第4話 閑話 商人カルロの回想と誓い。

 本当に不思議なお方だ。出会いはブログリュー公爵領へ向かう途中、ハーベスト男爵領都のブルータスの街で、護衛達の父親が亡くなったとの報せが届き、5人兄弟の護衛達が急遽故郷へ帰ることになったためだ。


 私達は仕方なく護衛なしでブルータスの街を出発し、不安に囚われ旅を急いでいたところ、前を歩いていたコウジ様と道連れになった。

 姿格好から冒険者と見えたので一人でも護衛がほしいと思い、声を掛けたのが始まりだ。  

 幸い目的地まで同行してくださるとの了解をいただけた。 


 驚いたのは、それから数刻後のことだ。

 突然10人余の盗賊に襲われたが、コウジ様お一人で、あっと言う間に倒してしまわれた。

 本人は相手が弱かったから、と笑っていたがその強さは尋常ではない。


 驚きは、それだけで済まなかった。

 ブログリュー公爵領のオークスの街に着いたところ、騎士達に追われた少年を助けたかと思うと、たった一人で100人ものテンプル騎士団を倒してしまわれた。

 そしてブログリュー公爵を倒すと言って立ち去ったが、それから間もなくブログリュー公爵が何者かの襲撃に会い、館は焼失、公爵は多数の護衛が居ながら、その護衛達諸とも討ち取られたとの噂が届いてきた。

 噂では、悪どい事を重ねてきた公爵が、遂に誰かの復讐を受けたのだとか。

 復讐者は、弓を駆使した少年らしいとも。

 いずれにしても、神の裁きの天罰が降ったのだと、公爵を卑下する噂だった。


 それから数日経って、街で露店を開いていた私達の下へ、何事もなかったかのようにロッドと二人で現れたコウジ様は、以前と変わらぬご様子で、子ども達におやつを作られた。 

 そして、以前と変わらぬ日々が戻っていた。




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 コウジ様は、とんでもなく不思議なお方だ。適当な仕入れるものがなく、困り果てていると酒でも作ってみたらどうだと声を掛けられた。

 そんな簡単に酒など作れませんと答えると、『10日くらいで簡単に作れる酒があるぞ。』とおっしゃる。


 言われるままに蜂蜜を用意して、水と蜂蜜を3対1の割合で混ぜ、パン種を入れて発酵させると、本当に10日程で酒ができた。

 しかも抜群に美味い酒だ。慌ててさらに蜂蜜を大量に仕入れ、蜂蜜酒を作り売りに出すと、居酒屋に飛ぶように売れて、もっと売ってくれと押しかけられる始末だ。


 それより何より、うちの男どもがこの酒の虜になり、毎晩、酒盛りを始めたのには参った。

 このまま、ここで酒を作り続けると、商隊がこの街から動けなくなる危険があると感じたのはさすがの私だと思う。 


 私は愚図る商隊の皆を率いて、コウジ様と共に、二ヶ月ぶりにハーベスト領に帰って来た。

 領都ブルータスの街は賑わっており、道行く人々に笑顔が溢れるこの街で、腰を落ち着けて酒造りを中心に店を開くことにした。

 幸いなことに、コウジ様もこの街に腰を落ち着け、蜂蜜酒以外の酒も、酒造りを手伝だってくれると言ってくださったのだ。




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 ハーベストの領都ブルータスの街に店を開くことにしたのはいいが、この街には商業ギルドの受付女性くらいしか、伝手がない。

 そんな中、コウジ様に挨拶をしに行くから、ついて来てくれと言われた。

 コウジ様の知り合いと知己を得られると思いついて行くと、なんとそこは領主館だった。


 それでも、領主館の使用人の誰かと、知己がおありなのかと思っていると、門番と気軽に言葉を交してフリーパスで通り、館の中で出会う人が皆、顔見知りのようで挨拶をして行く。

 極めつけは、執事長にお会いして、何事か告げると待合室に案内されて、お茶をだされた。

 で、で、お茶を飲み終える暇もなく、領主様とお嬢様が眼の前に現れた。


 さらに驚いたのは、子爵になられた領主様とそのお嬢様が、コウジ様に敬語で話されていることだ。


「ハーベスト子爵。昇爵されたそうで、おめでとうございます。」


「なにを言われるか、これもコウジ殿が成したことの付録に過ぎないことですぞ。ははは。」


「コウジ様、無事なお顔を見て安心しました。 

 それにこの街に戻って来てくれて、とても、嬉しいです。うふふ。」


「子爵。この人は旅の道中を共にした行商人のカルロさんと言います。

 今回、この街に店を開き、酒造りなどをするそうです。子爵にも旨い酒を提供できるかと、思いますから、ご支援を頼みます。」


「なんと旨い酒とな。さては、コウジ殿が肩入れなさるか。それならば捨て置けぬな。

 任せよ、店などすぐに用意させるわい。」


「あ、あの、カルロと申します。コウジ様には商隊の護衛をしていただき、そればかりでなく酒造りを教わったり、何かとお世話になっているばかりでございます。」


「まあ、私達と同じですわね。うふふ。」


「カルロ、コウジ殿直伝の酒を造るとなると、当家の御用商人となってもらうぞ。

 そうじゃ、ちょうど良い。大通りに手狭になり移転した商家があったの。

 執事、執事はおるか。大通りの寿屋の空き家を3日以内に、修繕させて清掃させろ。

 あそこなら、裏に大きな倉庫もあって、酒造りには最適じゃわい。」


 えっ、えっ、御用商人? 大通りのお店?

 なんか、偉いことになってしまった。




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 子爵邸を下がると、大通りの寿屋の跡を見に行くことになった。

 何故か、レイネお嬢様自らが案内してくれることになったのは、どうゆう訳なのか。

 商隊の皆を引き連れて行ったその場所は、大通りの一等地にある立派過ぎる建物だった。

 

 店舗の改修と清掃が急ピッチで行われる中、私達は裏の大倉庫で酒造りの準備を始めた。

 樽職人に巨大な樽を10個も発注し、従業員達は、酒造りの原料を買い集めに走り回った。


 それから数週間、蜂蜜酒を始めとして、小麦で造る蒸留させた焼酎、エールとは製法が違う大麦で造るビールを仕込んで出来上がった。

 その味は絶品であったが、コウジ様はさらに焼酎に果実水を混ぜた酎ハイなるものを数種類と、果実水を発酵させた牛乳に混ぜたヨーグルトのジュースも作って売り出した。

 その結果は、予想をはるかに凌駕する爆発的売れ行きで、巨大な樽が三日で空になった。


 大樽での酒造りとは別に、オーク材で作った小樽の内側を焦がし、トウモロコシを主原料にした酒を発酵熟成させた。

 そして三年以上寝かせた上で、連続式蒸留器で、アルコール度数を80 %近くまで上げる酒バーボンを造っている。

 私の酒蔵の超秘密兵器だ。完成が待ち遠しい。


 コウジ様は、ブルータスの郊外の酪農地域に工房を建てて、周囲の農家から人手を集めて、燻製のハム、腸詰めのソーセージ、新しいチーズ作りなどを始めるられた。

 これも私の工房だ。酒に合うつまみが必要なのだとか、もっともコウジ様が食べたいだけだと、笑っておられたが。

 しかし、新たな仕事先ができた周辺農家は、大喜びである。


 さらに、街の職人街の真ん中に巨大な工房を建てられ、各種職人と成人まもない若者や老人を雇用され、分業と流れ作業という仕組みで、各種生活雑貨の製造を始められた。


 中でも画期的なのは部屋の灯のランタンだ。

 従来のランプの何倍も明るいマントルランタンというものだ。

 マントルランタンの仕組みは、マントルというバーナーの口に取り付けられた、布製のメッシュが燃え尽きた後の灰が光源になり、強い明るさを出すのだ。

 マントルの網には、希土類塩を含ませた布を使用する。網が燃え尽きると希土類塩が酸化物に変換されて非常に壊れやすい固形物が残り、バーナーの炎の熱にさらされて白熱して明るく輝くのだ。


 分業の鍛冶部門では、平鍋、ジンギスカン鍋

包丁、ハサミなどの台所用品から、鉋、鋸、釘トンカチなどの大工道具、それにスコップ、鍬などの農機具など多種多様の品物が製造され、大量生産のおかげで安価に販売できている。


 他の木工部門や陶工部門なども、推して知るべしである。

 こんな感じで、我が『カルロ商会』はあれよあれよという間に、ハーベスト領随一の大商会となってしまったのだ。

 それなのにまったくその利益を受け取らないコウジ様に何かあれば、商会の全力で支援すると誓っている私だ。

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