第45話 俺は構わない


 バンッ!――と音を立て、俺達がひかえていた簡易住居のドアが開く。


「お兄ちゃん!」


 と嬉しそうに声を上げるのは『イバラ』だ。

 ゴスロリ衣装に身を包み、人形のような姿で俺に抱きついてくる。


「なっ!」


 『モモ』はおどろいた声を上げ、不機嫌そうな表情をした。

 俺は『イバラ』を抱き締めると頭をでる。


「えへへ♡」


 とはにかむ『イバラ』。嬉しそうだ。

 目の方はすっかり見えるようになったらしい。


 視力が戻り、こうやって歩き回っているようだ。


「男性にあまり、くっつくモノじゃないよ」


 とは『シラユキ』で――困ったモノだ――と溜息をく。

 制服姿で如何いかにも優等生といった感じがする。


 こちらは苦労性のようだ。

 俺としては『モモ』がもう一人増えたような感じがしてにくい。


 小言でも言われるのかと思ったが、


「まあ、でも……ボクの兄でもある訳だからね」


 そう言って、コホンッ、と咳払せきばらいをすると何故なぜか俺のそでつかむ。

 単に構って欲しかっただけのようだ。甘え方を知らないらしい。


 『イバラ』と一緒に抱き締める事にする。


「えへへ♡」


 と『イバラ』。『シラユキ』も抵抗はしない。ただ――


「に、兄さん!」


 『モモ』が声を上げる。

 俺は――来るか?――と手を広げたのだけれど、


「し、知らない!」


 とそっぽを向いてしまった。

 やれやれ、むずかしい年頃だ。その様子を見て『レッド』がニヤニヤと笑う。


 一方で『オヤユビ』がうらやましそうに、こちらを見ていた。

 三人で一緒に行動していたらしい。


 姉達四人が会談中なのでひまになったのだろう。同様に『オヤユビ』の相手をしてやりたい所だけれど、流石さすがに俺では彼女を受け止め切れない。


 下手をすると『キャベツ』の二の舞だ。なので、


「そのリボン、可愛いな……」


 似合っている――とめておく。

 『オヤユビ』は顔を真っ赤にすると、両手で隠すようにうつむいた。


 どうやら、照れているようだ。


「あっ! やっぱりここに居た!」


 やあやあ、モテモテだね――とは『シンデレラ』。

 ひょこり顔をのぞかせると遠慮なしに入ってくる。


 今日はちゃんと服を着ているようだ。彼女は、


「『オヤユビ』達も一緒なのかい?」


 と言って首をかしげた。

 どうやら会談は一度、休憩に入ったようだ。


 『無害イノセント』としても、人材不足は否めない。

 すでに今後の方針は決まっていたのだろう。


 彼女の表情からは、順調に進んでいる事がうかがえる。

 『シンデレラ』は彼女なりに状況を分析したようだ。


「さあ、次はわたしの番だよ」


 二人とも退いて――と言っては両手を広げる。

 どうやら、俺に抱きつくつもりらしい。


「ダメです……」


 とは『モモ』で『シンデレラ』の襟首をつかむ。

 ぐえっ!――となる『シンデレラ』。


 あの『ヒジキ』が銀髪の美少女だったのだ。

 『モモ』としても最初は戸惑っていたが、今ではすっかりれてしまったらしい。


「そうですね……次はわたしの番です」


 とは『マーメイド』ことメイちゃんで、いつの間にか、俺の背後を取っていた。

 そして、首に手を回し、抱きついてくる。


 まだ男性が苦手なのに、わざわざ頑張って会談に参加したようだ。

 俺は彼女の手に触れると、


「大丈夫だった?」


 とたずねる。


「ええ、弟くんが来ると聞いたから、わたしも頑張ったよ」


 とメイちゃんは俺の耳元でささやく。

 俺の姉は生きていて、今は【魔境】を出て日本で暮らしている。


 その説明をしたので、彼女も頑張る事にしたのだろう。

 姉には俺が死んだと伝えている。


 そうでなければ『この【魔境】に残ろうとする』と思ったからだ。

 しかし、メイちゃんは――今度、一緒に謝りに行こう――と約束してくれた。


 今ぐにはむずかしいけれど、彼女もいつか、姉と再会できる事を夢見ているようだ。なんだか、その方が人魚姫のお話っぽくていいと、俺は思ってしまう。


 一緒に話を聞いてくれていたカグヤも――どんな形でも、生きていてくれた方が嬉しい――とさとしてくれた。


ずるい! 特にその『おっぱい』!」


 と抗議をするのは『シンデレラ』だ。

 今回は何故なぜか『モモ』も同意する。


(やっぱり、この二人は仲がいいな……)


 などと俺が思っていると、


「まあ、彼の遺伝子についてはワタシも興味がある」


 そう言って現れたのは『ラプンツェル』だ。

 ビジネススーツの上に白衣という格好をしていた。


 如何いかにも科学者といったよそおいだ。

 その肩には白い毛で覆われたネズミのような生き物が乗っかっている。


 彼女の目の下にくまが出来ている事から、あまり眠れていないのだろう。

 悪いが彼女の実験台になるつもりはない。


「カグヤは?」


 俺の問いに対し、


「休憩中だよ」


 アイラと一緒に居るみたいだね――と『ラプンツェル』は答える。

 そういえば、ウサミの姿もない。


 彼女はカグヤの身の周りの世話をしているはずだ。

 どうやら、カグヤに【七姫じゃまもの】を押し付けられたらしい。


 まあ、それだけ『疲れている』という事だろう。

 あの巨大な『ベヒーモス』を消滅させたのだ。


 肉体的にも精神的にも、消耗しているのだろう。

 アイラと一緒に昼寝をしている様子が思い浮かんだ。


 今はそっとしておいてあげよう。それよりも――


「に、兄さん! どういう事……」


 と我慢の限界なのか『モモ』が俺に詰め寄る。

 なにに対して怒っているのか分からないが、不満があるようだ。


 胸座むなぐらつかんでめ上げるのは勘弁して欲しい。


「おうっ! 負けるな『モモ』!」


 とは『レッド』。妹をあおらないで頂きたい。


ずは話し合いだ」


 俺は【魔術】でスルリと抜けた。

 これからは日本――いや、世界中の人達とも話し合って行く必要がある。


 結局、平和を維持するためには、対話を繰り返すしかない。

 そのテーブルに着かせるだけでも、多大な苦労がありそうだ。


 まずは妹の心の平穏だろう。俺は手を取ると『モモ』を見詰めた。

 塔の崩壊や『レッド』達と合流した事で、カグヤとはろくに話も出来ていない。


 彼女からは『今夜、私の部屋に来て欲しい』と連絡があった。

 折角なので、一緒に『モモ』を連れて行こう。


 姉妹で話し合えば、少しは機嫌もなおるだろう。


なにを怒っているのか分からないが、今夜、お前もカグヤの部屋に来い」


 と俺は告げる。すると『モモ』は急に顔を真っ赤にする。


「そ、それは――ね、姉さんが怒る……」


 そう言って今度はうつむいた。どうやら、落ち込んだようだ。

 なにやらせわしない。


「俺は構わない」


 と告げる。すると今度は【七姫セブンス】達が騒ぎ出す。

 なにか問題のある発言をしてしまったのだろうか?


 やはり平和を維持するという事には、多大な労力を要するらしい。

 お姫様を助けたからといって、それで終わりではない。


 俺達の物語はまだまだ続くようだ。

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