第五章

第30話 願わくば、皆が幸せでありますように――


 ――〈イバラ視点〉――



 目の見えないアタシだったけれど、歌があった。

 この歌が、この声が――アタシの【魔術】だ。


 かつて、アタシの言葉は多くの人々を狂わせ、苦しめてしまった。

 そんな理由から、アタシは言葉を捨てた――でも、歌は別だ。


 この【魔王監獄プリズン】と呼ばれる場所でなら、好きなだけ歌う事が出来る。

 カグヤがそう教えてくれた。


 また、目の見えないアタシに対し、眠り姫である『イバラ』がいいと言ってくれたのも彼女だ。この目は生まれつき見えない訳ではない。


 【魔術】による治療を行えば、光を取り戻す事も出来る。それでも治さない理由――それは閉ざしているのは瞳ではなく、心の方だったからだ。


 いつか、アタシが心を開く。眠り姫が王子の接吻キスで目覚めるように――アタシの心に寄り添い、明るい世界へと導いてくれる。


 そんな出会いがありますようにと、カグヤが願いを込めてくれた。

 あの時のアタシには、もう誰かを信じる力は残っていなかった。


 それでも、アタシが彼女と一緒にこの塔へ来たのは、彼女の中に光を見たからだ。

 『アリス』という名の女の子。


 目の見えないアタシにも、その姿はハッキリと分かる。恥ずかしいから言わないけれど、カグヤは最初から、アタシに光をくれていたんだ。


 それは今朝の出来事だった。


 ――あのが帰ってきた!


 アタシは喜びいさんで、部屋を飛び出した。

 カグヤの管理する階層フロアへと向かうアタシに対し、


「今はめておいた方がいいよ」


 と『シラユキ』。カグヤ以外の【七姫セブンス】がアタシに話し掛けてくるなんて、珍しい事もあるモノだ。


 そこを通して――と言えればいいのだろうけど、アタシの言葉には【魔力ちから】がある。


 その所為せいで、家族を、街を――そこに住む、すべての人々を狂わせてしまった。

 アタシの事を『大好きだよ』と言ってくれた兄。


 その言葉もいつわりだった。

 本当はアタシの事を恐れ『化け物』だと思っていたのだ。


 その真実を知った時、すべては手遅れで、同時に光も失った。

 最後に見た光景はおびえた兄の表情だ。


 ――――――――

 ――――

 ――


 幼い頃のアタシは、皆がアタシの事を大好きだと思っていた。

 だって、なんでも言う事を聞いてくれるのだ。


 アタシはおろかにも、そこになんの疑問を抱かなかった。

 家族がその事に悩み苦しみ、狂って行く事にすら、気が付かなかったのだ。


 毒を盛られ、家に火を点けられても、


「大丈夫よ、家族はアタシが守るから……」


 といい気になっていた。

 犯人を探し、断罪し、家族を守った気でいた。


 しかし、そもそもの原因はアタシだったのだ。

 一人にしないで、嫌いにならないで、ずっと一緒にいて――


 アタシは『呪い』ともいえる言葉で家族をしばった。

 両親がおびえていたのは街の人間にではない。


 このアタシにおびえていたのだ。

 ある日、朝起きると、両親は首をっていた。


 街の人達からの責め苦に耐えられなくなったのだろう。

 そうとは知らず、訳が分からずに、泣き崩れるアタシを兄がなぐさめてくれた。


 本当は兄も両親と一緒に、死にたかったのかも知れない。

 アタシが一緒にて欲しい、守って欲しいとお願いしたからだろう。


 最後にはアタシの顔に劇薬を掛けて、


「殺してやったぞ! これでやっと解放される!」


 と喜んでいた。しかし【魔力】の高いアタシはそんな事では死ななかった。

 兄はアタシの目の前で、報復を恐れた街の人達に刺されて殺された。


「オレ達は関係ない」「お前の兄が勝手にやった事だ!」

「だからもう、オレ達に関わらないでくれ……」


 そんな人々の言葉よりも、


「お前の所為せいだ……お前さえ、生まれて来なければ――」


 怒りとおびえ、絶望とアタシから開放される事の喜び。

 複雑な表情の兄。


 ――うらむべきは街の人達なのに……何故なぜ、アタシをそんな目で見るの?


 その時になって、ようやくアタシはすべてを悟った。

 アタシの言葉は人をあやつる。


 両親を自殺に追いやったのも、兄が死ぬ事になった原因を作ったのも、すべてアタシ自身だったのだ。


 けれど、その時のアタシには現実を受け入れる事が出来なかった。


 ――すべて嫌いだ! すべて無くなってしまえ! すべて死ねばいい!


 そんな言葉をいた所為せいだろう。

 気が付いた時には、真っ暗な世界で一人になっていた。


貴女あなた、綺麗な声をしているのね……この子のために一緒に歌ってくれる?」


 この子のために――そんな言葉が切っ掛けだった。

 連れて来られた施設で、なにかと世話を焼いてくれた女の子。


 視力を失ったアタシにも、そのお腹に宿った命の輝きはハッキリと分かった。

 まだけがれていない、美しい命。


(アタシはもう、間違えたくはないんだ……)


 皮肉な事に、色々と分かるようになったのは、視力を失ってからだ。

 アタシは自分のためにではなく、初めて誰かのために【魔術】を使った。


 ――

 ――――

 ――――――――


 『名付け』の事を知っていれば、家族を失わずに済んだのだろうか?

 今となっては、なにもかもが手遅れだ。


 『シラユキ』はアタシに言った。


「折角の家族の再会を邪魔してはいけないよ」


 確かにもう一度、家族に会う事が出来るのなら、アタシは謝らなければならない。

 そんな場所に、他人が居ては邪魔なだけだ。


「ねぇ、歌を歌ってくれないかい?」


 きっと、カグヤも喜ぶよ――『シラユキ』の言葉にアタシはうなずいた。

 歌おう。カグヤのために――


 『シラユキ』も『オヤユビ』も皆、カグヤが救った。

 彼女は身重の自分を助けてくれたのだと思っているようだ。


 けれど、彼女の優しさこそ、この世界を救う【奇跡】だ。

 『アリス』が出て行った日も、アタシはなにも言わなかった。


 自分には家族を失った過去があったからだ。観測者などとカグヤが位置付けてくれたけれど、本当は他人ひとと言葉を交わすのが怖いだけだった。


 『アリス』も、この塔で暮らすだけなら無知な子で済む。

 けれど、アタシ達は【魔術師】だ。


 痛みをともなってでも、苦しいと分かっていても知らなければいけない事がある。

 それが他人とは違う力――【魔力】を持つ――という事だ。


 『アリス』には、アタシのように失って欲しくない。

 失ってから、気付いて欲しくない。


 願わくば、皆が幸せでありますように――

 『アリス』にも、素敵な出会いがありますように――


 アタシは眠り姫。いまだ、アタシの前に王子様はやって来ない。

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