第38話 皆には悪いとは思っているよ


 空から降って来たドラム缶に対し――貴女あなたなにをやっているの?――という視線を私が向けると、


「ワタシ――『ヒジキ』――ミンナノ、サポート、オシゴト♪」


 などと急に片言でしゃべり出した。私をバカにしているのだろうか?

 突っ込んでもいいが、放って置こう。関わると面倒だ。


 もう一人の方は野菜だろうか?

 上半身裸でなにをやっているのやら……。


 変なのは『シンデレラ』だけで十分である。


「よぉっ! お前達も無事だったようだな」


 とは『レッド』。野菜と会話をしている。

 『モモ』は困っている私の表情に気が付いたのだろう。


 ムキムキくんが『キャベツ』という人物である事を教えてくれる。

 筋肉を愛する食物繊維らしい。


 ウチの娘も個性的だが、彼らも中々に個性的なようだ。


「いつもウチの主人と娘、それから妹がお世話になっております」


 始めまして、カグヤです――と二人に頭を下げる。


「おうっ、気にするな!」


 『隊長リーダー』をやっている『レッド』だ!――と少女は返す。その横で、


「どうも『キャベツ』です」


 ペコリと頭を下げる『キャベツ』。

 野菜と会話をしたのは始めてかも知れない。


暢気のんき挨拶あいさつしている場合じゃないでやんすっ!」


 と『シンデレラ』。いや、今は『ヒジキ』だったか?

 一番、巫山戯ふざけている存在に言われたくない。


 しかし、彼女の本体は塔の中に居る。

 その慌てようは、なにかあったのだろうか?


 『ヒジキ』は――塔を見るでやんす――と声を上げた。

 すると塔の天辺の――さらにその上。


 遥か上空に黒い穴が出現する。それは次第に広がって行った。

 突如として穴の中に巨大な目玉が現れ、こちらをのぞく。


 人々の悲鳴が聞こえてきても可笑おかしくはない。

 この周辺の村や街は大騒ぎになっているだろう。


 その目玉はこちらを認識すると一度、穴の奥に引っ込んだ。

 けれど、ぐに空気を伝わり、大きな衝撃波がこちらに飛んで来た。


 私と『レッド』をのぞいて、全員が防御姿勢をとり、衝撃に備える。

 同時に空にひびが入った。何度なんども衝撃波がこちらをおそう。


 そのたびに黒い亀裂は広がりを見せた。

 向こう側からなにか出てこようとしているらしい。


 巨大ななにか――『モモ』がおびえたように私の後ろに隠れた。


「おいおい、あんなモノが出てきたら♪」


 相変わらず『レッド』は何処どこか楽しそうだ。


「やべーじゃんっ! 逃げるぞ……」


 おいっ『キャベツ』……車を起こすのを手伝えっ!――と『レオポン』くん。

 出て来ようとしているのは恐らく『ベヒーモス』だろう。


 【魔王災害】の時に複数の個体が出現し、東京を壊滅させたという存在だ。

 詳しい事は未だに分かってはいない。


 けれど【異界】から出現した巨大生物はすべて『ベヒーモス』と呼称している。

 ビル程の大きさだと聞いていたが今回のは、それ以上の大きさのようだ。


 それがまさに今、こちらの世界に出て来ようとしている。

 『ラプンツェル』の仕業だろう。


 どうやら『黒陽計画』自体が偽装フェイクで【異界】の扉を開く事が目的だったらしい。

 あのミラという女も、結局は利用されたのだろうか?


 知っているのは私と『シンデレラ』くらいだろう。

 彼女の家族は研究者で【異界】に飲み込まれたと聞いている。


 『ラプンツェル』はずっと、家族を助けたかったのかも知れない。

 やがて、穴は広がると『ベヒーモス』が、その巨体を出現させた。


「まるで怪獣映画だぜっ!」


 と『レッド』。楽しそうな姿勢は崩さない。

 私としては、真下にある塔が崩壊を始めていたので気が気ではなかった。


(皆、無事だといいのだけれど……)


 『ベヒーモス』の巨体に押し潰されるように、バラバラと塔が崩れて行く。

 再び、塔の破片と砂塵のような土煙が、私達の周囲を取り囲んだ。


(本当に今日は、こういう事ばかりね……)


 『モモ』が私をかばうように抱き締めてくれる。

 こういうのも、たまには悪くない。



 ――〈亡霊視点〉――



 今日はどうにも、いいように使われている気がする。

 カグヤとメイちゃんは身内だからいい。


 けれど――『シンデレラ』と『ラプンツェル』――あの二人は俺を便利屋だと思ってやしないだろか?


「皆には悪いとは思っているよ」


 と『ラプンツェル』は広場で語った。その話の内容は【異界】へ渡るので――皆の【魔力】を分けて欲しい――というモノだ。


 彼女の祖父は研究者で【異界】についての研究をしていた。

 食料危機、エネルギー問題、環境破壊、人種差別――それらが混迷していた時代。


 これから訪れると予想された人類をおそう危機に備えるためだ。

 バブルは崩壊し、日本経済は停滞におちいっていた。


 人々に明るいニュースを提供したかったのだろう。

 そんな時、人類は【異界】の存在を認識する。


 今から思えば、それこそが滅びの前兆だった。

 もなくして突如、発生した【魔王災害】。


 当然のように、その調査ため、東京を訪れた彼女の祖父と息子夫婦。

 けれど【魔境】となった、この地に閉じ込められてしまう。


 やがて、孫である彼女が生まれた。

 その時はまだ、この世界を救えると祖父も信じていたようだ。


 しかし、彼女の両親は行方不明となってしまう。

 とある実験の際に【異界】へと消えてしまったらしい。


 祖父は逃げるように彼女を連れ、街から逃げ出した。

 しばらくは転々としながら、祖父と二人で暮らしていた『ラプンツェル』。


 だが、ある事実を知る。

 両親は仲間の研究員の手により――【異界】へと送られた――というモノだ。


 つまり『殺された』という事になる。


「仲間だと思っていた彼らは人間ではない」


 【異界】の存在に身体を乗っ取られ、悪魔となってしまった――と祖父に教えられた。以来、祖父の亡き後、彼女は復讐をちかったようだ。

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