第32話 楽しい事だよ


「待ってください! お嬢様っ……」


 と空中を飛んで逃げるアイラをメイドが追い掛けている。

 どうやら、服を着せたいようだ。


 わたしはその光景を見ながら、髪を乾かす。

 その後、ツインテールにまとめた。


 ――ちょっと、伸びたかな?


 無造作に髪をつかみ、『魔導書グリモア』から刃物ナイフを取り出す。

 そして、振り上げた。すると、


「ぎゃあ~っ!」


 と悲鳴が上がる。メイドがおどろいた顔をしていた。

 なにか間違った事をしただろうか?


「な、なにをしているんですか⁉」


 メイドは声を上げると慌てて、わたしのもとへ駆け寄ってきた。

 無意識のようだけれど、意外に早く動けるらしい。


なにって、髪を切ろうと……」


 そんなわたしの台詞セリフに――いけません!――とメイドは指でバツを作る。

 どうやら、怒っているようだ。


折角せっかく、綺麗な髪なのですから……」


 大事になさってください!――と注意された。


「後で、わたくしが切って差し上げますから……」


 とメイド。そこまで言われてしまっては仕方がない。

 わたしは『魔導書グリモア』に刃物ナイフ仕舞しまった。


「そう言えば、カグヤも髪を大事にしていたね……」


 まあ、普通の女の子はそうか――とわたしはつぶやく。

 正直、手入れなどしなくても、わたしの髪は綺麗だ。


 【魔力】が高い所為せいだろうか?


「カグヤ様の場合は、旦那様にめられた事も原因かと思いますが……」


 とメイドが言う。わたしが大人しく言う事を聞いたので、安心したのだろう。

 聞いてもいない事をらす。


「へぇー、レイは髪が長い方が好きなのか……」


 いい事を聞いた。外の世界では、あまりお洒落に気を遣う事も出来ない。

 『モモ』も髪を伸ばせば良かったのに――と何故なぜか他人の事を考えてしまった。


「普通、男性の方はそうではないのですか?」


 後はポニーテールでしょうか?――メイドはそう言って首をかしげる。

 レイのその辺の感覚は、一般的なモノとズレていそうだ。


(『マーメイド』相手でも欲情していなかったようだし……)


 むしろ、あの男嫌いが好意を抱いているように見える。

 『オヤユビ』相手にも、女の子としてせっしていた。


 ボーイッシュな『モモ』や合法ロリの『隊長リーダー』にも、手を出していない。

 どうやら、彼の攻略は手古摺てこずりそうだ。一方、メイドは、


「カグヤ様は『自分の髪と似ている』と言って……」


 よく『シラユキ』様の髪型で遊んでいましたが――と告げる。

 メイドは――んー?――と口元に人差し指を置き、なにやら考え込むと、


「アレも髪型の研究だったのかも知れませんね……」


 仲の良い姉妹のようでした――メイドは『うんうん』とうなずく。

 丁度、部屋のインターホンがなった。誰か来たようだ。


 【七姫セブンス】の部屋を訪ねてくる人物は限られている。

 確認しなくても想像はつく。


 メイドが応対しようとしたので、


「アイラ、風邪を引くとパパとママが悲しむよ」


 バンザイして――わたしがそう言うとアイラは着地する。

 そして、言う通りした。その様子におどろくメイド。


「わたしが出るから、アイラの事をお願い」


 そう言って、わたしはドアへと向かう。

 モニターを確認すると、そこに映っていたのは『ラプンツェル』だった。


 わたしも他人ひとの事は言えないが、彼女が研究室から出て来るとは珍しい。

 しかし、予想通りではある。


 アイラに会いに来たという理由なら、別に不思議な事ではない。

 彼女は興味のない振りをして、玩具おもちゃなどを持って来るのだ。


なにたくらんでいるのさ」


 わたしの言葉に、


「楽しい事だよ」


 と『ラプンツェル』は笑った。

 カグヤが一向に戻って来る気配がないのも気になる。


 確認するために意識を飛ばす事も出来た。

 けれど、今は『ヒジキ』を操作する事を優先したい。


「それは君にとって、楽しい事だろ?」


 絶対にろくな事には、ならないよね――とわたしは言葉を返す。

 そして、溜息をいた。



 ――〈亡霊視点〉――



「やっぱりね……」


 なにが『やっぱり』なのだろう?

 『シンデレラ』に確認をしたい所だけれど、今はそれ所ではない。


 塔の入口エントランスに集められた俺達だったが、急激に【魔力】を奪われ、動けずにいた。


なんためにこんな事を……)


 考えるまでもない。『黒陽計画』のため動力源エネルギーとして使うのだろう。

 勿論もちろん、それは俺だけではない。この場の全員だ。


 様子が可笑おかしい事に気が付き、アイラを『魔導書グリモア』の中へ隠す事が出来たのは僥倖ぎょうこうだろう。


 今日は色々とあったので、お昼寝には丁度いい時間だ。

 ただ、それはなんの解決にもなっていない。


 状況は良くない、ウサミ達のような【魔力】の低い連中は気を失い、倒れてしまっている。


 【七姫セブンス】ならばかくとして、俺程度の【魔術師】では立っているのもやっとだった。しかし、無理をしてもキツイだけだ。


 俺は他の【魔術師】同様、床に倒れた振りをして機会チャンスうかがう事にした。

 『シンデレラ』も大袈裟おおげさに片膝を突いて、苦しそうにしている。


 いや、彼女の場合は【魔力】よりも【体力】の無さが原因だろう。

 困ったモノである。【魔力】の受け渡しはなんとかなるが【体力】は無理だ。


(まあ、彼女の事だから、すでに手は打っているのだろう……)


 今、るべき事は状況の把握はあくだろう。

 首謀者しゅぼうしゃは【七姫セブンス】の一人『ラプンツェル』のようだ。


 先程から――大人しくしていれば危害は加えない――というような事を言っている。カグヤが一人で出て行ったのは、この状況を想定していたのかも知れない。


 【七姫セブンス】の命令であれば、塔の【魔術師】達は逆らわないだろう。

 労せずして、塔を掌握しょうあくできたという訳だ。


 しかし、出て行ったのはカグヤのみ。

 『オヤユビ』、『マーメイド』、『シンデレラ』の三人が残ってしまった。


 そのため――強行策に出た――という所だろうか?

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