第22話 ハーベスト農業学校 その一

 この国の基幹産業は、やはり農業である。

 主要穀物はライ麦で粉に挽いてパンを焼いて食べるのであるが、小麦で作るよりも焼き上がりが硬くて《カリカリ》している。

 ハーベスト領では、孤児院の畑で小麦や各種野菜を育てたのが領内に広まり、高い農業生産地域になりつつある。


 その日俺は、アレク国王の生誕祭に招かれ、レイネとともに王城へ来ていた。

 国王に、二人で挨拶をしに伺ったのだが。


「おおっ、よくぞ来てくれた。そちらの美しいお嬢さんがその方の婚約者であるな。」


「陛下、お誕生日おめでとうございます。

 一緒に連れて来ましたのは、ハーベスト子爵家の一人娘 レイネでございます。」


「陛下、初めてお目にかかります。

 ハーベスト子爵が娘、レイネと申します。」


「うむ、噂は聞いておるぞ。聡明で慈悲深い娘であるとな。

 ところで、儂からコウジ卿に頼みがある。

 それというのはな。我が国の貴族の次期当主達にハーベスト領を直に見せ、いろいろと学ばせたいと考えたのじゃ。」


「見せるのは一向に構いませんが、その方達に学ぶ気があるのか、それが問題です。

 貴族の地位を振りかざすだけなら、領民達の仕事のじゃまになるだけです。」


「なるほどの。なにか良い知恵はないかの。」


「おそれながら申し上げます。ハーベスト領に学びに来るのならば、それ相当の覚悟をお持ちいただくべきかと。

 たとえば、学ぶ姿勢を見せず、為政者に相応しくないと判断したら、次期当主の座から降りていただくとか。」


「レイネ、それは過激すぎるだろ。

 来たくて来る者ばかりとは限らないだろ。」


「良かろう。ハーベスト領で学び、その姿勢がレイネ嬢のお目がねに適わなかった者は、次期当主になることは認めぬ。

 ただし、この覚悟を持つ希望者のみの参加と致す。これでどうじゃ。」


 思わず《ポカン!》としてしまった。

 判定者は俺じゃなくて、レイネなのか。



 その日夕刻には、国王誕生祭の夜会が、王城の大広間で開かれた。


「これは護国卿、先日は魚貝の加工のご指導をいただきありがたく、礼を申しますぞ。

 おかげで、魚の味噌漬けなどの注文が殺到しサマールの加工場はフル稼働ですわい。」


 そう話し掛けてきたのは、サマール男爵だ。ハーベスト領の隣にあり、海に面している。


「いやはや羨ましいですな。我が領地には海がありませんからな、魚は希少品です。

 ですが、最近はサマール領から干し魚などが安価で入荷し、我が領民も喜んでおります。」


 続いて話しに加わってきたのは、かつて王国最北端〔旧帝国領より南。〕の領主ホーレーン辺境伯だ。

《杜のくまさん鉄道》が、魚の鮮度が落ちないうちに遠方への輸送を可能にした。


「ところで、お隣にいる美しいお嬢さんを紹介していただけないですかな?」 


「辺境伯、彼女はハーベスト子爵家のレイネ嬢です。」


「初めてお目にかかります、ハーベスト子爵家のレイネと申します。」


「おおっ、やはり噂のお嬢さんでしたか。

 誠に噂どうりの美人さんですな。」


 美人の噂はともかく、噂になっているのか?いったいどんな噂なんだろう?


「ははっ、コウジ卿。怪訝そうな顔をしておりますな。

 今をときめくコウジ卿には、娘を嫁がせたいと思う者が大勢おりますが、コウジ卿の傍らにいつも聡明で美しいハーベスト子爵のご令嬢が寄りそっており、他の入る余地はない。

 そう、噂されておりますぞっ。」


「そうですね、レイネ嬢の噂は私も聞いております。お二人が結婚されるまでは、皆静観でしょうが、その後は間違いなく熾烈な側室争いが始まりますな。」


 はあ、なんだそりゃ! 隣で、レイネは顔を真っ赤にして悶えてるし、俺の知らないうちにどんどん外堀が埋められていく。




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 王城の大広間にファンファーレが響き渡り、アレク陛下が入場して、国王の生誕祭の夜会が始まった。


「一同、儂の生誕祝いへの参集、大儀である。 

 今宵は、久しく会えなかった遠方の皆とも、旧交を温めようぞ。」


 宰相の音頭で、乾杯のグラスが掲げられた。 


『『『生誕祭、おめでとうございます。』』』


 しばらく、食事をしながらの歓談が続くと、爵位上位の者から、アレク陛下への挨拶が始まり、祝いの品が献上されている。

 俺の身分は、護国卿ではあるものの、ハーベスト子爵の代行であるから、男爵相当だろうとのんびり構えていると、公爵の挨拶が終わったところで、誰かを待つように列が止まった。


「護国卿の番ですぞ。」誰かが教えてくれたので、慌ててレイネとともに陛下の下に行く。


「陛下、あらためておめでとうございます。

 私は子爵代行ですから、男爵の方々とともに挨拶すべきかと、思っておりましたが。」


「なにを言うておるのか。そちは護国卿ぞっ。 

 王家親族の公爵の次、臣下の侯爵の前の序列となっておる。今後はそう心得よ。」


「はい、承知しました。我がハーベスト領からは、水鳥の羽で作りました掛け布団と言う、就寝の際に身体の上に掛けるものを、祝いの品として献上させていただきます。

 お気に召せば光栄です。」


「なんとっ、ハーベスト領の新しき品か。」


「陛下が気に入ってくだされば、民達にも行き渡るようにしたいと考えております。

 陛下に献上する品は、ここにいるレイネが、手ずから縫い上げたもの。我らの想いをお察しくだされば幸いです。」


「うむ、その方らの新しき品への想い、しかと受け取ったぞ。」


 その後も挨拶の行列が続き、他の者は食事と歓談の時間が続いたが、俺の周りはたいへんなことになっていった。

 次から次と、挨拶に人が押し寄せるのだ。

 やれ鉄道が開通したことで賑わっているだの味噌漬けの魚が絶品だとか、ドリームランドに行って来たのだが、あんなに楽しかったのは、生まれて初めてだとか。


 俺もレイネも、満足に食事をとる暇もない。

 でも仕方ない。皆、嬉しいのだ。俺達になんとか、感謝の気持ちを伝えたいから、一声でも掛けたいとじっと待っている。そんな皆と話さない訳には、いかないだろう。


 挨拶の行列も先程で終わったようだ。陛下が退席の挨拶をされる。


「皆の者、今宵は儂のために大義であった。

 この場で皆に話すことがある。

 承知のとおり、この国は変わりつつある。

 ハーベスト領がこの国を先導しておる。

 これからは、皆の領地の在り方もハーベスト領に習い変えて行かねばならぬ。


 ついては、次代の領主となる者達を育てるために、ハーベスト領に学びに行かせたいと考えておる。

 たが地位に奢り、民を平民と見下すようでは学ぶことなどできぬ。


 そこでだ。ハーベスト領に学びに行く者は、その期間を平民とする。

 また、ハーベスト領において、なんら学びの成果が得られなかったとハーベストの監察官が判定した者は、領主となる資格を剥奪する。


 だが、この就学は希望する者だけに限る。

 領主になることを禁じられるのを恐れるのであれば、希望しなくてもよい。

 ハーベスト領での知恵と知識を学ぶ利益と、従来どおりの領地の在り方のままでおるのと、好きに選ぶがよい。」


 こうして、王国の一大改革が始まった。

果たして、ウインランド王国の貴族達の選択はどういうものになるのであろうか。




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