第43話 もー、だいじょうぶよ


「こっちは片付いたよ――けれど、もう一仕事あるんだ」


 俺は『魔操具デバイス』でカグヤ達と連絡を取っていた。

 お仕事、頑張ってね♡――とカグヤの声が聞こえる。


 どうやら、新婚さんごっこをやりたいようだ。

 この分だと、花嫁衣装を準備した方がいいかも知れない。


 一応――愛してるよ――と返しておく。

 問題はカグヤよりも、好戦的な『隊長リーダー』だ。


 彼女をどうなだめるかが問題だったけれど――

 流石さすがに『ベヒーモス』が相手では、突っ込んでは行かないようだ。


 俺は胸をで下ろしつつ、


「助けなくちゃいけない子供がいるんだ――」


 と告げてカグヤ達に待機してもらうように頼むと通信を切った。なにかあった時のため、『ベヒーモス』を【魔術】が届く範囲に入れておく必要がある。


 取りえず、制服は脱いで、いつもの戦闘服に着替えた。

 その間に『シラユキ』は意識を取り戻したようだ。


(まさか、自分で毒を飲むとは……)


「『イバラ』、あーちゃん――ありがとう……」


 と二人にお礼を言う。

 仰向あおむけになったまま『イバラ』に膝枕をされている。


しゃべれるようになったんだね」


 『シラユキ』が笑うと、


「お兄ちゃんのお陰なの…・・・」


 と『イバラ』は答えた。別に俺は特別な事はしていない。

 天井が崩れた後――〈魔域接続アクセルリンク〉――を使っただけだ。


 同時に――〈魔力吸収マジックドレイン〉――も併用する。

 地上へ脱出する頃には『イバラ』の【魔力暴走】状態は改善していた。


 【魔力】を奪うという、簡単な解決方法だ。

 後はカグヤに説得してもらえばいい。


 ただ、その時になにかを吹き込まれたようだ。

 『イバラ』が俺の事を『お兄ちゃん』と呼ぶようになってしまった。


 あまり、深く考えないようにしよう。

 それよりも、敵の正体に気付いたカグヤ。流石さすがは俺の嫁だ。


 『ラプンツェル』も――『イバラ』の【魔術】なら有効である――という事は考えていたのだろう。


 ただし『イバラ』を強くするには追い詰める必要がある。

 かつ心が折れないように支える人間も必要だ。


 カグヤもそれを理解していたのだろう。俺は兄を演じる事にした。

 それよりも、決め手となったのは、俺とアイラの存在だ。


 倒せないはずの敵をあっさりと退治してしまった。いいように利用された気もするが、カグヤが悲しまなくていいのなら、それでいい。


「『イバラ』……目が見えるの?」


 当然の疑問を『シラユキ』がつぶやく。

 彼女の目は光を失っていた。それは今もだ。


「お兄ちゃんの目を借りているの♡」


 『イバラ』はそう言って首を動かし、俺を見ると嬉しそうに微笑ほほえむ。

 【魔術】で俺の目を――〈憑依コネクト〉――させたのだ。


 二つあるのだから、問題ないだろう。

 目視が可能であれば【魔術】の対象をしぼる事が出来る。


 ミラのみに効果があったのは、そのためだ。


「良かった――王子様とは出会えたんだね……」


 つぶやくと同時に『シラユキ』は泣く。嬉し涙だろう。

 今は泣けない『イバラ』の代わりに、泣いたようだ。


「それよりも、助けなくちゃ……」


 俺は『ラプンツェル』を抱きかかえる。

 アイラにも付いてきてもらわなければならない。


 『シラユキ』の事は『イバラ』に任せておけば大丈夫だろう。

 ついでに、ミラの事も頼んでおく。


 一方で戸惑う『ラプンツェル』。

 自分の役目はもう済んだと思っていたようだ。


「お前の【魔術】が必要だ」


 今度は俺のために働け――と命令する。

 利用された事に対して思う事があっため、強めに言ったのだが――


 なにか琴線に触れたようだ。満更でもなさそうな表情をする。

 俺の【魔力】を流す事で、強制的に【魔力】封じを解除させた。


 同時に『ベヒーモス』の子供と思われる個体のもとへと飛行する。

 親の方の『ベヒーモス』は動かない。よく見るとすでに身体はボロボロだ。


 皮はがれ、肉はげ落ち、骨や内臓が見えている。


「アイラ、この子を助ければいいのか?」


 小さくして運べば問題ない――そう考えていた。

 しかし、アイラから爆弾発言が飛び出す。


「ラプちゃんのいもーとよ、ひかりのいろが、いっしょなのよ?」


 流石さすがに俺と『ラプンツェル』は思考が停止した。

 『イバラ』の【魔術】より、よっぽど強力な気がする。


「待ってくれ……この『ベヒーモス』は――いや、人間なのか?」


 戸惑う俺。『ラプンツェル』と目を合わせたが、彼女が答えられる訳もない。


「ラプちゃんのパーパとマーマ、あんしんしているのよ?」


 むすめをおねがいって、いってるのよ?――とアイラ。

 彼女は小さい方の『ベヒーモス』へと向かう。


 そして――もー、だいじょうぶよ――と語りかける。


 ――整理しよう。


 アイラには『ベヒーモス』が人間に見えているようだ。

 そして、この小さい個体の『ベヒーモス』は『ラプンツェル』の妹だという。


 すると大きい方は『ラプンツェル』の父親と母親だろうか?

 二人は【異界】へ放り込まれたと聞いている。


 つまり【異界】で変異した。

 身体が大きいのは、二つの個体が融合しているからだろうか?


 【異界】へと放り込まれる前に、母親の方が子供を身籠みごもっていた――と考えるべきだろう。それを【異界】で、今まで守り続けてきた。


 当然、人の姿を保つ事は出来ない。

 肉体が変異したのなら、精神を保つのは更に難しい。


 すでに限界だったようだ。

 また、人間は【異界】で巨大化するらしい。


 今まで『ベヒーモス』と呼称されていた個体は【異界】から帰ってきた人間という説が有効になる。おどろきの発見だ。


 いや、だから秘密にされていたのだろう。

 俺と『ラプンツェル』は顔を見合わせた。お互いに考えている事は一緒らしい。


 『ベヒーモス』との意思の疎通は、もう出来そうにない。

 けれど、彼女は家族と再会できた。


 それが例え、望まない形だとしても、願いがかなったのだ。

 ポロポロと涙を流す『ラプンツェル』。


 けれど、余裕はない。

 いつまでも、この子を放って置く訳には行かないからだ。


 『ラプンツェル』は涙をぬぐい【魔術】で小さくする。

 今にして思えば、彼女の【魔術】は、このためのモノだったのかも知れない。


 アイラが小さくなった魔獣を抱きかかえて、連れて来てくれる。

 眠っているのだろうか?


 『ラプンツェル』は触れようとしたが、擦り抜けてしまう。

 今は俺の【魔術】の効果中だ。


 残念ながら、感動的な出会いは地上に戻ってからとなってしまった。

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