第16話 閑話 ラナの新生活
私の名はラナ。ハーベスト領の隣のグラント領の北にあるナーキスの村で、父と四人の弟妹達と暮らしていました。
私が12才の誕生日を迎えてまもなく、帝国軍が侵攻して来て、この村にやって来るのも時間の問題と村長から知らされました。
父は帝国軍との戦いに行き、家には、私と弟妹達しかおりません。
私は、すぐ下の弟と妹に、急いで焼きシメたパンと、水を入れた革袋を持たせ、まだ2才の妹を抱き、4才の弟の手を引いて、叔母のいるハーベスト領を目指して旅立ちました。
ハーベスト領までは、大人の足でも5日は掛かります。ましてや、幼子を抱えた私達では、倍以上かかることでしょう。
幼い妹を抱える私よりも、子供には重い荷物を抱えた上の弟と妹は、とても辛かったと思います。
でも、一言も弱音を吐きません。二人には、わかっているのです。
ここで立ち止まれば、私達の命がなくなることを。
村を出た時は、大勢の村人達も一緒でしたが私達の足が遅いため次第に遅れ、ついには私達だけになっていました。
夜は、大きな木の陰に、風を避けて皆で身を寄せて寝りました。
6日目には、節約して食べてきたパンもなくなり、7日目には、飲み水も無くなりました。
8日目になり、喉の渇きに耐えながら果てしない草原の中を歩いていると、突然空に大きな鳥のようなものが現れ、中から人が手を振っているのが見えました。
そして、私達に向けて、何かゆっくりとした速さで荷物を落とすと、私達がそれを拾うのを待っているようでした。
上の弟がおそるおそる近づいてみると、
「姉ちゃん、パンだっ。水もあるみたいっ。」
そう言って、嬉しそうに、空の上の人に向け手を振りました。
空の上の人もなんども手を振ると、やがて、遠くへ行ってしまいました。
落としてくれた荷物の中身は、野菜やジャムを挟んだパンと飲水でした。
それに、包んであった紙には、〘がんばってハーベスト領まで来てください。皆で歓迎します。〙そう書いてありました。
幼い下の妹も久しぶりに笑顔になって、私は涙を流してしまいました。
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ハーベスト領まであとわずかという所まで来て、私達は到々帝国軍に追いつかれてしまいました。
私は涙ぐんで泣きながら、それでも、弟や妹達の前に立ち、敵の兵士達に石を投げつけて、必死に弟や妹達を庇い続けました。
下の弟も妹も、その下の4才の弟でさえも、石を投げて必死に抵抗しました。
もうだめだと、わかっていましたが、それでも投げ続けていました。
すると突然に、雷のような轟音が鳴り響き、帝国の兵士達がバタバタと倒れていきました。
「良くがんばったっ。今のうちに逃げるぞっ」
そう声を掛けられて、味方の兵士に抱えられて、戦場の中を駆け抜けました。
味方の兵が大勢いる場所に着くと、女性の兵士さんが温かい飲み物をくれました。そして、甘くて美味しい《クッキー》という食べ物も。
見渡すと、女性の兵士さんが大勢いるので、
「どうして女性の方もいるのですか? 」と聞くと、
「男の兵士だけでは足りないから、私達は志願してここに来ているのよ。」
「女の人でも戦えるのですか?」
「なにを言ってるのよ、あなたも戦っていたじゃない。
私達も石みたいなものを敵の兵士にぶつけるのよ。ただもっと威力があるけどね。うふ。」と、笑顔で教えてくれました。
なんだかわからないけれど、ハーベスト領の人達は凄いっ。それだけは分かりました。
こうして、私達は無事に、ハーベスト領へ着くことができました。
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私の叔母は、ナターシャと言って、孤児院でシスターをしています。
弟達を連れて、教えてもらった孤児院を訪ねると、叔母が飛び出してきました。
「まあ、無事でほんとうに良かったわ。」
そう言って、私達ひとりひとりを抱きしめてくれました。
「さあさあ、早く中へ入って。お腹が減っているでしょう。何か温かいものを用意するわ。」
孤児院は、私達姉弟と同じような年の子供が大勢いました。
皆、親しげに優しく迎えてくれました。
私達は、ここまでの道々の出来事を聞かれながら、食べたことがない美味しいご馳走をお腹いっぱい食べ、そして、お風呂に入って、その夜はぐっすりと寝ることができました。
道々の話の中で、大きな鳥のようなものに乗った人から、食べ物をもらった話をすると、
「それは、僕だよっ」て言われて驚きました。
その男の子の名はシンジ君って言って、私と同じ12才だそうです。
私は改めて「あの時ほんとうに助かったの。ありがとう。」って、お礼を言いました。
「一番下の妹が、とても喜んで笑顔で食べたのっ。」そう話すと、孤児院の皆はとても嬉しそうでした。
でも最後に、帝国軍の兵士に追いつかれて、私達皆で石を投げつけて戦ったことを話すと、皆シーンとなって涙ぐんで聞いてくれました。
ここは優しくて良い子ばかりなんだと、私はそう思いました。
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戦場に行った父が亡くなったと知ったのは、ナターシャ叔母さんの孤児院に来て、二週間程過ぎた日のことでした。
村から、父と一緒に戦場へ行った人が、教えに来てくれました。
優しい父でした。去年、母が病気で亡くなりそれから父が一生懸命に、私達の面倒を見てくれました。
戦い中で父は、追われる仲間の皆を助けようとして、一人帝国軍に向って行ったそうです。
これからは、私が父の分まで弟や妹達の面倒を見る。決して、さみしい思いはさせない。
私が弟と妹を守り続けるわ。
私と弟妹達は、文字通り孤児院の孤児となりました。
でも弟妹達は、お友達がたくさんできて嬉しそうです。
孤児院では驚くことばかりです。私達年長組は、朝と夕方にパンを焼きます。
柔らかくて美味しい、あのパラシュートで届けてくれたパンです。
パン種類はそれだけでなく、菓子パンという甘いジャムや豆の餡の入ったパンも焼きます。
可愛いい猫ちゃんやたぬきさんや、いろんな動物、そしてお花の形のものなどがあります。
どうして、こんなにも種類が多いのか聞いて見たら、ひとりひとりが好きな形のパンを作るから、こうなったのですって。
孤児院では、皆で交代で食事を作ります。
おかずが何種類もあって、シチューの種類もたくさんあるの。私が大好きなシチューは牛さんのお乳を入れて作るクリームシチューです。
毎日、お腹いっぱい食べられるから、痩せていた弟や妹も少しふっくらしてきました。
朝パンを焼いて販売が終わると、少し遅い朝の食事。そして朝食の後片付けが済むと、勉強の時間です。
文字は父から教わっていましたが、ここでは今まで知らなかったこの国のことや、火が燃える理由や水が凍ったり蒸気になったりする理由など、もの凄くたくさんのことを勉強します。
年少組の弟や妹も、字の読み書きを習ったり絵を描いたり、土をこねて動物を作ったりと、楽しく学んでいるようです。
勉強が終わると昼食、主にパスタなどの麺という食事です。冷たいスープのパスタもあって暑い夏には一番のご馳走です。
昼食が終わると年少組はお昼寝。私達年長組は午後のパン作りです。
今日は、私も私だけのパンを焼きました。
イチゴのジャムを入れて、ヒダの付いた帽子の形にしてみました。でも、皆はそれを見て、「キノコじゃねぇ?」「ちがうよ、鍋だろ。」とか言うんです。
確かに焼いて膨らんだから、帽子の形に見えなくなったかもしれませんが鍋はひどいです。
年少組は、お昼寝から覚めると、おやつの時間です。私達が焼いた菓子パンや、シスターが焼いたクッキーが出されます。
一緒の飲み物は牛乳です。
一日おきには、リンゴやイチゴ、スイカとかという、最近ハーベスト領で採れ始めた果物がでます。
私は、初めて食べた甘酸っぱいイチゴが一番好きです。
甘くて美味しいおやつの時間を下の妹も楽しみにしています。
私はここへ来て、孤児院の皆がそれぞれに、自分のためだけじゃなく、街の人々や皆の役に立とうと努力していることを知りました。
シンジ君は、《モーターグライダー》を使って手紙を届けたり、もっとほかのこともできないか、といつも考えています。
ヨータ君も、パン以外にピザやパスタの味を変え、いろんな料理を研究しています。
ミリヤさんは、皆の洋服を作っています。
男の子には「次はもっと使いやすいポケットのいっぱい付いた作業がしやすい服にする。」
女の子には「次はもっと可愛い形と色使いを考えるわ。」と、いつも『次はっ』が口癖で、皆から『次子ちゃん』と呼ばれています。
皆のことを話すときりがないので止めますが私も密かに考えていることがあります。
私はいつか、ナターシャ叔母さんのような優しいシスターになって、優しい皆のお母さんになりたいのです。
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