第2話

 そんな外国からの観光客も、コロナ騒動で見かけなくなって。嫌な感覚が私にはあった。世の中が暗くなっていくような、十一年ごとに私に訪れる、あの感覚。両親が亡くなった時の、十一才だった当時の絶望感は生涯、私の中からぬぐえない気がする。少なくとも独力どくりょくでは無理だ。


 親戚から離れて、高校を卒業して私は就職した。大学に行かなかった事も、弟との二人暮らしを選んだ事も後悔は無い。そもそも弟と居る事は、なかば私のエゴによるものだった。


 私が弟を守っているように、周囲からは見えたらしくて、そう弟も信じているようだ。実際は違う。かりに弟と引き離されたら、もう私は生きていけない。単に、それだけだった。


 二〇二〇年、私は二十才になって、弟も中学に入学した。私としては弟の将来を考える必要がある。姉の欲目よくめと言ってもらって良いが、私から見て、弟は頭が良かった。高校は当然として、大学にだって行かせたい。その費用を私は捻出ねんしゅつできるだろうか。


 私だって、いつまで弟の面倒を見られるか分からない。人がある日、突然に亡くなる事を私は実体験で知っていた。私が世を去った時に、弟を経済的に支えてくれる人間が必要となる。


 真っ先に思い浮かんだ方法があった。結婚である。かつて私が夢見た、お姉さん達で一杯いっぱいのハーレムが遠ざかっていくのを感じた。




じゃけぇだから言いいっよるてるじゃろうでしょう。あんたが、どがいなどんな男の好みをしとるしてるのか、教えんおしえなさい」


 私達が暮らしているアパートで、ある日、そう私は弟を尋問した。


「姉ちゃんの結婚に付いて、何で俺が、俺の『男の好み』を教える必要があるの。意味が分からんよ、姉ちゃん」


 弟が私の尋問に文句を言う。広島の男子は、自分の事を「わし」というのが一般的らしいのだけど、弟は「おれ」で通している。最近は、そういう男子も多いと聞く。


「決まっとるてるじゃろうでしょううちは、どうやっても男はあいせんせない。なら、あんたの好みを優先するなぁのは、当然じゃでしろうにょうに


 こんな当たり前の理屈が分からない辺り、まだまだ弟はおさないなぁと私は思う。弟は弟で、か私に対してあきれているような視線を向けてくる。


何処どこの世界に、弟の好みだけで結婚相手を決める奴がるんじゃ。相手も迷惑じゃろうろう


 現実を分かっていないおろかな弟が、そんな事を言ってくる。私は腹が立ってきた。


阿呆あほうじゃのぉだねぇ、あんた。二十才の女が体を差し出せば、食いつく男は山ほどるわ。うちえさよ。うちが食べられて、男が引っかかる。あんたの学費を捻出ねんしゅつできる結婚相手をゲットじゃ。あんたも好き嫌いはあるじゃろうろうから、あんたが愛想あいそよく出来できる男を選びたい。こんな簡単な理屈が何で分からんのよ」


 言いながら、そういえば弟の性的せいてき指向しこうを私は知らないなぁと思った。仮に弟も同性愛者だったら、私の将来の夫を好きになったりするのだろうか。弟さえ幸せなら何でも良いのだが。


「……それでは、姉ちゃんが不幸せじゃろう。ハーレムの夢はあきらめるのかよ」


 ビックリした。まさか弟が、私の十四才当時の中二病な夢を覚えているとは。


「あはは! あがいなぁあんなのは夢よ、夢。第一、日本でハーレムなんかは作れんのよ、弟くん」


 日本では法的に、異性との結婚しか認められていない。私に言わせれば、それは同性愛者に取っての地獄である。異性愛者が生涯、同性とげる事をいられる状況を想像してほしい。恋愛もキスもセックスも同様だ。少なくとも私には耐えられない。


うちは結婚して、夫に、あんたへの学費を出してもらう。それだけの事よ。めでたし、めでたしじゃ」


 弟が大学に行ければ、それで私の役割は終わりでいい。いっそ暴力的な夫に殺されればばやい。そう思った。


「……まあ、やってみりゃあみればええいいよ。どうせ失敗するけぇから


 何だか分かったような事を弟が言う。それはそれで、私に魅力が無いようでムカついた。弟の評価をくつがえすべく、私はアプリを使った婚活を開始した。

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