第23話 ハーベスト農業学校 その二
ウィンランド王国は、帝国との戦争前には、54家の貴族があったが、敗戦の責任を負って36家の貴族が廃爵となり、残りの18家と新たに旧帝国領を領地として、叙爵された27家の併せて45家となっている。
これらの貴族家のうち、世継ぎが未成年の者やいない者を除いた31家の貴族子弟がハーベスト領に、留学に来ることになった。
次期当主は全員が希望者で、加えてその兄弟も希望した者がおり、結果、総勢56名を受け入れることになった。
留学の開始は、来年春から。それまでに寄宿舎と、学校の校舎を建設することにした。
教える教師は、俺とレイネのほか、農機具については鍛冶ギルドのスコップさん。
田畑の耕作や作物の栽培については、小麦農家のビートさん。畑作農家のセロリさん。
その他、商業ギルドから数名を派遣して貰い農産物の需給や流通についての講義をして貰う予定だ。
このほか、入寮生の生活を指導する舎監に、ハーベスト家のメイド長のメリーサさん。
宿舎の食堂職員5名、馬や馬車の管理に2名。
警備は、ハーベストの騎士団から常時4名が常駐することになった。
当然ながら、教師や職員の給与及び経費は、全て王国持ちである。
そして春を迎え56名の生徒がやって来た。
そのうち7名が女性である。俺の側室狙いの留学は徹底的に排除した。
一人娘で次期当主候補である者が5名、他2名は次期当主候補がまだ幼いため、代理として認めた者である。
原則二人部屋(男女各3名の部屋が2室)で入寮生の居室を割振った後、生徒達を集めて、教師、職員を紹介し、ここでの生活について、レクチャーをした。
「生徒の皆さん、まずここでの生活では、挨拶することを身につけてください。
朝は『おはよう』、日中は『こんにちは』、夜は『こんばんは』。
なぜかというと皆さんは、これまで貴族という挨拶される立場でしたがここでは平民です。
皆さんから挨拶しなければ、誰も挨拶をしてくれません。
そしてそれは、皆さんが誰とも会話できないということになります。
食事の時の挨拶は、食前に『いただきます』食べ終わったら『ご馳走さま』。
これは食事を作ってくれた方への感謝の言葉です。
それから皆さんは、今日から誰とでも対等です。特別な場合を除き、様付けは禁止です。
男女年齢を問わず、『さん』を付けて呼んでください。なにか質問はあるかな。」
「はい、ティアナと申します。教師の方には、先生とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「それが敬意の現れからなら、よろしいと思いますよ。ただ呼ばれた方は、慣れない呼ばれ方に戸惑うとは思いますがね。」
「コウジ先生は、レイネ先生をなんとお呼びしているのでしょうか?」
「なにか、質問の意味がわからないのですが、ティアナさんは俺をからかってますか?
それなら、さっそく減点1点ですが。」
「えっ、違いますっ。単なる私の興味でした。
ご、ごめんなさいっ。」
「あなたが皆の前で聞かれると恥ずかしいことは、他人に聞かないようにお願いしますね。」
なんか皆『くすくす』笑っているようだが、なごんだ雰囲気なので良しとしよう。
だけど、レイネまで笑ってるのは、なぜだ?
【 ティアナ視点 】
私の名はティアナ、王都のはるか西にあるラスカル伯爵領から来ました。
嫡男の弟がいるのですが、まだ5才と幼いため、代わりに来たのです。
ハーベスト領は東の果て、私の住む西の果ての領地からは遥かに遠く、滅多に来れるようなところではありません。
私は、近年目覚ましい発展を遂げ、他の領地とは格段の差をつけるハーベスト領という所を自分の目で見たくて、父上に強引に頼み込みました。
『ハーベスト領に、行かせてもらえないなら、お嫁にも行きませんからね、絶対にっ!』
父は困った娘だと思ったに違いありません。
ですが、これまでに我がままを言ったことのない私の、たった一度の我がままなら、叶えてやりたいと王城へ手紙を書いてくれました。
実は私には、どうしてもハーベスト領に来たかった、もう一つの理由があります。
領民達の先頭に立って、25倍もの帝国軍を打ち破った英雄。
大勢の他領からの避難民を助け、それから、国中の民達の暮らしを、豊かなものにしようとしているひと。
私はその人に憧れ、会いたくて会いたくて。
そして今日、ここハーベスト領に来ることができました。
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授業が始まった。午前中は教室での講義だ。
トップバッターは鍛冶ギルドの〘スコップ〙さん、年配の叩き上げの鍛冶職人さんだ。
「自己紹介は済んでるからしねぇ。
さっそくだが、手押しポンプを見たことが、無いやつはいるか?
皆んな見たことはあるようだな。
じゃ、誰かどうやって水を吸い上げるのか、仕組みを説明できるやつはいるか。
なんだ、誰もいねぇのか。おいそこの坊ず、川の水はどうして流れてんだ?」
「え〜と、低い方へ流れるものだからです。」
「おいそこの姉ちゃん、なんで低い方へ流れるんだ?」
「石がさかを転がるように、水も石も低い方へ動く自然の摂理があるからだわ。」
「ふん、摂理ときたか。じゃあ、そこに強い弱いはねぇのか?」
「あります。重いものほど、その力が強くなります。」
「ほう、気がつきやがったか。そうだそこには重さという力が働く。じゃ手押しポンプの中の水は、なんで高い方へ流れるんだ?」
「 · · · · 。」
「なんでぇ、誰も気付かねぇのか。
坂で石を登らせるにゃ、どうすりゃいい?」
「押します。そっか、重さより強い力で押せばいいんだっ。」
「そうだ。手押しポンプの中じゃ、何かが水を押してる。なんだと思う?」
「え〜、見えない何かがあるんですかぁ。」
「そうだ。見えない何かが水を押してる。
気付かねぇかお前ら?『ふ〜』って息を吹きかけたことはねぇのか。」
「そっか空気か、空気が押してるんですね。」
「そうさ。空気や水はどんな形にもなるからな。手押しポンプの筒は二重になってる。
外側の筒にポンプで空気を押し込んでやると内側の出口から水が押し出されるって訳だ。」
「おめぇらも、ちゃんと考えりゃわかるじゃねぇか。これで今日の俺の講義はおしめぇだ。
手押しポンプの仕組み、わかったな?
次は実習で壊れた手押しポンプの修理をやらせるからな。
今日のことをしっかり頭に入れとけよっ。」
ただ教えるのではない。生徒が知ってることを聞き出し、なぜどうしてと質問攻めにする。
そのことで知らないことを調べ、気付くことを習慣づける。それがハーベスト流だ。
【 ウルト·ヒーロー君の日記 】
俺の名はウルト17才。俺の父はヒーロー男爵の弟だが、帝国との戦いで最後まで戦い抜いた武功により男爵家が子爵に昇爵して、そして俺の父は男爵に任じられ、旧帝国領に領地を与えられた。俺はその跡取り。
ハーベスト領に来てからというもの、驚くことばかりだ。まず、パンがやわらかい。
小麦というライ麦とは違う品種だそうだが、ハーベスト領ではかなり普及している。
畑も整然と区画され、用水路が行き渡っている。用水路のあちこちには水車という畑に水を汲み上げるほか、粉を挽くための設備がある。
コウジ護国卿という人物は、その武功から、ごっつい騎士を想像していたのだが、想像とは全く違って、おとなしそうな優しい雰囲気の、気さくな兄貴という感じの人だ。
コウジさんから言われたのは、挨拶をしろということ。
それは領民と同じ目線に立てということだ。
最初の講義は、鍛冶職人のスコップさん。
言葉は荒っぽいが気はいい人だ。
いきなり、皆を質問攻めにし、それは講義の終りまで続いた。
そうか、ここでは教えられるのは単なる知識ではなく、持っている知識を組み立て、自分で考えて気付くということなんだ。
午後からは実習だった。8人の生徒が一人ずつ8ヶ所の異なる作業場へ実習に向かう。
残りの生徒は、全員で農作業の実習だ。
僕はポーカーさんという、なんと騎士団長さんと二人で金鉱へ実習に向った。
金の鉱石の見分け方、実際の採掘、採掘したあとの運搬、そして精錬。
作業を体験することで、その苦労や効率よく働けるように考えることが大切だと、ポーカーさんが話してくれた。
ポーカーさんのような方と知己を得ることもこの学校の目的の一つなのかも知れない。
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