第24話 ハーベスト農業学校 その三
農業学校での生徒達の時間は、午前中の講習と午後からの農作業の実習に費やされる。
一人週一回は、外部への実習が割当られて、いろいろな場所へ体験学習に行かされる。
金鉱山、鉄鉱山、炭焼小屋、茸の栽培小屋、水車小屋、鉄道駅、ドリームランド、流し網漁魚の加工場、商店、食堂、鍛冶ギルド、商業ギルドなど、まるで秘密などないかのようにその仕組みとやり方を視察して体験する。
そして多くのハーベスト領の人と知り合う。
皆、とても親切丁寧に自分達の仕事を教えてくれる。
『なぜそんなにも、詳しく丁寧に教えていただけるのですか?』と問うと。
『俺達はコウジ代行から、今と同じように教えていただいた。
教えて一人でも多くの人ができるようになれば、多くの人の暮しが豊かになるから。
そう言われたよ。』
農業の講習では、農作物と土の適性や肥料の作り方まで、教えていただいた。
僕達は自分の領地から来るときに、各領地の農土を3ヶ所ずつ持参するように指示されていたのだが、持参した土をいろんな薬品で、成分や性質を調べ適した作物がなにか、どんな肥料が必要かなど、帰ったら役立つことこの上ない知識を教えていただいた。
また、作物の連鎖障害ということが発生すること。それを回避するためには三圃式農業などの対策があることなど、驚きの農業知識の連続です。
さらに、農作物の病気と対策など、どこまで知識があるのか、感心するばかりです。
農作業の実習では、間隔を空けた
その夏、春先から好天が続いて、農作物には良好な天候に見えたのだが、雨が降らない日が続き、いわゆる《干ばつ》が起きた。
ハーベスト領の大半は灌漑用水路が整備され干ばつの影響は、軽微な地域が大半であるが、西地区の山間地域ルールナでは、灌漑用水路が未整備で、予想される被害は深刻であった。
「今日は予定を変更して、全員で干ばつの被害が予想される地域を視察に向います。
鉄道で二つ目の駅〘ケーブル〙から馬車に乗換えて、片道の所要時間は約4時間半よ。
もちろん日帰りではありませんし、状況によっては長期間の滞在になるかも知れません。
各自そのつもりで準備して、30分後に集合してください。」
「レイナさん、私達はそこへ行って何をすれば良いのですか?」
「それは現地を見て、あなた達が決めることです。どういう状況か、何が原因か、何をしなくてはならないか、あなた達が決めて、行動してください。」
そうして私達は《ルールナ》へやって来た。
「おい、あの辺りの野菜の葉が萎れてるぜ。」
「うん、灌漑用水路がないからね。雨が降らない限り水不足でこうなるんだね。」
「あっちもだ、このままだと畑の野菜が全滅になるぞ。」
「水だ水が必要なんだ。どうする 、一番近い川はどこにあるんだ?」
「井戸だわ! あそこに井戸があるっ。」
「井戸が何ヵ所かあるみたいだね。でも全部の畑には遠いなあ。」
「ジョウロやバケツじゃ埒が明かないぜっ。」
「用水路を作ってる隙なんてないわ。何かほかの方法じゃないと。」
「あるよ、ゴムホースだ。ボッシュさんの所で見たゴムホースなら井戸から水を引けるよ。」
「よし、急いでボッシュさんに連絡しよう。」
「それはもう、用意ができているわ。あなた達と一緒の馬車で運んできたのよ。」
「えっ、レイナさんは、この状況を知ってたんですか?」
「おおよその報告は聞いていたわ。水源は井戸しかないと。だからゴムホースが必要になると思って用意したの。
皆、馬車からホースを運んでちょうだい。」
「おい、二人ずつ《手押しポンプ》を設置してくれ。30台あるぞ。」
「ホースを繋ぐのは分かっけど、どうやって、水を撒くんだ? 先っぽからだけじゃ、時間が掛ってしようがないぜっ。」
「ホースの途中に穴を開けたらいいのよ。
開け過ぎたら、先まで水が行かなくなるから気をつけてよ。」
「了解っ! おい、10人ぐらい手伝ってくれ。
ホースを持って水を撒きながら、井戸を中心に一周するぞっ。」
広大な畑のあちこちで、夏のカンカン日照りの中を汗まみれになりながら、皆で2ヶ月近く同じ作業を繰り返しました。
この作業には僕達だけでなく、ハーベストの他の地区の農家の人達も多勢駆けつけて来て、ハーベスト領の人達の連帯感の強さを感じた。
おかげで、なんとか、作物の被害は出さずに済んだようです。
秋になり、農作物の収穫間近になって台風に襲われました。
僕達は用水路の氾濫を防ぐため、雨風が強まる中、急遽、川からの水の取り入れ口に土嚢を積んで塞ぎました。
台風が去った翌日は、倒された小麦やライ麦を起す作業に追われました。
そして収穫の時。僕達は7つの班に分かれてそれぞれ違う農作物の収穫を行いました。
「すげぇなぁ! 千歯こきってものすごく速くモミが取れるよ。」
「これは、麦の収穫には必需品ね。収穫作業が何倍も早く終るわ。」
「うわぁ、見て見てっ、この大根の大きいこと 私の足より太いわっ。」
「きみの足も十分太いよっ。だって僕の掘った大根より太いものっ!」
「まあ失礼しちゃうわねっ。あなた楽をしようとして、小さな大根ばかり選んでなくて。」
「このジャガイモって、こんなにもたくさんになって採れるのね。」
「今夜の晩飯は肉じゃがじゃ。うめぇぞうっ、腹いっぱいになっても、食いてぇっと思っちまう。」
「まあっ困ったわ。また太ってしまう。
でも仕方ないのよ。美味しいものを覚えて、帰る責任があるんですもの。」
「それと食べる量とは、関係ないんじゃね?」
こうして秋の収穫作業も終わり、生徒達は皆、少し丸みをおびた体型が多くなったような気がする。
レイナと女生徒の前では《禁句》だけどね。
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秋撒き小麦の種まきが終り、ハーベスト農業学校は、終了式を迎えることになりました。
予定では、来年の春までの一年間でしたが、生徒の皆さんが、ここで学んだことを少しでも早く自分達の領地で役立てたいとの声が多く、前倒しで終業式をすることにしたのです。
問題は全員がレイナ先生のおメガネにかなったかと、いうことなのだけど。
もしそうでない生徒がいたら、領主を継げなくなるのですから彼らにとっては一大事です。
この終了式の二週間前、レイナ先生は生徒達にあるレポートの提出を命じました。
「このハーベスト農業学校に来て、あなた達は成長しましたか? 少しも成長できていないとしたら、当然、合格とは成りません。
自分のことは、自分自身がいちばん良くわかっているはずです。自分がどんな成長をしたかレポートに書いて提出してください。
書いてあることが、私達講師の目から見ても相違ないと認めた場合に合格としましょう。」
【 ウルトのレポート 】
僕が成長できたのかどうかは、良くわかりません。
ハーベスト領のいろいろな技術や知識を授けていただきましたが、領地に帰ったら僕一人でここで学んだことを伝えられるのか、不安ばかりです。
僕に成長したところがあるとしたら、ものの見かたが180度変ったことかも知れません。
手押しポンプにしても、以前は便利な道具としか見ていませんでしたが、ここでその仕組みを知ると、なぜこの道具が必要とされたのか、いや、必要と考えたその視線の立ち位置は、領民達のことを深く知ろうとしなければ、思い至らないものです。
今まで、いかに自分が、浅いものの見方しかしていなかったかを思い知りました。
僕は領地に帰ったら、領民の友達をたくさん作ろうと思います。
そして、友達の幸せを願う自分でありたいと思います。
【 辺境の男爵家の息子のレポート 】
俺はここに来るまで、領主とは領民を守るための武力こそが、何より大切だと思っていた。
だから俺自身の修練を一生懸命やってきた。
だが、日照りのとき、台風のとき、皆で力を合せて、できる限りのことをして、やり遂げて思った。
皆が気持ちを一つにすることで、いかに多くのことができるのか、それがいかに素晴らしいことなのか。
ハーベストで学んだ知識は、得難いもので、とんでもなく役立つものだと思う。
だがそれ以上に人の心というものの大切さを知ったことが、俺の成長だと思っている。
【 ティアナのレポート 】
私は当初、ハーベスト領の素晴らしい技術と知識に惹かれて、この地へ参りました。
それは思っていた以上の予想を遥かに上回るものではありました。
でも、それを活かして使うというより活かすための考え方が、重要なのだと思ったのです。
ハーベストの道具や農業のノウハウを、供与してもらい使うことは簡単ですが、その後自分達でもっと工夫することや、改善していくべきことに気付くのが大切だと思うのです。
私はここで学び、今まで自分がとても浅はかだったことを知りました。きっとそれは、私の生き方を変えて行くものだと思っています。
「皆さんのレポートを読ませてもらいました。
もし、その内容がハーベストの技術や知識の称賛だけだったとしたら、不合格とせざるを得ないところでしたが、皆さんのレポートには、それ以外に気付いた大切なことを、書かれていました。
ですので、、全員、合格とします。」
『『『 うわぁ〜ぃ。 』』』
『『『 合格だあっ。 』』』
ハーベスト農業学校を終了した生徒達には、一人一人に彼らの顔写真を入れた《レリーフ》を贈った。
ただまあ、この生徒達にはこの先ずっと、
《 先生 》と呼ばれるのかと思うと、高いツケを払ってしまったなと思う俺でした。
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