプルな切妻屋根がほとんどです。
屋根の頭頂部には、レンガの煙突が一本。
そんな家々が見られる北国です。
そんな北国の家には、煉瓦造の暖炉があり、薪で暖を取ります。暖炉の上は炊事場のコンロとしても活躍します。
窓は熱を室外に逃さないために、小さな窓になっています。室内の温度を逃がさなぬよう、開口部をできるだけ小さくしているのです。
玄関は二重扉が取付けられ内側に開けます。
雪が積もる外側には、開けることができないからです。
僕達がやって来た季節は春です。前年の秋に戦争が終ってすぐに叙爵され、十分な準備も整わないまま、慌ただしい中での移住でした。
ここは領都でもなかったため、領主館の建物などありませんでした。僕達の住家は空き家に分散し、さっそく畑の開墾を行いライ麦のほか小麦や大根などの野菜も植えました。
村の近く川が流れていて、その川から水を引き開墾地を広げました。
主要作物はライ麦と聞いていたので、以前の土地と同じであり、他の農作物も同じようなのかなと思っていたら大違いでした。
持参した野菜の種の半分は育たないのです。それがわかっただけの一年目でした。
秋には育たなかった作物もあって、がっかりしたのですが、周囲の森では数種類の茸の収穫ができて、僕達の食卓を賑わしてくれました。
このうち、
この
森では、山ぶどうやクルミ、松の実などの木の実も採れました。
これらを採取しながら、冬籠りの準備のための薪集めを行なったのです。
僕達が一番苦慮したことは、冬な寒さを凌ぐ衣服でした。土地の人々は毛皮の外套を着ていますが、その毛皮の材料の魔物や獣が多くないオスロ村の周辺での狩りは困難を極めました。
なかなか獲物が見つからない上に、例えば、熊を見つけても、獰猛な熊を倒すのは容易ではありません。
槍を何本も突き立てて、やっと倒すのですがそれまでに何人も怪我を負うことも少なくありませんでした。
そんな苦労をして、手に入れた毛皮の外套は数が揃わず、家の中では何枚も重ね着をして、外へ出る時だけ着回すのがやっとでした。
そんな僕達に朗報が届いたのは、二年目の秋でした。
『杜のくまさん鉄道』がここ、オスロ村まで、開通したのです。
おかげで、王都からは冬用の衣服が、王国各地からは食料や生活用品が、安価で手に入るようになり僕達の生活は飛躍的に向上しました。
そして僕は、翌春に『ハーベスト農業学校』への留学が決まりました。
帝国の大軍を破って王国を救い、僕達の村にまで鉄道を通して王国の発展を牽引する地に、僕は赴いたのです。
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