第8話 俺の暮らす異世界の風景 その1
孤児院の経営は『みなしごパン工房』の収入と孤児院の『先進農業畑』の自給自足で、飛躍的に改善した。
パン以外のパスタの麺打ちや料理のレシピもシスターを始め年長組に仕込んだので、もう、俺が手伝わなくてもやって行ける。
カルロには、大麦から作るエールを教えた。
それから、小麦から蒸留して作る焼酎も。
焼酎から派生していろんな酎ハイや果実酒も作らせたから、酒の種類が増えてカルロ商会は大評判だ。
孤児院の改革が一段落ついた俺は、ロッドと丘の家に帰ることにした。
秋も深まり、丘の周囲の山は紅葉が綺麗だ。
丸太小屋には風呂がない。遠い山には噴煙が上がっているので、温泉が出そうなものだが。
ロッドと二人、住居の周囲を丹念に探索して見た。住居から500m程の裏山を歩いていると先を歩いていたロッドが声を掛けてきた。
「コウジ兄ちゃんっ、この辺りなんだか地面が暖かいよ。」
「どれどれ、ほんとうだっ。こりゃ温泉が出るかもなっ。」
次の日、スマホのネットで井戸掘りを調べた俺は、打ち抜き井戸を試してみることにした。
鍛冶屋のボッシュに直径9cm、長さ2m程のパイプを50本作ってもらった。
先頭になるギザギザのついたパイプは、壊れることを予想して3本、あとは大槌を二つ。
どれも3日もあれば作れるそうた。
お礼にカルロ商会のエールと焼酎を渡すと、満面の笑みを浮かべて、なかなか手に入らないんだという。
カルロに、ボッシュには優先的に売るように話しておくというと、それこそ涙目で感謝された。
そんなにも酒好きなんだと感心してしまう。
そう言えば、この世界の井戸掘りは、どうやってしているのだろう。
手押しポンプは、既存の井戸に設置しただけだから、気にしてなかった。
それから三日経って、ボッシュから井戸掘りの機材が届いた。
俺はその機材で、ロッドと温泉掘りに挑戦した。
二人で大槌を交互に振るって、地面に刺したパイプを打ち込んで行く。
時々、パイプに詰まった土を取り除きながらパイプを繋ぎ、ひたすらパイプ打ち込む作業を繰り返した。
そうやって一週間が過ぎた頃には、パイプを40本も繋いだから80mくらいの深さまで打ち込んだと思う。
それは唐突に『プシュッ、シュワッ。』と、蒸気が吹き出して、見る間に勢いよく間欠泉のように熱湯が吹き上がった。
慌ててその場から離れたが吹き出した熱湯はかなりの高温で辺り一面を蒸気の霧で包んだ。
『やったぁ』『やったぞっ、温泉を掘り当てたぞっ。』
ロッドと二人で飛び跳ねて喜ぶ。
あとはこの温泉を家の近くまで引くだけだ。
再びボッシュに繋ぎのパイプを追加注文し、丸太小屋の脇にセメントで岩風呂を作る。
セメントは、周辺の探索をしていたときに、見つけた石灰岩を砕いて作ったものだ。
せっかくだから、50人でも入れる岩の庭園のような大浴場にした。
適度に木も生えていて、周りにも木々があるし、外からは覗かれないだろう。
小さな丸太小屋には、庭園のような大浴場は不釣り合いな気もするが、いずれ、温泉宿でも建てれば良い名所になることだろう。
岩風呂庭園の温泉は、二週間程で完成した。
お湯は、天然掛け流しの天然本物の温泉だ。
ほどなく経った日曜日に、俺が温泉を作ったことを聞きつけて、孤児院の皆がやってきた。
なぜかレイネもいる。女湯は作ってないぞ。混浴は嫁入り前の貴族令嬢は、まずいぞっ。
俺の心配は全く考慮されなかった。レイネやシスターは胸にタオルを巻いた格好で、気持ち良さそうに浸かってる。
子供達は素っ裸ではしゃぎ回って大騒ぎだ。
孤児院にも風呂は作ったが、子どもが10人程度の広さだから、こんな大きな湯船は初めてなんだろう。
俺だけタオルで下半身を隠して入ると、子供達がどうしたという顔で見て来る。
大人は隠さなきゃいけないの。だけど、皆で浸かる温泉は楽しくて格別だ。
湯上がりには、冷やしたスイカをご馳走しよう。俺の畑で最後に収穫したスイカだ。
孤児院の畑にも来年は植えてあげようかな。
✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢
早春の季節に突然この世界に来て、悪徳貴族を退治して、初夏に孤児達と出会い、縁あって孤児院の再建に関わった。
そんな目まぐるしく過ぎた今年も、あと二日と押し迫った年の瀬である。
俺とロッドは、新年を孤児院で一緒に迎えるべく、カルロ商会から仕入れたもち米の代用麦や、お菓子の材料を小型の荷車いっぱいに積み込んでやって来た。
足は完成したばかりの自転車で、荷車に繋いで引いている。
ロッドはまだ一人では自転車に乗れないので俺の後ろに乗せている。
自転車はレイネとポーカー達にも贈ったので今頃は練習の真っ最中だろう。
おかげで、丸太小屋からは30分程で孤児院まで来られた。
この自転車は来年には、カルロ商会から売り出されるから、そうしたら空前のサイクリングブームが到来することだろう。
孤児院は新年を迎える前にと、建物が増改修され、ニ階建ての白壁のモダンな建物に変わっている。
お洒落な『みなしご工房』の店舗スペースも設けられて、見違えるようだ。
「コウジ様、よくお出でくださいました。
見てください。貧しかった孤児院がこんなにも立派になりました。
これもすべてコウジ様のおかげです。
なんとお礼を申し上げればいいのか、感謝してもしきれません。」
でも今日のシスターは、貧しかった時の一張羅の制服を着ていて、決して贅沢をせず清貧な生活を守り続けている。
「シスターが頑張って皆を守ってきたからこそ今があるんだと思いますよ。」
そう言って俺は微笑む。孤児院の経営が立ち直れたことは、俺がこの世界にきた価値があったという証明だ。俺にとっても何より嬉しい。
「さあ、お入りください。孤児院の中もご覧になってください。」
一階のパン工房の店の奥は、工房の作業場、兼孤児院の調理場だ。その横には、広々としたリビング兼食堂。奥には、シスターの個室と俺達が泊まれる客室と浴場がある。
二階は勉強するための集会室を囲んで、孤児達の部屋がある。部屋は6人部屋だそうだ。
設計の段階では俺も関わり、子供達が安全なように、階段を広く段差も小さくしたり、耐震性と耐火性を重視して、アングルの梁を入れたり、内外の壁をセメントで作ったりと、配慮を凝らしている。
建物を見終わったらお菓子作りの始まりだ。
大きなケーキのスポンジを焼いて、生クリームの野苺ケーキとフルーツケーキ、それに特製のチョコレートケーキを作る予定だ。
皆、虫歯にならないよう、ちゃんと歯磨きをさせなきゃなあ。
ケーキのスポンジが焼けたら、夕食の用意に取り掛かる。
今夜のメニューはベーコンピザと、ロッドが山で採取してきたキノコのピザ。
それに、とろとろに煮込んだビーフシチューとシーザーサラダだ。
どれも本邦初公開、本日の特別メニューだ。
そろそろ出来上がりだが、皆、すでに食堂に集まってる。
あれっ、誰か来たかな?食堂が騒がしい。
「コウジさん、ごきげんようっ。コウジさんが来られると聞いて、私もお招きに与りましたわっ。」
しれっとして言うレイネだがそんな訳ない。
厚かましく割込んだに違いない。
まあ、子供達も懐いているからいいけど。
年長組に手伝って貰い、皆で料理を運ぶ。
見たこともない料理に、子供達は大興奮だ。
シスターのいただきますの声に皆で唱和して賑やかな食事会が始まった。
ビーフシチューのとろける肉のやわらかさに感動し、初めて食べるピザに驚き、パン工房のメニューに加えたいと年長組は騒いでいる。
レイネも、お供のポーカー達も夢中になって食べている。
料理は大成功だ、作った甲斐があったというものだ。
年少組は、口の周りをシチューだらけにしてお爺さんの
シスターは『こんな幸せな日が来るとは思っても見ませんでした。』と、涙ぐんでる。
今年も明日が最終日。皆の笑顔で新年を迎えよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます