第5話 ブルータスの街の孤児院
カルロの商隊と俺達は、一ヶ月ぶりにハーベスト領に帰って来た。街は賑わっており、道行く人々にも笑顔が見られる。
カルロは、この街に酒作りの拠点となる商店を置き、活動を始めることにしたのだ。
俺は、ロッドと二人、ハーベスト家に許しを得て、ブルータスの街の郊外にある小高い丘に小屋を建て、生活を始めた。
二人で建てた6m四方の小さな丸太小屋。
屋根は仮の板葺きだが粘土を焼いて、瓦もどきを作っているところだ。
街からは、そう遠くないが徒歩で一時間程はかかる。そこへシェリーとニコロ、それにアーシャが毎日やってくる。
子供達の足では2時間近く掛かるにもかかわらずだ。
最初の日は、母親のカーナラが付き添って来たが、道は一本道で田園風景が広がり、農夫達もちらほら居て、危険も少ないとのことで二回目からは子供達だけで来るようになった。
俺は、そんな子供達に、危険があったら知らせるために発煙筒を作って持たせた。
赤い煙が出るやつで、遠くからでもすぐにわかる。
まだ出来上がってはいないが、鍛冶屋に頼んで自転車も作ってもらっている。
鍛冶屋に頼んだものはまだある。手押しポンプに、荷車、スキ、クワ、スコップ、千歯こき、あまりにいっぱい頼んだので、他の鍛冶屋と共同で作ることになった。
すでに農具の一部はできていて、ハーベスト家に収められ、農民達に貸与されている。
「もうそろそろ、パンが焼きあがるぞっ。」
俺が声を掛けると『わぁ〜ぃ』と声を上げて子供達が寄って来る。
「あたしの猫ちゃんパン焼けた?」そう聞いて来るのは、アーシャだ。
今、焼いているのは菓子パンだ。野苺のジャムを布のチューブに詰めて、子供達に好きに顔の絵を描かせた。
この山の赤土の粘土を使って、レンガを焼きカマドを作った。鉄のコテでパンを載せた大皿を取り出すと大歓声だっ。
アーシャは猫ちゃんパンを三つ、シェリーはシカだという角ばかりのようなパンを二つ。
ニコロは、俺の顔だというでっかいパンを一つ、ロッドは食べやすくするんだとかで、長方形のパンをたくさん作っていたが、焼けると膨らんで楕円形のパンになってしまい、しょげていた。
俺は普通にコッペパン型のオーソドックスなパンを10個作った。カルロ達への土産用だ。
さっそくかぶり付くが、ちゃんと焼けているようだ。「おいちぃ」アーシャが満面の笑みで食べている。
子供達が帰るまでにもう一度パンを焼く。
金型に入れて焼く食パンだ。街で売っているパンは硬いフランスパンもどきなので、柔らかい俺の焼くパンは評判がいい。
今日は、たくさんのパンの荷物があるので、帰りは俺達が送っていく。たまにはそうやって街にも泊まりに行っている。
明日は、アーシャ達の母親のカーナラに頼まれて、パン焼きのカマドを作る予定だ。
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シェリー達を送って、ブルータスの街に着くと、夕暮れが迫っていた。
パンのお土産をカーナラに渡して、鍛冶屋に顔を出してみる。
俺と親しい鍛冶屋はボッシュと言って、まだ若い20代の若夫婦だ。
小さな店先で刀の研ぎを頼むと、こんな剣は初めて見たと、刃紋の美しさに魅入られたのか一心に研ぎをやってくれた。
その真摯な真面目さに、仕事はどうだと聞いたところ、独立したばかりで、あまり仕事がないと言って来た。
そこで、俺も必要とする井戸の手押しポンプを作ってくれと依頼したが、その未知の技術に目を見はり、以来すっかり俺の信奉者になってしまった。
今のところ、精度と理解力からボッシュしか手押しポンプを作れないので、ハーベスト子爵家からの依頼で大わらわのようである。
そんなボッシュの店を訪ねる途中、泣きながら歩いている幼い女の子に出会った。
「どうしたの、迷子になったの?、名前は?」
そう問かけると。ぽつりぽつり話しだした。
「ミーシャのせいで、皆んなの家がなくなっちゃうの。」
そう言って泣き止まない。ようやく聞き出したところによると、孤児院の子でこの子が原因で何かトラブルがあったらしい。
ミーシャを送って孤児院へ辿り着くと、20代のシスターが迎えてくれて訳を聞いた。
もともと孤児院は、シスターが個人で設立し家主だった奇特家の商人が土地と建物を寄付してくれて、今に至るそうだが、その商人も数年前に亡くなりあとを継いだ親族が、今頃になって土地と家を返せと言って来たそうだ。
シスター達は取り合わずに、追い帰したそうだが、今日の昼間もやってきて子供達に乱暴を働き、その中で噛みついて抵抗したアーシャに対し、怪我の傷の弁償を迫ったそうだ。
呆れてものも言えない。
相手は、ボルツ商会というらしい。
「ミーシャ心配ないよ。俺が話をつけるから」
そう言って、ミーシャの頭を撫でてやる。
「シスター、明日、俺がボルツ商会に出向いて、話をつけるから待っていてください。」
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鍛冶師のボッシュの店に行くのは、また次にしてカルロ達のもとへ帰ると、ちょうどカルロが店の戸締りをしていた。
「カルロ、聞きたいことがあるんだが。ボルツ商会って知ってるか?」
「ええ、評判の悪い商会ですよ。何かありましたか?」
「この街の孤児院へ無理難題を吹っかけているようなんだ。」
ボルツ商会は老舗の商会で先代の頃は、手広くやっていたが、先代が亡くなってからは後を継いだ甥が悪こぎなぼったくり商売をし始めて今では商人仲間から村八分の状況だそうだ。
翌朝、俺はハーベスト子爵を訪ねると、孤児院の状況を説明しボルツ商会の暴虐を話すと、直ちに捕縛のために、ポーカーに命じて10人の騎士を向わせてくれた。
もちろん俺も同行する。罪もないか弱い幼子のミーシャを泣かせた償いはして貰う。
ボルツ商会の店先には、暇そうにした男達が四人たむろしていた。
「孤児院への嫌がらせの件で来た。主人はいるか?」
そう声を掛けると、騎士達に驚き一人が中へ駆け込んで行った。中から出てきたのは、中年のでっぷり肥え太った男だった。
「私がボルツ商会のボルツですが、何かご用でしょうか?」
「昨日あなたは、孤児院で子供達に乱暴を働いたそうですね。
おまけに、正当な権利も無いのに孤児院から土地と家屋を取り上げようとしたとか。
ちゃんと申し開きしてもらいましょうか。」
「知りませんな、何かの間違いでしょう。」
「その腕の傷はどうした?子供の歯型が付いているのではないか?」
慌てて、腕の傷を隠そうとするがもう遅い。
「大人しくしろっ、これまでのあ漕ぎな商売も徹底的に調べてやる。
抵抗すれば痛い目にあうぞっ。」
こうして、ボルツ商会のボルツと使用人達は捕縛逮捕された。
後日、取調べの結果、あこぎな商売上の犯罪も判明し、ボルツ達は強制労働送りとなった。
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