第27話 俺とレイネの結婚式の風景

 コウジさんに、山のお家に誘われて、ここを引き払うと聞いたときは、ただ、孤児院に住むのだとばかり思いました。


 そのあと、どこに住むか相談したいと言われなんのことかさっぱりわかりませんでしたが、その後に続いた言葉に私は、気絶しそうになりました。


「 長いこと待たせたね。俺を好きなら、結婚してください。」


 ああ、ずっと信じて、ずっと待ってた。

〘言葉〙です。涙が自然に溢れてきて、でも、幸せを噛みしめていました。


「それで、どこに住もうか?」と言ったのは、コウジさんの照れ隠しだとわかっていました。  

 けれど、もう少しこの感激に浸っていたかったので、叱っちゃいました。


 なんか、かかあ天下みたいで、恥ずかしかったのですが、私の人生で最高に幸せな瞬間を、すぐ終わらせるなんて、許せませんでした。



 父と母に伝えたときには、めったになく緊張しているコウジさんを見て、ああ、私とのことを真剣に考えてくれているのだと、嬉しく思いました。


 父も母も、ようやく結婚かとばかりに、婚約者が結婚するのは当然だとか、早く、孫の顔が見たいわとか、全然、感動してくれているようには見えませんでした。


 でも、部屋へ帰ると、侍女たちが感激してくれて、お嬢様が若奥様に代わるのねとか、お生まれになるお子様の乳母は、私にお任せくださいとか、ウエディングドレスをすぐにも作らせなければとか、まるでお祭り騒ぎのようになりました。 



【 ハーベスト伯爵 side 】


 コウジ殿がこの地に現れてから、5年の月日が経つ。

 娘の窮地を救ってくれただけでなく、元凶の公爵を葬り去り、孤児院を助け、見る間に立派な建物に変えて、パン工房や畑を作り上げて、地震災害の先頭に立って、救助や復興を行い、そして、侵略してきた帝国軍をこのハーベスト領民だけの力で退け、王国に鉄道と紙幣など、数えきれない恩恵をもたらし、儂はいつの間にか、男爵から子爵、子爵から伯爵に押し上げられてしまった。

 実態としては、コウジ殿がハーベスト伯爵領の政策を担っている。 

 儂はただ、彼の政策を実行しているだけだ。


 そして今日、頼れる跡継ぎが現実になった。

 儂は嬉しくて、舞い上がってしまっていたのだろう、婚約者が結婚するのは当然だなどと、我ながら、見当外れなことを言ってしもうた。

 だが、娘のあの幸せそうな笑顔を、儂は生涯忘れないだろう。



【 シモーネ side 】


 娘のレイネが念願叶って、コウジさんと結婚することが決まったわ。相思相愛、これに勝る幸せはないでしょう。

 あの娘は領主の一人娘のために、領民の模範として、幼い頃から我儘を言えずに我慢を強いられて来ました。

 いずれこのハーベスト領の領主になる運命でした。


 私はそんな哀れな娘に、いつか素適な婿となる男性が現れてくれることを、ひたすら願っていました。

 その願いは叶いました。娘の窮地を救ってくれた彼に娘は心を奪われ、その時から想い続けていた恋が実りました。


 母親として、この上ない幸せを噛みしめています。

 これから先、孫ができて、その成長してゆく姿を見られる楽しみを与えてくださった、神様に深く感謝致します。




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 初夏のそよ風が心地よいその日、俺とレイネの結婚式が、正午からブルータスの神殿で執り行われた。

 俺の親族側には、ロッド、ナターシャ、カルロ、ボッシュ、孤児院のシスターと子供達が、並んだ。

 レイネの親族側には、ハーベスト伯爵夫妻、ポーカー、侍従長、レイネの乳母と侍女達が並んでいる。


『今ここに神の導きにより、コウジとレイネの二人が夫妻となり、どんな時も助け合い、生涯を共にすることを誓いその言葉を述べます。』


「私、コウジはレイネを妻とし、健康な時も、病める時も愛し守ることを誓います。」


「私、レイネはコウジを夫とし、敬愛し愛しみそして生涯添い遂げることを誓います。」


 こうして、俺達は晴れて夫妻となった。

 神殿の外には、俺達を祝福しようと、多くの領民達が詰めかけ、手に手に花びらを撒いて、まるで花吹雪の中にいるようだった。

 孤児院の鼓笛隊を先頭に、領主館までパレードになったが沿道には、人々が立ち並び皆手を振って、俺達を祝福してくれた。


 その夜、領主館の大広間では、結婚披露宴が開かれていた。

 招待されて集まったのは、結婚式に出席した親族一同の他、ハーベスト領の街や村の代官達商業ギルドの役員達、鍛冶ギルドの役員達。

 ブルータスの街の婦人会や役員達、そして、王家からの使者リーリッシュ公爵だった。


 乾杯は、その使者の言葉で始まった。


「本日は、ハーベスト伯爵家にとっても王国にとっても、誠にお目出たい日であります。

 新夫のコウジ卿は護国卿として、ハーベスト領ばかりでなく、王国に豊かさと平和をもたらしておられます。


 先頃は農業学校において、次代の領主となる者達に素晴らしい知識と技術を授け、彼らからも崇拝されております。

 アレク国王陛下も高く評価され、今後も期待しているとの言葉を伝えるよう預かって参りました。


 新妻のレイネ嬢は、王国でも指折りの才女と評判の美女であります。

 数多の者が妻にと、密かに思っていたことは周知の事実ですが、常にコウジ卿の傍らに寄り添い、誰もが今日の日を迎えるであろうことを踏まえて、控えていたに過ぎません。


 お二人は、私の目から見てもお似合いこの上ないご夫婦と思います。

 どうか、お二人の幸せを王国にも分けてくださるようお願いして、乾杯をさせていただきます。《乾杯っ。》」


 『『『『『かんぱいっ。』』』』』



 長い挨拶に孤児院の子供達がよく耐えたなあと、思っていると子供達の劇が始まった。


『私はレイネ、いつかコウジさんの妻になります。』


『俺はコウジ、料理もできるし、洗濯も掃除もできるから、嫁要らずな男です。』


〘あははははっ〙観客の皆の笑い声が響く。


【 ある日、皆で出掛けたときのこと。

 レイネお姉さんがコウジ兄ちゃんにピッタリくっついて歩いていました。】


『それって、なにしてるの?』

 〘クスッ、クスクスッ、〙笑いが漏れる。


【 ある夏の日、皆で海水浴にいきました。

 水着姿のレイネお姉さんに、見惚れていた

コウジ兄ちゃんでした。】


『レイネ大人になったな、見とれちゃうよ。』


『コウジさん、ど · こ · 見 · て · る · のかな?』


〘 真っ赤になって、目をそらしてごまかす、コウジ兄ちゃんでした。〙

 〘ワッ、ハッ、ハッ、ハッ。〙


 おいおい、どこまで観察するどいんだよっ。

 レイネも笑いをこらえてる。俺は赤面だっ。


『レイネ、俺のことが好きなら、結婚してくれますか?』


『ええ、嬉しいわ。でもプロポーズのすぐあとに別な話しをしないでね。』


 観客は皆んな揃って、大爆笑っ。レイネ役のラナが上手過ぎるよ。

 孤児院の子供達は劇のあと、歌もうたってくれた。夏祭りの時の〘盆踊り〙の歌だ。

 どこか、郷愁を誘うその調べに、俺は胸が熱くなった。


 俺とレイネの席にはひっきりなしに、お祝いの挨拶に訪れる人で、切れ間がない。

 披露宴は、他領の貴族を招待すると、国中の貴族が集まりそうで、領内の内輪にしたのだが王家の使者だけは断われなかったんだよね。


 挨拶のトップバッターは、王家からの使者〘リーリッシュ公爵〙だ。


「コウジ卿、それにレイネ嬢、誠におめでとうございます。

 今やハーベスト領が、この国を牽引していることは揺るぎのない事実です。その中心にいるお二人が夫婦になる。これは、王国にとっての慶事でございますよ。

 アレク国王陛下は、ご自分で出席なさりたいと、駄々をこねましてな。周りの者が止めるのに一苦労でしたぞ。ハッハッハ。」 


「公爵、私達のために、遠路をお越しいただきありがとうございました。」


「なんの、鉄道の旅を堪能できて、楽しかったわい。少々駅弁を食べ過ぎたがな。ハハハ。」



「若旦那、結婚おめでとうごぜぇやす。お嬢もこれで晴れて、若奥様にお成りで、儂らもお嬢が行き遅れになるんじゃねぇかと、ハラハラしてたんで、ほっとしやしたぜっ。」


「ボッシュさん酷いですっ。行き遅れだなんてまだ二十歳はたちですわっ。」


「はははっ、レイネ、ボッシュは心配してくれてたんだよ。俺が結婚の年齢にこだわったのが悪かったんだよ。」



「コウジ様、レイネ様、ご結婚おめでとうございます。ご結婚を記念して、特選ウィスキーの樽を仕込みました。10年後、20年後、その味を見てやってください。」


「カルロ、ありがとう。年をとったら、二人でそのウィスキーを飲ませてもらうよ。」



「コウジさん、レイネちゃん、おめでとう。 

 これ、孤児院の皆がね、二人からいろいろしてもらったことの中で、一番嬉しかったことを書いた寄せ書きよ。二人の結婚のお祝いなの。 

 あとで読んでね。」


「ナターシャさん、ありがとう。皆には劇や歌とても嬉しかったと伝えてね。」


「そう、とても良かったわ。ラナちゃんが可愛かったし。皆んなも素敵だったわ。」


 披露宴に出席してくれた皆からは、お祝いの言葉とお金では買えない素適な贈り物をいただいた。

 ボッシュ達鍛冶ギルドからは、結婚指輪と、新居で使う鍋やフライパン。

 カルロ達商業ギルドからは、同じく新居で使う食器。各街や村の代官達からは、各々自慢の特産品に育てた品。

 お茶や紅茶に、漬物、干し果物、陶芸品、木彫りの置物、チーズ、バター、etc。

 中には、真っ白な毛皮のマフラーなんていう物もあった。



 披露宴もお開きとなり、俺とレイネは新居である伯爵邸の離れに戻った。 

 今夜からここが俺達の家だ。

 まずは、リビングでくつろぐ。レイネが紅茶を入れてくれた。


「レイネ、知っておいてほしいとがある。

 レイネと出会う前の俺のことだ。


 俺はこの世界とは違う世界に生まれ育った。そして、突然この世界へやって来た。

 なぜかは、俺にもわからない。


 俺には、元の世界の知識や常識があるから、この世界に無いものを造ったり、きみとの結婚を躊躇したりするところがある。

 そのことを知っておいてほしい。」


「ええ、なんとなく気付いていたわ。だって、誰も考えつかない物や、知らない知識を持っているんですもの。

 でも、私が好きになったのは、コウジさんの優しさや弱い者を守ろうとする勇気なのよ。

 あなたという人は、私にとって、かけがえのない人よ。ずっと側に居てね。」


「ああ、俺はこの世界で俺の居場所を見つけたんだ。周りの皆と人々が幸せに暮らせるようにそのために生きるよ。

 そしてもちろん、レイネと二人で幸せになることを目指してね。」


 

 その夜、二人は結ばれた。

 目が覚めたら、裸のレイネの胸が押しつけられていて、こらえるのに苦労したんだ。


 朝食をハーベスト伯爵夫妻と共にしたのだがなぜか、出されたパンが赤い。

 義母のシモーネ夫人が言うには、以前俺から聞いた〘おめでたい時に赤飯を食べる〙という話を、真似てみたのだそうだ。

 俺は人生で初めて、赤いパンというものを、食べた。



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