第42話 使えない【魔術】だ


 図星なのか、ミラがくやしそうに親指の爪をむ。

 いつもくわえていた『キャンディー』は、もう無いようだ。


 いや、えて今日は持ってこなかったのかも知れない。カグヤからの連絡によると、ミラは『シラユキ』の身体を乗っ取る事が出来るらしい。


 俺達が居た施設で配られていた『キャンディー』も同じモノだったようだ。

 意思の力を低下させ、【魔力】の波長を変える効果がある。


 自我を弱らせ、乗っ取り易くするためだろう。

 【異界】の存在が――こちらで活動するための器――それを用意する。


 そのための薬だったようだ。

 気になるのは『研究員達が死んだ』という点だろう。


 カグヤの話から、ミラのような【異界】の存在だった事は予想できる。

 それが、この場に居ないという事は――


「仲間はいないのか?」


 俺はミラに問う。

 反応しない可能性もあったが、ミラはピクリと眉を動かした。


 しかし、その表情は――なんの事だ?――というモノだった。


「お前と同じく【異界】から来た連中が居ただろう!」


 俺が語気を強めると――ああ――と思い出したようだ。


「仲間じゃないのか?」


 もう一度、俺は問う。

 仲間を殺された復讐というのなら、ミラの行動も多少は理解が出来る。


 しかし、違うようだ。ミラは、


「仲間など、最初から居ない……」


 やはり、男性型は使えないな――とつぶやいた。

 その言葉から、


(ミラ自身が消滅させた……)


 と考えるべきだろう。

 仲間割れか、最初から殺すつもりだったのかは分かない。


 ただ――【異界】の存在を倒す方法がある――というのは有難い情報だ。

 ミラの様子を見る限り、同族に対し、なんの興味も抱いてはいないらしい。


 彼女自身、他人を信用してはいないのだろう。

 でなければ、あのような出来の悪い複製品クローンは作らないはずだ。


 意図して、さからわないように作ったとしか思えない。


「これで、お前の『仲間を呼ぶ』という計画はおしまいだな」


 えて挑発するように俺が言うと、ミラは――アハハハッ!――と愉快そうに笑った。


「確かに仲間だな……」


 ただし、オマエ達のそれとは違う!――と彼女は叫ぶ。


「わたしの都合のいいように動く手駒だ!」


 そう言って、右手でなにかをつかむような仕草を繰り返す。

 その位は動かせるようだ。


「わたしの目的は、この世界をわたしの世界と同じにする事だ……」


 アハハハッ!――とミラは笑う。

 その意味を俺は理解できずにいた。


 世界を作り変える――という事だろうか?


「コイツ等をワタシ達の常識で考えない方がいい」


 とは『ラプンツェル』。


「自分達の世界が滅びたから、他の世界も同じにしたい……」


 そういう奴らさ――と教えてくれる。

 なるほど、そんな奴ら相手では復讐するのもバカらしい。


 もうすでに終わっているのだ。

 関わるだけ、損というモノである。


 存在自体が害悪でしかない。

 憎しみを連鎖させる負のかたまり


(まさに人類の天敵のような存在だ……)


 そんな世界の連中に【魔術師】の身体をチラつかせれば、どうなるのだろうか?

 答えは明白である。


 複製品クローン技術や【魔王監獄プリズン】――それらが存在する理由がつながった。

 【魔術師】の複製品クローンえさに【異界】の存在を誘き寄せ、この世界を終わらせる。


 言わば、彼女は【異界】からの侵略者だ。

 それも不幸をらすだけの存在。


「ここで確実に仕留める必要があるな……」


 俺のつぶやきに『ラプンツェル』はニヤリとする。

 どうやら、同じ考えのようだ。彼女の目的は理解した。


 ただ、に落ちない所もある。

 みょうに時間を掛け過ぎている――という点だ。


(考えられる可能性は一つか……)


 このタイミングでなければ、ならなかったという事だろう。

 すべてがつながり、俺の中でミラを倒す算段が出来た。


 俺は【魔術】を使って、動けないミラを空中に浮かす。

 そして、身体を勢いよく回転させた。


 アイラや子供達が喜ぶので、たまに使っている。

 しかし【魔術】を使う俺達にとっては重大な弱点だ。


 目が回って目視できないのだから――


「『イバラ』……頼む!」


 ミラの身体から追い出してくれ!――俺の言葉に、


「分かったよ、お兄ちゃん!」


 と彼女は呼応する。どうにも、俺を『お兄ちゃん』と呼びたいらしい。

 『イバラ』は呼吸を整えると、


「その女の人の身体から出て行きなさい!」


 とさけぶ。するとミラの身体からなにかが抜けた。

 それは黒い炎のようで、俗に言う人魂ひとだまのようにも見える。


 肉体を持たない【異界】の人間だろう。

 俺はそれに素早く触れると【魔術】を使用する。


 ――〈魔域接続アクセルリンク〉!


 これで、この魂は無害な存在となったはずだ。

 倒せないのなら、無理に倒す必要はない。


 俺はミラの身体の回転を止めると、そのまま受け止める。

 そして、静かに地面へと寝かせた。


 その間も【異界】の魂はミラの身体に戻ろうと何度なんども乗り移ろうとする。

 けれど、すべて擦り抜けてしまう。


 なにを思ったのか、その黒い炎は俺の周りを回り始めた。

 いったいなにをした!――とでも言いたいのだろう。


「お前の仲間が言っていた、使えない【魔術】だ」


 これで俺が生きている限り、この世界に干渉する事は出来ない。

 だが、それほど悠長な事にはならないだろう。


 炎が今にも消滅しようとしている。

 こういった存在は光に弱いのが定番だ。


 また肉体がなければ、存在できないのだろう。

 苦しそうに『ラプンツェル』は起き上がると、


「確かに複製品クローンがある限り、オマエ達は不死身なんだろうさ……」


 いや、『魂』がある限りかな――と語る。

 研究者らしくない単語を口にした事に対し、自嘲じちょうしているのだろう。


 一呼吸置いた後、


「でもね――こっちにだって、絶望を打ち消す光はある」


 フラフラとした足取りで近づいてくる。

 流石さすがは【七姫セブンス】。


(撃たれても、こうも動けるとは……)


 一方で、それ所ではないのだろう。

 黒い炎は、今度は『シラユキ』の身体へと乗り移ろうとする。


 けれど、それが運のきだ。

 アイラが立ちふさがり、光を放つ。


 それで完全に黒い炎は姿を消した。

 あっけなく、消滅したようだ。


 【異界】の存在を倒すのに、俺の【魔術】とアイラの光が必要だったらしい。

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