第9話 俺の暮らす異世界の風景 その2

 翌朝大晦日を迎えて、年長組は年始休み前の最終販売日なので、いつもよりたくさんのパンを焼いてる。

 今日は朝だけの販売で、年始は三日間お休みなので、買いだめするお客が多いためだとか。


 俺はパン工房の方はすっかり熟練した年長組に任せ、クッキーを焼いている。

 年少組に好きな形に作らせて、砂糖漬のフルーツを上に載せて、大量に焼きあげて行く。

 猫やら犬やら馬やら牛やら、よくわからない動物もいるのだが、作った本人がわかっていれば、それでいいだろう。

 味見は駄目だぞ。ちゃんとさまさないと固まらないからな。


 パンの販売の方は、大量に作ったにも関わらず、一時間程で売切れになったそうな。

 そろそろ餅つきの準備も始めるか、外で餅米もどきの麦を蒸している、ロッドの様子を見て来なきゃ。


 朝食後、いよいよ麦の餅つきだ。杵と臼は、俺の手作りだが、中々の出来だと思う。

 皆んな、初体験の餅つきに戸惑いながらも、俺が杵で『ペッタン、ペッタン。』とやると、『やりたいっ、やりたいっ。』と声を上げた。

 年少組のために、小さな軽い杵も用意した。

 さすがに合いの手は俺しかできないが、皆で餅をついてお供えも作った。


 昼食は、つきたての餅でお汁粉を作って食べた。お汁粉の小豆餡の甘さに皆んな夢中だ。

 ちゃっかり、昼食時にはレイネも到着して、何杯もお替わりして食べている。

 子爵舘の大晦日の準備は、良いのだろうか。



 夕食のメニューは、すき焼きにした。豆腐とコンニャクはないが、肉と野菜、キノコに魚のすり身も入れた。甘いすき焼き垂れの味の染みた具を、溶き卵で食べるのは格別だ。


 皆んな夢中で頬張っている。だけど、なんでまだレイネ達がいるんだ?

 舘のご両親が心配してるだろう。

 ちゃんと泊まる許可を貰って来ましただと? 絶対っ、絶対に、ご両親は寂しがっていれぞ。


 それに客室は、二つしかないぞ。俺とロッドは一室だが、護衛の皆さんはどうするんだ?  

 えっ、レイネはシスターの部屋に泊まるの? 

 なんだ、万全の計画なのかよ。

 いったい誰がこの計画立てたの? 俺の精神が持たないんだけど。 

 


 こちらの世界では、大晦日に紅白歌合戦もないし、夜更かしして新年を迎える習慣もない。

 ましてや年少組の子供達には睡眠が大切だ。

 という訳で、大人の俺達が取り残された。


 その俺はというと、レイネにべったり張り付かれて、すっかり精神をすり減らされている。

 シスターは、その様子を微笑ましく見ているだけだし、護衛のポーカーもポーカーフェイスを崩さない。


「コウジさん、お酒でも召し上がりませんか?」


「いやいやいや結構です、俺はあまり酒が得意じゃないんだ。」


「それでは、ジュースにいたしましょう。」


 いや俺、何か飲むって答えてないんだけどね。それって、決定なの?


「コウジさん、お疲れではないですか? 肩でもお揉みしましょうか?」


 いや、それはまずいでしょう。貴族のお嬢様に肩を揉んで貰うなんて。


「コウジさん、私はお邪魔でしょうか?」


 いやっ、そうストレートに聞かれましても。


 部屋にたどり着く頃には、すっかり消耗した俺ができ上がっていた。

 こうして、大晦日の夜は、更けていった。




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「新年あけましておめでとうございます。」 


「おぅめとぅ、ごじゃいまちゅっ。」


 一番幼いちびっ子も、ちゃんと新年の挨拶をして来る。大したものだ。

 レイネにも挨拶されるが、おやすみを言ったばかりのような気がする。


 新年の朝は、お雑煮だ。お餅と鶏肉、それに茸に三つ葉に似た葉っぱを入れて、醤油と味醂の味付けの、俺の故郷の味のお雑煮だ。


 皆んな初めて食べるお雑煮の味に、感動している。食事が終わったところで、孤児達に小さな紙袋に入れたお年玉を渡す。

 これまた、初めての経験に目を丸くし、歓声を上げている。お小遣いなんて、貰ったことがないのだろう。シスターの目が潤んでいる。


 レイネも欲しそうにしているがあげないぞ。 

 これは子供だけだからなっ。ロッドまでで、お終いだ。

 お年玉を入れた袋は、俺が版画で彫った竜が描かれている。

 竜はこの世界でも最強とされているからね、皆にも強く優しく育ってほしいんだと話すと、孤児の一人に『僕、コウジ兄ちゃんのようになりたいっ。』と言われ、弱ってしまった。


 おまけに、女の子達には、コウジ兄ちゃんのお嫁さんになりたいと言い出し、だめとも言えず、困り果ててしまった。

 ただ、そんなカオスのような状況にあって、レイネがにらむように、俺に視線を向けてたのは、なぜだかわからないが。




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 こちらの世界に来て初めての元旦は、澄んだ青空が広がる晴天だった。

 孤児院の子ども達に、竹と紙で凧作りを教え凧上げをした。

 相変わらず、アーシャは猫顔の凧を作って、ドヤ顔をしている。

 孤児の年長組は空を飛ぶ凧だからか、鳥の絵柄が多い。鷹や鳩、鶏やひよこもあるが、その鳥は空を飛ばないぞっ。

 年少組は、好きな動物の絵柄が多いようだ。

 ねずみから鹿や熊まで、可愛いい漫画チックな絵で、子ども達の想像性を感じる。


 孤児院の空に多数の凧が舞っているのを見た街の人達が集まって来ている。

 日ごろ『みなしご工房』のパンを買ってくれている人達なので、縁起物の大福餅を振る舞って、新年のご挨拶とした。

 


 この世界の人々が着ている洋服は、シンプルな服だと思っていたが、よく見ると、ボタンやチャックがない。 

 確かに、シスターの服も子ども達の服やパジャマも、上からすっぽり被って着るからゆるめの寸胴ぽくできている。

 それで、見た目がダボラってしているのか。


 これは気づくのが遅れた。カルロに言って、襟や袖口にボタンを付けた服を作らせよう。

 間違いなく、この世界にファッションの革命を起こすはずだ。

 そうだ、年長組の女の娘たちに洋裁を教えて好みの洋服をデザインさせるのもいいかも。

 女性のファッションに対する関心は、尋常じゃないからな。きっと凄いことになる。


 凧上げを眺めながら、ご近所のお爺さんと雑談をしていると、家の話になった。

 この世界の一般住宅の屋根は、板葺きで度々修理をしないと、雨漏りがしてしまうそうだ。

 改築した孤児院の屋根は、俺が焼いた瓦の屋根だから珍しいと聞いてきたのだ。


 お爺さんは、年のせいで力仕事はできなくなって、時々畑仕事の手伝いをしているそうだ。

 試しにお爺さんに、たいした力仕事じゃないから、瓦を焼いて作ってみないかと話したら、もの凄く喰いついてきた。

 これもカルロに言って、工房を作らせよう。

 何より、皆んなの家が雨漏りに悩まされているなら、放っておくわけには行かない話だ。


 それから家の窓と言うか硝子の話もあった。

 この世界の窓硝子は、曇り硝子で融点の低い珪砂から作られている。

 俺は孤児院の礼拝堂の窓に、ステンドグラスつまり色の付いたクリスタル硝子を使用した。

 その効果で、孤児院の礼拝堂は壮厳な雰囲気を醸し出し、街中の評判を呼んでいる。

 もっとも、日曜日の礼拝の最後に、孤児達に讃美歌をアカペラで合唱させている効果も絶大なのだが。 

 これも孤児院の教会に人を集め、お布施を増やす戦略なのだ。


 最近、街の広場では、いろんな露店商の中に焼き鳥や肉の串ばかりの屋台に、蕎麦やうどんお好み焼きの屋台が参入した。

 もちろん俺の仕掛けで、カルロの屋台だ。

 怪我や病気で身体が不自由だったり、貧しい路上生活者の人達を雇って始めた屋台だ。

 そんな屋台だから安くて旨い。昼時は大忙しで、長い行列ができて賑わっている。

 彼らの住む共同住宅を、ハーベスト子爵が建ててくれている。

 

 

 俺がこの世界にやって来て、ハーベスト子爵やカルロという商人に出会えた幸運が、この街の貧しい人達を救う一助になっている。

 それに俺を慕ってくれる孤児院の子ども達がいる。

 この子ども達がいる限り、俺はこれからも、精いっぱい頑張ろうと思っている。

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