第26話 プロポーズはフラッシュモブで。
この世界の結婚適齢期は18才前後である。
成人年齢が16才だから、そうなるらしい。
そしてレイネは婚期を過ぎて20才になった。
俺から見ても淑女の清楚な上品さを漂わせて優しさと可愛さに溢れた女性に成長している。
そして最近、農業学校で王国中の貴族子弟を教育した貢献により昇爵した、ハーベスト伯爵夫妻の俺に向ける視線が熱い。
俺は、この世界にいつまで居られるのかと、そんな不安を抱え続けて来たが、この世界に来て多くの仲間ができ、その仲間と共に幾つもの困難を乗り越えられたことで、ようやく覚悟を決めた。この世界でずっと生きようと。
孤児院の畑の春撒き小麦の作業が終わった頃俺はレイネを丸太小屋の家に誘った。
ここはそろそろ温泉宿を造り、ブルータスの街の人々の憩いの場所として、明け渡してやらなければと考えていた。
ロッドと二人で暮した冒険心が溢れる想い出の場所だが、そのロッドも18才になり、もう俺の庇護を必要としていない。
「レイネ、覚えているかい? 温泉ができた後孤児院の皆と入りに来たね。」
「ええ、あの時は温泉から出たら、コウジさんが冷えたスイカをご馳走してくれて、とても、美味しかったわ。」
「ここも、そろそろ引越しなんだよ。」
「えっ、街に住むってこと?」
「うん。街と言っても孤児院じゃないよ。
あそこはもう、俺の手助けがなくてもやっていけるからね。」
「じゃあどこ?」
「それを今日、相談しようと思ってね。」
「えっ、相談? 私に?」
「レイネ、長いこと待たせたね。婚約してから2年かな。
今も俺を好きでいてくれるなら、、俺と結婚してくれるかい。」
「 · · · · · 。」
レイネは口を開けたが何も言ってくれない。
だけど目が潤んでいる。そして突然、俺に飛びつくように抱きついてきた。
「待ってたんです。ずっと。待ってたんです。
コウジさんと一緒に生涯を送りたいです。
喜んで結婚しますわっ。」
「それで、住むところなんだけどね。」
「あ〜ん、黙っててっ。今この時が一生で一番幸せな気分なんだから、もう少し、このままでいさせてよっ。」
でも間もなくオカリナの音が聞こえて来た。あれはロッドが吹いている。
続いて、複数のたて笛の音。あれは孤児院の年少組の皆んなだ。
そして、ラッパと太鼓の音が加わり、次第に近づいて来る。
曲は前世の《トトロ》。俺が教えた。
『隣のトットロ、トトロ、トットロ、トトロ、杜の中に〜、不思議な出会い〜。』
レイネは、なにごとかと外へ出る。
音楽とともに行進して来る孤児院の鼓笛隊がレイネの前で止まり最後まで演奏を終えると、
『『『レイネお姉ちゃん!おめでとう!』』』
全員の絶叫がこだました。
レイネはポロポロ涙をこぼしながら、年少組の子供達に抱きつく。
〘ありがとう。〙小さな声がそう聞こえた。
レイネを送りながら、ハーベスト伯爵邸に着くと俺は、両親となる二人に挨拶をする。
「伯爵、レイネお嬢さんに結婚を承諾してもらいました。許可をしてもらえますか。」
「なにを言っとるんじゃ。婚約者が結婚するのは当たり前じゃぞ。いつまで待たせるのかと、気を揉んでおったのじゃぞっ。」
「まあ〜、レイネ良かったわね〜。
早く孫の顔が見たいわっ、がんばってねっ。」
ひとり、伯爵夫人のテンションの上がり方がおかしいが喜んでくれているのは間違いない。
館の皆んなも聞きつけて、口々に『お嬢様、おめでとうございます!』と言ってくれた。
ひとり「若奥様と呼び慣れなければ、ですわ。」と、先走ってる人がいたようだが。
そして話し合いの結果、伯爵邸に離れを増築して住むことになった。
ボッシュに、結婚して住むための館の増築を頼んだら、鍛冶ギルドが総力を上げて、ドリームランドに負けないものにすると、なんだか、意気込みが凄いことになってる。
俺としては、夢のお城より、ごく普通の2DKくらいがいいんだけどな。
俺がレイネと結婚を決意したのを一番初めに話したのは、もちろん、ロッドとナターシャと孤児院の皆んなだ。
夕食後、孤児院の皆に聞いてほしいことがあると言い『レイネにプロポーズ』すること。
そしてその演出に孤児院の皆で『フラッシュモブ』の協力をお願いしたいことを話した。
「まあ〜、ようやくね。レイネちゃん喜ぶわ。
あの娘、コウジさんに嫌われないようにと、ダイエットしてたのよ。でもこれでお腹いっぱい食べられるわね。うふふ。」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんがキスして、コウノ鳥さんが赤ちゃんを運んで来るのよね。」
「違うよ、コウノ鳥さんじゃなくて、天使さんが抱いて運んで来るんだよ。」
「ほらほらコウジ兄ちゃんが困っているわよ。
赤ちゃんはもっとずっと先のことよ。
それより、今日から曲の練習を始めるわよ。
年少組は縦笛よ、年長組には太鼓とラッパに別れてもらうわ。」
これは、コウジとロッドが孤児院を帰ってからのお話です。年長組の女の子の部屋では、皆が集まってなにやら相談してます。
「ねぇねぇ、コウジお兄ちゃん達の結婚に私達でお祝いしてあげない?」
「そうよね、お兄ちゃんにはとってもよくしてもらっているから、なにがいいかしら、お金がかかることは喜んでくれないしね。」
「歌とか踊りとか、絵やお手紙かしら?」
「ありふれてる、もっと驚かせなきゃだめ。」
「ねぇ、私達は女の子だから、レイネお姉ちゃんに喜んでもらえることにしない?」
「いいと思うけど、なにをするの?」
「劇をするの。お兄ちゃんとお姉ちゃんのことを、私達が知ってることを物語りにして。」
「それいいと思う。お兄ちゃんがレイネお姉ちゃんの水着姿に見とれたとか。」
「キャー、お兄ちゃんひっくり返っちゃうかもっ。」
「それって、お祝いになるのかしら?」
「いいのよ、レイネお姉ちゃんが喜ぶなら。」
どうも、俺にとっては災難の予感がする結論に落ち着いたようである。
その頃、年長組の男の子の部屋でも、
「コウジ兄ちゃんには、俺達凄く世話になっているからな。なにかお礼にお祝いしたいな。」
「《モーターグライダー》とか、もらっちまったからなあ、あれ以上のものはないよな。」
「コウジ兄ちゃんは、いつも人の気持ちを考えるんだ。お金や物の価値じゃない、ほんとうに役立つことや嬉しいと思うことを選ぶよ。」
「兄ちゃんと一緒にいると、話してるだけで、勇気が湧いてくるんだ。一人一人に良いところがあって、皆んなの良いところを出しあって行くことが、僕達のやるべきことだって。」
「そうだね、兄ちゃん皆を可愛いがってくれるけど、一人一人違うよね。なんというか、お前はお前にしかできないことがあるみたいな。」
「兄ちゃんが喜んでくれることってなんだろ。
僕達が嬉しそうにしている時、兄ちゃんも、とても嬉しそうだったよ。」
「兄ちゃんは、周りの人が幸せなら、嬉しいのさ。」
「そんな兄ちゃんに喜んでもらえるのは、皆が兄ちゃんにしてもらったことの中で、一番嬉しかったことを兄ちゃんに教えてあげて、感謝することだよ。」
「それだっ。それを紙に皆で書いて贈ろう。
女の子達も年少組もね。」
彼らのお祝いは、どうやら《寄せ書き》に決まったようだ。それを見てレイネが笑い転げたのは、このとき知るよしもない。
ナターシャは、ひとり物思いに耽っていた。
ある日、突然に現れて、ナターシャの苦境を鮮やかに救ってくれたひと。
きっと神がお遣しになったのだと、今もそう信じている。
彼のおかげで、孤児院の子供達は満ちたりた食事と衣服、暖かな部屋とお風呂まである生活を手に入れた。
それより何より、子供達に高度な教育を施して、この孤児院を巣立ったとき、それがどんなに役に立つことか。
子供達は彼の影響を色濃く受けて、自立心が強く、他人を思いやる優しさを持った子供達に育っています。
私はもう、何も望むものはないほど。
ただ心配はしてないけど、彼にも幸せな人生を過ごしてほしいと思っています。
そして今日、夕食後に話があると言った彼はレイネちゃんにプロポーズして結婚をすると、皆に打ち明けてくれました。
私は嬉しくて嬉しくて。涙が止まらなった。
これでようやく彼も、自分の人生を歩んでくれるわ。
でも、いつの間にか弟のように思えて、私にとって唯一甘えられる存在が、遠く離れて行くようで、さみしい。
私がしてあげられることは、なにかしら。
そう思っていたら、彼からこう言われた。
「ナターシャ姉さん、結婚式には、ロッドと共に、俺の家族として出てくださいね。
姉さんのことは、一生俺が守りますから。」
あらあら、それはお嫁さんに言う言葉よね。
しっかりしているようで、どこか抜けている弟だわ。うふふ。
そうね弟だもの。結婚しても弟だわ。
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