第12話 金鉱査察の謀略と王城への詰問

 ハーベスト領のインフラ整備を始めてから、毎日ハーベスト邸に通って、子爵の執務室で、子爵の隣にいて次々と上がってくる、インフラ整備関係の書類の決裁を行っている。

 もちろん決裁権は子爵の専有事項だが、方針や重要事項以外の詳細な施策については、俺にしか判断できないのでそうなった。


 おかげで、舘の者達には『コウジ子爵代行』略して『代行』と呼ばれている。

 別に呼び名など、どうでもいいので放置していたら、いつの間にか子爵が正式な役職にしたらしい。


 地震から、一年程が経ち、ほとんどの公共施設も完成した頃、俺は、子爵に話し掛けた。


「そろそろ俺の役目も終わったようです。これから後のことは子爵がなさってください。

 困ったことがあれば、その時にはお手伝い致します。」


「そうか、今日まで、本当にご苦労であった。 

 明日からは、少しゆっくりとするといい。

 だがコウジ殿は、この私の代行であるから、私の身に何かあった時はあとを頼みますぞ。」


 へっ、なんでそうなるの? 跡取りはレイネでしょう? おかしくね?


「それは、どういうことでしょうか?」


 おそるおそる尋ねると、


「なあに、となりの部屋に行けばわかるさ。」


 そう言って、それ以上なにも言わず、俺を送り出した。

 執務室の奥は、子爵の私的居住区である。

 俺が今日で仕事を終えると聞いたのであろうか、子爵夫人シモーネとレイネが待っていた。


「コウジさん、お仕事、ご苦労様でした。」 


「コウジ様、今日まで本当にありがとうございました。」


「あのぅ、子爵から万一のときは、あとを頼みますとか言われたのですが、それはレイネさんのお役目ですよね?」


「ええ本来はそうだと思います。でもコウジ様がこれだけのことをなさいましたから、今さらレイネにあとのことを全て、というのも酷な話かと思います。

 ですので、夫に何かあればレイネの領主代行として、補佐をお願しますね。

 それと、おいおいで良いのですが、レイネを貰っていただけないでしょうか?」


 はあ? レイネを貰う? 結婚てこと?

どうして、そうなる? 


「あのぅ、領地の開発や整備についてお手伝いするのはやぶさかではありませんが。 

 そのことと、レイネさんと結婚するとかは、別のことでは?」


「コウジさん、私のことはお嫌いですか? 

 私はそのぅ、コウジさんが好きですっ。」


 顔を真っ赤にして、そう言うレイネを見て、ため息しか出なかった。


「俺もレイネのことは、嫌いじゃないですが、レイネも俺も結婚とかは、まだ早すぎると思います。

 これからもっと仲良くなれば、そうなることもあるかと、、、。」


 そう答えるのが、精いっぱいだった。 


「はいっ、がんばりますっ。」


 いや、そうのは頑張ることじゃないのだが。 

 ともかく、俺は、レイネと『付き合う』ということになった。

『はぁ、まわりの皆になんて説明しようか。』 

 俺は深いため息を吐きながら、孤児院へ帰って行った。


 ちなみにこのことをナターシャさんに、溜息混じりに打ち明けたところ。


「今さらですか。皆んなとっくにそう思ってましたよ。はぁっもうっ。レイネさんを呼び捨てにした時点でそういう関係だと思うでしょ。」


 えっそうなの? そんなこととはつゆ知らずいろんなことに夢中になり過ぎてたと、深く溜息を吐く俺だった。





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 初夏のある日、子爵からの呼び出しがあり、久しぶりに舘を訪れた。

 要件は金山の査察に、王城から使者がやってくることだった。

 金鉱を発見したあと、王城へは報告を届けてあり、金の産出の2割を税として納めることに決まっていたが、その報告が適正か毎年査察があるとのことだった。

 ついては、その『使者の対応を頼みたい。』とのことだった。




 数日後、使者が到着するとの先触れがあり、俺は出迎えに、加わっていた。


「ハーベスト子爵、出迎えご苦労である。」 


「マルカス伯爵、お役目ご苦労様です。」  


 「道々、ハーベスト領の発展を目にしたが、凄まじい発展ぶりだな。」


「地震からの復興を期に、金鉱の資金をつぎ込みました。」


 子爵の舘に一行を迎え、歓談が始まったが、なにやら雲行きが怪しい。


「街々を発展させるには、ただでさえ莫大な金がかかる。その金は王城に隠れて金鉱で産出した金を着服したものであることは明白である。

 加えて、街の発展も著し過ぎる。見たこともないような道具も多くあり、数多の利権を隠しておると見える。

 これらは、王城に対する明らかな謀反だ。

 ハーベスト子爵この事実。ただで済むとは、思うまいな。」


 まるで勝ち誇ったように、そういうマルカス伯爵を呆れて見て、俺が口を出す。


「何をもって、着服などと言われるのでしょうか? 着服とは、金品財産を隠して私物化することだと思いますが、伯爵が道々ご覧になったものは子爵の私物ではございませんよ。 


 それに利権とは、様々な物作りの方法を取引にすることでしょうが、領内の全ての道具類は私どもが直接命じて作らせたもので、どなた様にも、何もお売り致してはおりません。」 


「その方が噂の代行か。無礼にもほどがあるぞ言葉を控えよ。」


「無知で馬鹿な伯爵様にも、分かるように説明したつもりでしたが。

 嘗て、どこぞの某ブログリュー公爵とかが、この領地に手出しをしたことがありましたが、その顛末をご存知でしょうか。」


 そう告げると、伯爵に剣を突きつける。

 その犯人が俺と気付いたのであろう、伯爵は顔色を変えて驚愕している。

 ブログリュー公爵の顛末は、知っているはずだが、討伐をしたのが俺とは知らなかったに、違いない。

 マルカス伯爵の護衛の者達が色めき立つが、


「むしろ、伯爵様は王城に謀反を企んでおられるようですから、王城に使者を遣わしこのことの真偽を確かめさせていただきます。」


「儂になんの謀反の嫌疑があるというのだ。

 なにもしておらぬではないかっ。」


「今まで言われたことが証拠です。ハーベスト子爵に横領の罪を被せて、この地を自分のものにしようとしていること。

 王城に隠れて、真っ当な領主を無実の罪に、貶めること。

 これが謀反でなくて何でしょうか?」


「伯爵家の護衛の皆さんも抵抗するなら、伯爵の謀反に加担したものとして処罰しますよ。」


「ポーカー、伯爵を牢にぶち込み監禁してください。

 それから王城へ手紙を書きますから、使者を立ててください。」


 俺がマルカス伯爵に剣を突き付けたことに、驚愕し固まっていたその場の者達は、俺の指示に従い、慌ただしくその場を離れた。


「子爵、横領の証拠などどこにもないのです。

 ましてや、領地を発展させていることを王城が咎める訳がありません。

 もし、王城がハーベスト領の発展に、けちをつけるなら、王城は無能で同じことができないのかと、聞いてやるだけです。」


 しらっとしてそういう俺を見て、呆然と立ちすくむ子爵であった。



 それから数日後、王城からの返事があった。

 

『この度のことはマルカス伯爵の独断で行ったことで、王城は全く関与しておらず、マルカス伯爵を厳しく処断する。』とのことであった。


 ちなみに俺の手紙に書いたのは、次のようなことだ。


『王城はマルカス伯爵に命じ、ハーベスト領の乗っ取りを図っているのか。

 そうなら、正面から堂々と攻めなされよ。

 悪辣卑劣極まりない王城と民衆に吹聴の上、全力で迎え撃つ用意がある。

 ハーベスト領は王国を見限って独立し、敵対国に組するから、覚悟されたい。』


 おまけついでに、酒の蒸留設備を使って作った高濃度のアルコール火炎瓶を、使者に王城の謁見の際にお披露目するように指示したのだ。

 戦いになれば、こちらが使う強力な武器があると、教えるデモンストレーションだ。

 

 実は遣した使者も、その威力を知らないまま王城の皆様にご披露したいものがあると、単に小さな壷に入った高純度のアルコールに火を付けた。

 その結果、少量とはいえ10m四方に猛炎を振り撒いて、居並ぶ貴族達多数に火傷を負わせ一波瀾起こしたようだ。

 しかし、俺が宣戦布告なのかと詰問している以上、怒りを見せれば独立と戦争である。

 従って、怒りの矛先は馬鹿なことを企んだ、マルカス伯爵に向き、ハーベスト子爵を咎めることはできなかった。

 火炎瓶の火遊びは、王城が遣わした金鉱査察の使者に対する、悪戯いたずらの罰なのである。



 結局、王城からは宰相のランドル侯爵自らが謝罪に訪れ、平謝りだったとか。

 しかし俺は身分が違いすぎるからと、謁見を固辞して雲隠れしていた。

 ランドル宰相は俺が会見を避けたので、俺の怒りが解けていないのだと理解し、ひどく落胆して帰って行ったらしい。

 ただ、子爵がハーベスト領は今後も国の一員として協力を惜しまないと明言したので、宰相は安心して帰ったようだ。

 もし、王城が攻めて来たら、開発した地雷と迫撃砲で返り討ちにしてやろうと準備していたが、それらはまだ秘匿することになった。



 余談ではあるが、街の中に雲隠れている間、「人目に付いては、いけませんから。」と、

 レイネに言われて屋内から一歩も出られず、隠れていたのか監禁されていたのか、判らないあり様だったことを報告しておく。


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