第四章 俺の異世界での居場所は、ここにある。
第25話 孤児院の卒業生達とロッドの誓い。
この世界に来て、早いもので5年が過ぎた。
孤児院の年長組のシンジ、ジミーの2人は、もう18才になり、この春、卒院を迎える。
この世界では、16才で成人を迎えるのだが18才までの2年間で独立の準備をするようにと俺が決めた。
シンジは、機械いじりが大好きな子で、本人は《モーターグライダー》を使った郵便や運送業を夢見ているが、俺が時期尚早と禁じたので、自転車の販売·修理店をジミーと二人で始めることになった。
店舗は、孤児院のすぐ近くで、心配性のシスター·ナターシャが手配した。いつでも様子が見られるところに、居させるためだ。
俺は、サイズの異なる自転車を、完成品で100台分(半分は修理の部品用)をボッシュから購入して、独立祝いとして用意した。
今まで自転車の専門店がなかったし、鍛冶師のボッシュには製造に専念してもらい、販売と修理は、シンジ達に任せてくれるそうだ。
以前、ハーベスト子爵達に贈った自転車は、ブルータスの住民達に広まって、主要な道路がコンクリート舗装された影響もあり、近頃では一家に1台の必需品に成りつつある。
だって歩く速さの4〜5倍だし、子供も荷物を運べる。
自転車は、左側通行の車道の左端を走るんだけど、下手をすると荷馬車をスイスイ追い越して行く。
だから、歩道は危なくて走らせないんだ。
歩道と車道を分ける縁石とか、左側通行とかセンターラインとか、ブルータスの街が異世界発祥の地になったかも。
シンジ達が二人で暮らすとは言え、孤児院を出ると家事一切を自分でしなければならない。
二人とも料理は好んで覚えた方だし、洗濯や掃除も、孤児院では自分達でやらせていたので心配はない。
当面収入が安定するまで、孤児院の畑を手伝うということで、パンと野菜は孤児院から提供される。これは心配性のナターシャの配慮だ。
二人の独立にあたり、一番揉めたのは店の名前だった。
二人が孤児達に決めてくれと丸投げしたものだから、張りきった孤児達から名前が百出で、なかなかまとまらなかったのだ。
「僕は《みなしご自転車工房》が、いいと思う。」
「だめだよ、孤児院から独立するんだものっ。《みなしご》は、孤児院のイメージだよ。」
「《山猫自転車工房》は?」
「山猫のミクの店じゃないだろっ。」
「《シンジとジミーの自転車工房》でいいんじゃね?」
「二人がいつか独立したら、どうすんのさ。」
「《聖ナターシャ自転車商会》という名前は、どうかしら。」
「そうね、自転車を造ってるのはボッシュさんだし、工房より商会が相応しいと思うわ。
けど、シスターの名前を使うのは他の卒院生が自転車店やる時に困るじゃない。」
「それじゃ《なかよし自転車商会》とかは。」
「なんで《なかよし》なんだよ。意味不明。」
「シンジ兄ちゃん達が自分で考えればいいのにっ。二人が好きな言葉とかあるじゃん。」
「せっかく、僕達に任せてくれたのに、それはないだろ。」
「じゃ、こうしよう。来週までに皆んなで一つずつ名前を考えることにして、その中から選ぶことにしよう。」
「そうね、このままじゃ、決まらないわね。
そうしましょう。」
そして、一週間後。
「名前の後ろに自転車商会を付けるのは、決定として、前に付ける名前だけ発表するよ。
【ハーベスト、ブルータス、杜の、街の、麦畑の、かぼちゃ畑の、夢の、夢じゃない、ドリーム、おとぎの国の、メルヘンチックな、ときめき、コオロギの、ウサギの、猫の、お姫様の、大空、青空、道くさ、そよ風の、のんびり、銀輪、シルバー、レッドハンドル、イエローモンキー。】
極めつけは、〘名もない自転車商会〙だな。さて、自分の考えた名前以外に、投票してもらう。配った紙に一つだけ選んで書いてくれ。」
決まった名前は、〘そよ風の自転車商会〙。
ナターシャが「とても素適な名前だわっ。」と喜んでいたから、無難なところかな。
そして彼らの卒院と同時に、年少組の三人が年長組に移る。
時の流れは、いつまでも、子供でいることを許してくれないのだ。
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【 ロッドside 】
僕がコウジ兄ちゃんと暮らすようになって、5年の月日が流れた。
両親と弟妹を失い、必死で開いた露店の品物を奪った無法な悪辣騎士に、物をぶつけたら、追われて、逃げているところを助けてくれた。
それから、二人で共通の敵ブログリュー公爵に復讐したんだ。痛快だったな。
そして、ここブルータスの街外れに丸太小屋を建てて住んだ。
初めは大変だった。丸太を切り出してコロを使って運んだ。一日に3本の丸太を切り出すのが精いっぱいで、何日も掛かった。
丸太で壁を造って、屋根をつけるまでの2ヶ月は、野宿だったし。
でも、兄ちゃんは根気よく、僕が辛くならないように話したり遊んだり、苦労したけど本当に楽しい毎日だった。
この街に来て、兄ちゃんが偶然保護した子が孤児院の子で、孤児院が困っていることを知った兄ちゃんは、孤児院の土地を不当に取り上げようとする悪徳商会をやっつけ、孤児院の経営も立て直した。
その縁で、孤児院に親しく出入りするようになったけど、初めて連れて行かれた時は、僕もここに入れられるのかと不安になったんだ。
けれど兄ちゃんは、皆に僕を弟だと紹介してくれて、そんな不安を打ち消してくれた。
コウジ兄ちゃんは、次々と周りの困っている人達を助け、皆んなを幸せにするために努力を惜しまなかった。
そしていつも傍らに僕を置いて、その生き方を教えるように、たくさんの話しをしてくれながら、僕を育ててくれたんだ。
農業学校ができた時に、僕は兄ちゃんから、レイネ姉ちゃんの助手をするように言われた。
コウジ兄ちゃんは、校長。レイネ姉ちゃんは試験官。皆の前では、ちゃん付け禁止。兄上、姉上と呼ぶように言われた。
レイネ姉ちゃんに、孤児院の呼び方でレイネ姉ちゃん呼びしているけど、他領の貴族子弟の前では、まずいのではないかと言うと、
「いいのよ、コウジさんの妻になる私だから、貴方の義理の姉なのよ。」そう言って、断固として、姉呼びを強要されてしまった。
農業学校が始まると午前中の講義はもちろん午後の実習や視察にも、レイネ姉上が行くものだから、僕も必然的に付いていくことになる。
ただ実習や視察は、レイネ姉上の代わりとかで、僕に体験させるのだ。
まるで、生徒と同じ扱いなのは、なぜだ。
おかげで生徒の皆さんとは、打ち解けて話せるようになった。
「よう、弟くん。昨日の金鉱視察はきつかったなあ。俺はあんなに身体を使ったのは、生まれて初めてかも知れんよ。」
「ええ、僕も薪割りで鍛えてるつもりでしたが今朝はあちこち筋肉痛ですよ。」
「おはようお二人さん。宿題の《てこの原理を応用するもの》はできたかい?」
「おはようございますリーチさん。僕は生徒じゃないですから、宿題は関係ありませんよ。」
「そうかな、コウジ校長は自分の弟が生徒達に負けないように、同じ待遇で鍛えているって、皆が言ってるぞ。心当りないのか?」
「えっ、そう言えば今まで、皆と違ったことは一度も無いですけど、やばいや宿題やってないですっ。」
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その日の夜、僕は騎士団長のポーカーさんに誘われて、近頃ブルータスの街で評判の居酒屋に来ていた。
彼は、僕のことをロッド坊と呼び、学校が始まる前には、時々騎士団の訓練に参加する僕を親身になって面倒を見てくれた。
「なあ、ロッド坊よ。この居酒屋も代行が料理を教えた店の一つだぜ。
坊なら、孤児院で食べてるかも知れないが、ここのメニューは100を超えるんだぜ。
毎日来ても、食べたことのない料理が食えるんだ。とんでもなく凄いことだぜ。」
「孤児院や兄ちゃんと二人きりの時は、皆さんが食べたことのない料理を食べてはいますが、それほど多くないですよ。
主に子供向けの料理ですから。現に、ここのメニュー表には、僕の知らない料理がいっぱいありますよ。」
「そりゃ良かった。それならロッド坊に喜んで食べてもらえるってもんだ。」
僕は食べたことのない料理を幾つか注文してポーカーさんは、自分の好きな料理を二品追加してお酒を頼んだ。
運ばれて来た料理を食べながら、酒の入ったポーカーさんは、上機嫌で僕に語った。
「コウジ代行に初めて会ったのはよう、レイネお嬢様と二人で街を歩いている時だったなぁ。
で、ちょっと人通りの少ないところへ来ちまってな。そしたら突然10人程の男達に襲われたのさ。
それで俺が、なんとかお嬢様を逃がそうと、必死なところへ加勢してくれたのが、コウジ代行よ。
でな、そりゃ凄い腕前であっという間に5人を倒しちまった。あとの奴らはほうほうの程で逃げて行きやがったよ。
俺は思ったね、神様のお導きだってね。
レイネお嬢様の旦那様には、この方しかいないってね。」
熱く語るポーカーさんの話は尽きることなく帝国との戦争秘話、見たこともない鉄道や漁法の数々、まるで魔法の世界の遊園地のこと。
ポーカーさんは傍らで見続けて来た兄ちゃんへの尊敬と憧れを、いつまでも語り続けた。
僕は不思議だが、兄ちゃんと同じ景色の中にいる情景が想い浮かんだ。そして何か見えた。
兄ちゃんがしてきたことが。兄ちゃんが目指していることが。
そして心に深く強く思った。兄ちゃんが僕に教えたかったこと。
僕も周りにいる皆んなに、そっとしあわせという贈り物をしていこうと。
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