第二章 俺の知識は困っている人々を救うためにある。

第10話 異世界大地震発生と俺の奮闘

 それは春が近づく季節の夜明け前だった。

 未だ人々が眠りに就いていた時刻であった。


 突然『ゴォー』という唸るような音と共に、もの凄い揺れが人々を襲った。地震である。

 震度6強の大地震だった。家々は倒壊し逃げ出せた人々は、恐怖に震えながら立ちすくむしかなかった。


 俺はその朝、たまたま孤児院に来ていた。

 突然のもの凄い揺れに飛び起きて、泣き叫ぶ子供達の部屋へ駆けつけ、幼い子達を抱えると皆んなを引き連れて、裏の畑に避難させた。

 地震はその後も何度も余震を繰り返し、徐々にその間隔が開いて、終息に向った。


 孤児院の建物は、耐震構造のおかげで無事だったが、家具は倒れ棚の食器類は割れて、床に散乱している。

 中庭のレンガ作りのカマドは、見るも無惨に崩壊していた。



 街の被害は家々がほとんどが倒壊して、その下敷きになって多くの人が怪我をし、亡くなっていた。幸いなことに、大きな火事は起きていなかった。


 俺は、シスターと子供達に大鍋で炊き出しの用意を指示すると、ロッドと二人で街に飛び出した。

 そして、呆けている街の人達に呼び掛けて、倒壊した建物の下敷きになっている人々の救出にあたった。

 呆然としている人々を叱咤して、手分けして救出にあたる。まだ、生き埋めになって生きている人も多くいるのだ。


 怪我の重症者は、カーテンと角材で作った応急の担架で孤児院へ運ばせた。

 シスターは治療の知識があるから、なんとかしてくれるだろう。

 俺は丸3日、徹夜で街を駆け巡り救助を繰り返していると、同じく救助をしていた子爵家のポーカー達に出会った。


「おおっ、コウジ殿、ご無事でしたか。お嬢様が大層心配なさっておられました。」


「レイネは、今どこに?」


「孤児院へ向われました。おそらく今は怪我人の治療の手伝いをされているかと。」


 孤児院は、建物が無事なおかげもあり、街の救助センターみたいになっている。

 街の人達も手伝って、炊き出しをしており、シスターが中心になって、街の人達と怪我人の治療にもあたっている。



 俺はいつの間にか、救助隊のリーダーみたいになっていて、街の皆に指示を出してる。

 これほどの大地震の経験なんて、ある人がいないから、俺の余震がいずれ治まるという言葉に絶大な信頼を感じたらしい。


 恐怖に駆られて根も葉もない流言に惑わされないこと。

 余震の際には第一番に火を消し、火事を起こさないこと。

 縦揺れの後には、大きな横揺れの地震が来るから、その間に建物から離れて、木々の根が張っている場所へ避難すること。

 そんな心構えを救助の合間に説いて行った。



 5日程で救助活動は一段落し、俺は孤児院のカマドを作り直した。

 天然乾燥ではレンガの製造に時間が掛かるため、藁で囲って火を付け、三日間で仕上げた。

 この間、裏の畑で収穫した野菜が大活躍し、炊き出しのシチューとして、その絶品の味は、被災した街の皆の空腹を満たし、家族や知り合いを亡くした心の痛みを癒やした。


 余談だが、炊き出しを担当した年長組は毎日シチューの味を変えるなど工夫を凝らし、その味は大評判であったようだ。

 確かにシチューはいろいろ作った。クリームシチューにビーフシチュー、カレーシチューにポトフや豚汁、麹や味噌やバター味の鍋など、孤児達にいつの間にか盛り沢山のメニューを食べさせたが、作り方は教えてないはずだぞ。 

 いつの間に盗まれたかな。いいことだけど。


 カマドに火が入り、久々に『みなしご工房』のパンが焼き上がった。

 避難している人々の口に、焼き立てのパンが入ると涙ぐんでる人もいる。


 さあ、余震も治まりつつあるし、あとは街の復興だ。




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 復旧した『みなしご工房』のカマドで、パンが焼かれた翌日、俺はハーベスト子爵の屋敷に向った。

 大地震の被害状況を聞くためと、俺になにができるか、考えるためだ。


 ハーベスト子爵の舘もあちこちが崩れ、無惨な状況に見えるがなんとか大半は無事らしい。

 舘の門番は顔なじみになっており、俺に気づくと子爵へ知らせに走ってくれた。


 館の玄関でわざわざ出迎えてくれた子爵は、


「コウジ殿、この度は領民の救済を率先して行っていただき、誠にありがとうございました。

 コウジ殿のおかげで、幾人もの命が救われたと聞いております。」


「いえ、当たり前のことをしただけです。

 皆で協力して、街の被害を少しでも少なくしたいと思って行動したまでです。」


「それで、今日こちらへ参られたのは?」


「子爵領の被害状況や、今後の復旧をどうするのか、お聞きしたいと思いまして。」


「そうでしたか。まあどうぞ、こちらへ。」


 子爵のあとをついて、応接間に通された。


 ハーベスト領の被害は、領地全域に及んでいた。南は加増されハーベスト領となったハバナの街から、ブルータスの街の北の村々まで。 

 家々が倒壊し、火災も起きて多くの人が亡くなったそうだ。

 最も揺れが大きかったのは、ここブルータスの街だったが、いち早く救助活動を行った甲斐があって、他に比べて死者が少なくて済んだそうだ。


 俺が温泉を掘り当てたことでも解かるとおりこの地域は火山帯の上にあり、100年程前には大きな地震があったそうだが、ここ数十年間は全くなく、人々の警戒が緩んでいたようだ。


 俺は、前世の記憶から、これから半年くらいは、不定期に余震が繰り返し起り、警戒が必要なこと。


 建物には斜めの梁で耐震性を強化する必要があり、建物の復旧にあたってはパネル工法を取れば工期も短く耐震性も高くなると提案した。

 また、街の再建にあたっは、道路を広く直線的に取ること。隣家との間隔を規制し、火災の延焼を防ぐようにすべきだと提案した。

 子爵は提案を受け入れ、家臣達がすぐさま建築職人達にバネル工法と、街の再建計画を周知すべく、散って行った。



 そのあと俺は、レイネに捕縛されて、お茶を召し上がらされている。

 幸いなことに二人きりではなく、レイネの母のシモーネが同席してくれているが、なぜか、レイネは対面の席ではなく、俺の横隣に引っ付いている。


「コウジ様、この度は大変なご活躍で、本当にありがとうございました。」


「いえ、残念ながら、救けられなかった人達も多くいて無念です。」


「コウジさんは、大地震が起きてから三日間、ほとんど寝ずに救助をなさったと聞いておりますわ。」


「こういう大災害は災害が起きてから、丸2日間が生死の境目と言われております。

 死に行く人がいるのに、寝てなどいられないのです。」


「コウジ様はがんばり屋さんなのね。あなたのような方がここに居てくださって、私達は本当に恵まれていました。」


 安らぐハーブの香りと、優しげなシモーネの言葉に、ついうとうととしてしまう。 


「落ち着いたら、レイネの婿になってくれないかしら。」


 そんな声が夢うつつに、聞こえたような気がしたが、俺は疲れから、心地良い眠りに落ちていた。




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 ハーベスト子爵邸で、うたた寝をしてしまった俺は、2時間程で目が覚めると慌てて舘を退去した。

 舘の皆さんも復旧に忙しく働いているのに、そんな中で俺だけ寝てなどいられない。

 孤児院へ戻ると昼食が終っていて、年少組はお昼寝に入っていた。


 一階の広いリビングには、まだ重症者が大勢毛布で作った簡易ベッドに横たわっている。

 シスターのほか、数人の女性がかいがいしく世話をしているが、俺はカルロから傷薬や消毒用の焼酎と包帯を受け取っただけで、他は何も役立たないでいる。

 ちなみに、カルロの商会の建物は耐震構造パネルにしてあったので、商品も無事だった。


 孤児院の周辺の被害状況を確かめに、裏の畑にやって来た。畑は畦道が少し崩れたところがあるほかは、たいした被害はない。

 だが、草原の外れに見える森には、木々が倒れているのが見えた。俺は森へと向った。



 俺の丸太小屋は、ロッドが様子を見に行ったところ、小屋は無事だが温泉の湯船はひび割れお湯が漏れ出していたとのこと。

 周囲の山は、木々が倒れ思うように進めない状況だとか。


 孤児院の裏の畑の先にある森の倒木の中を進むと、森の動物達の死骸も幾つか見かけた。

 かすかな《ニャー》という鳴き声に振り向き声がした方向へ進むと、母親らしき山猫の死骸の傍らに、まだ赤ん坊の山猫がいた。

 乳が飲めず痩せ細り、今にも死にそうだ。

 俺はその赤ん坊の山猫を抱き抱えると、急いで孤児院へと引き返した。


「ねぇ猫ちゃん大丈夫?」「ちゃんとミルクを飲んでる?」


 年少組の子供達が周りを取り囲み、心配そうな顔で聞いてくる。

 牛の腸を糸で縛り、幾つか穴を開けて作った哺乳瓶でミルクを与えているところだ。

 人肌に温め、上手く飲んでくれるか不安だったが、どうやらまだ、飲む元気は残っていたようで飲んでくれた。


 お腹がいっぱいになったのか、飲むのを止めて、眠り始めたので、抱き上げて、背中を軽く叩いて、ゲップをさせる。


「あら、そんなことを男の方が良くご存知で。

 コウジ様は、ご結婚されたこともないのに、なんでもご存知なのですね。」


 シスターが呆れたように、言ってくる。 

 そりゃ前世でも結婚の経験はないけど、呆れるのは酷くねえ? 


「ねぇ、元気になるかなあ?」


 年少組の子ども達は、皆、優しい良い子だ。

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