第41話 その手を離しなさい!


「また、その顔か……」


 とミラはうつむく。


「わたしの勝ちのはずだ!」


 とわめく。


「『シラユキ』――お前は裏切った……」


 なのに何故なぜ、アイツらはお前を憎まないんだ?――彼女は首をかしげる。

 それはまるで、生気の抜けた死人のような表情だ。


 その後、首をグルリと回して、


「コイツは人質だぞ! 何故なぜ……」


 もっとくやしそうな顔をしない?――と『ラプンツェル』にたずねた。

 ミラのその表情からは感情が一切、伝わってこない。


「それは皆が――『シラユキ』が好きで、そういう事をするじゃないのを知っているからだよ……」


 やれやれだね――という態度で『ラプンツェル』は肩をすくめる。ミラは、


「コイツの身体を乗っ取って、お前達に殺させるのが楽しみだったのに……」


 とつぶやく。まるで――もういい――と言わんばかりの落ち込みようだ。

 言いようのない不気味さをこの女からは感じた。


 同時にミラは【魔術】を使用する。


(う、動けない……)


 まるでボクだけ、時が止まったかのようだ。

 一方でミラは銃弾を放つ。『ラプンツェル』に直撃した。


 【魔力】封じの弾丸だろうか? 『ラプンツェル』が膝を折る。

 【魔術】で小さくした物を隠し持っていないか、確認するのが目的だったらしい。


 本来なら、それでチェックメイトだ。

 けれど『ラプンツェル』の目はあきらめてはいない。


「ならもういいさ……」


 とミラ。ボクの前までツカツカと歩いてくる。

 そして首をつかみ、ボクを持ち上げた。


(く、苦しい……)


 同時に『ラプンツェル』にも、ミラは【魔術】を使ったようだ。

 仲間であるボクが苦しむ姿を――指をくわえて見ていろ――といった所だろうか?


(趣味が悪い……)


 けれど、ボクの【魔力】では、この女の【魔術】に対抗できない。


「先にお前の身体をもらうとしよう」


 そして、カグヤに殺させよう――そう言ったミラはニタリと笑った。

 彼女の目は充血し、赤く染まっている。


 この女は――人の苦しむ姿を見る――その事に対して異様に感情が動くようだ。

 普通なら恐怖を抱くだろう。でもボクは、カグヤを悲しませる事の方が怖かった。


 そこでようやく、ボクは気が付く。


(そうか、カグヤもボクと同じ気持ちだったのか……)


 愛している。大切にしたい。笑っていて欲しい。

 カグヤが―― 【七姫セブンス】達が――


(ボクをうらむ事なんて最初からなかったんだ……)


 最初から、皆に助けてと言っていれば良かったのだろうか?

 そうすれば、未来だって変わっていたのかも知れない。


 ボクの意識は、そこで消えそうになる。けれど、


「その手を離しなさい!」


 女の子の声が聞こえた。ボクはこの声の女の子を知っている。

 彼女の歌声は、いつも皆に勇気をくれた――



 ――〈亡霊視点〉――



「大丈夫? 『シラユキ』……」


 と『イバラ』。アイラと一緒に駆け寄ると、呼吸を整えている『シラユキ』を心配そうに見詰める。


「ユキちゃん、いじめちゃ、めーよ」


 とはアイラで、ミラから二人をかばうように立ちふさがっている。


(いや、浮遊しているのか……)


 一方でミラは動けずにいた。

 理由は簡単だ。『イバラ』の言葉により、縛られている。


 その手を離しなさい!――その後に『イバラ』が出した命令は、


「下がりなさい!」


「動くな!」


 の二つだ。普段、怒らない人間が怒ると怖い――という奴だろう。

 彼女の【魔術】は言葉だ。普段から心を殺して、暮らしていたらしい。


 それをここに来て爆発させた。防げるモノではない。


なんとか間に合ったようだな……」


 俺はつぶやく。この行動が正しいのかは疑問だ。

 けれど、アイラと約束をしてしまった。


 ――泣いている子を助ける!


(まさか、アレだったとは……)


 【異界】から出現した巨大な怪物『ベヒーモス』。

 その上空に小さな個体が見える。


 子供だろうか? 白い毛におおわれたそれは獣の姿に近い。

 緑色に輝く光に覆われ、浮遊しているようだ。


 親である『ベヒーモス』のそばを離れようとはしない。

 一方で空は大きく罅割ひびわれ、完全に【異界】とつながってしまった。


 けれど、不思議な事にぐに小さくなってしまう。

 皆から集めた【魔力】の使い道は、こちらが本命だったようだ。


 【異界】へのゲートは見えない位に小さくなり、閉じて行く。

 そして、消えてしまった。何事なにごとも無かったかのように青空が広がる。


「安心したまえ――もう、この地でゲートが開く事はないさ」


 と『ラプンツェル』。地べたに座り込み、腹部を押えている。

 どうやら、撃たれたようだ。出血はしていないが、苦しそうな表情をしていた。


 その言葉におどろいたのか、ミラは彼女をにらむ。

 くやしいというよりは――信じられない――といった表情に近い。


 俺も状況はつかめていないが、『ラプンツェル』の復讐とやらは終わったらしい。

 いや、最初から、そのつもりはなかったのだろう。


(もしくは、途中で気が変わったかだ……)


 カグヤ達との出会いをて、考えを改めたのかも知れない。

 【異界】へのゲートふさぐ――それが今回の目的のようだ。


 そのためにミラの計画に乗っただろう。

 しかし、それだけなら皆と協力すればいい。


 仲間をだますような芝居をする必要はなかったはずだ。『ラプンツェル』は、


「月の満ち欠けと一緒さ――ゲートにも周期がある――そして今日……」


 多くの人間がゲートが閉じた事を認識した――と語って無理に笑う。

 苦しそうで見ていられない。恐らく、彼女の言いたい事は――


 【異界】へのゲートは月の満ち欠けと一緒で周期があり、大きさが変わるようだ。

 そして――誰かに認識される事で――この世界に存在する事が出来る。


(まるで【魔術】と同様の原理のようだ……)


 つまり、閉じた瞬間を認識されたゲートは、もう開く事はない。

 この世界で【異界】の力が存在するには、誰かから認識される事が必要だ。

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