第25話 メイちゃんは綺麗なままだよ


「いいえ、わたしは逃げたのよっ!」


 怖くて、逃げ出したのっ!――と五月さつき姉さんの言葉と共に背中を通して、その震えが伝わってくる。俺は振り返って、その手を取ると、


「それでいいんだよ」


 と返す。続けて、


「俺も姉さんも、メイちゃんには助けられた」


 だから、あの時は逃げてくれて嬉しかったんだ――と俺は笑う。

 あの時の俺には世界が――姉さん以外の人間すべてが――敵だった。


 いつか力を持ったら、すべてを殺そうとさえ思った事もある。

 けれど、五月姉さんと出会えたから、他人ひとを信じられるようになったのだ。


「俺にとっては、姉さんと同じ位、メイちゃんの事も大切なんだ」


 一人にさせてゴメンね――と俺は謝る。

 すると五月姉さんこと『マーメイド』は声を上げて泣いた。


 今日はこういう事ばかりだ。

 三人も女の子を泣かせてしまった。


(いや、モモを入れると四人か……)


 勿論もちろん、モモの場合は声を上げてはいなかったし、涙も流さなかった。

 けれど、心の中では泣いていたのだろう。


 俺はメイちゃんを抱き締める。彼女の身体はれているので、正直、勘弁して欲しかったけれど、ここは我慢しなければいけない所だ。


 やがて落ち着いたのか、彼女は冷静になり、ピタリと動きをめる。

 そしてほほを染めた顔で俺を見詰めると、慌てて俺から離れた。


「そろそろ、乾かした方がいいと思うんだけど……」


 出来れば、俺の服もね――と俺はれてしまったジャージを広げて見せる。

 彼女はコクリとうなずくと【魔術】を使用し、れた衣服や髪を乾かした。


「水も大分だいぶ、引いたようだし……そろそろ来る頃かな?」


 俺は天井を見上げる。【魔力】の回復にはカグヤが必要だ。

 さっきは遠慮して、最低限の【魔力】しかもらわなかった。


「あのねっ! しぃくん……」


 と『マーメイド』が呼ぶので、


「今は『レイ』って名乗ってるよ」


 オバケの方のね――と俺は少し、お道化どけた調子で言葉を返す。

 ブブブッ!――『魔操具デバイス』が震えたので確認すると『シンデレラ』からだった。


 雨漏あまもりがするので、早くむかえに来て欲しい――という内容だ。

 状況を想像して、思わず笑ってしまう。そんな俺に対し、


「レイ、わたし――汚れてしまったの……」


 彼女は悲しげな表情で言葉をつむぐ。さっき胸を隠さなかったのは――汚れた自分を見て欲しい――という自虐だったのだろうか?


「それにねっ……人も沢山、殺して――」


 俺は再び、彼女を抱き締めた。

 外で色々と見て来た。犠牲になるのは、常に弱い立場の人間。


 ――女子供、それに年寄りだ。


 俺達を見捨てて逃げた彼女は、罰を受けたと思っているのだろう。

 でも、そんな事は誰も望んではいない。


「メイちゃんは綺麗なままだよ――それに人なら……」


 俺も沢山、殺した――と告げる。

 誰かがある日、世界を変えてしまったのだ。


 だから、これは誰の所為せいでもない。


「カグヤと俺の娘――『アイラ』と『名付け』をしたけれど――メイちゃんになついていたよね」


 俺の台詞セリフに、


「あーちゃんは、しぃくんの子供だったの⁉」


 と彼女はおどろき、目を丸くする。


「メイちゃんと別れた後、連れていかれた施設でカグヤと会ったんだ」


 俺の説明に――そう、なの?――とメイちゃんは戸惑っていた。

 まだ俺が捕まった時の事を気にしてるらしい。


「アイラは人間の本質的なモノが分かるみたいなんだ……」


 だからね――俺は『マーメイド』の頭をでる。

 確か、姉もこうしていたはずだ。二人は仲が良かった。


「アイラがなついているメイちゃんは……やっぱり、綺麗なままだと思うんだ」


 俺はぐに彼女を見詰めた。


「ありが……とう」


 とつぶやく『マーメイド』。目を見開き、涙を浮かべたが、それをぬぐう。

 次に俺を見詰めた、その瞳には強い意思が戻っていた。


 周囲では崩れた天井の破片が宙を舞い、少しずつ修復されているようだった。

 不思議な光景だ。


 けれど、それは『オヤユビ』の【魔力】が回復した事を意味するのだろう。


「きゃあ~っ!」


 と階層フロア内に女の子の悲鳴が響き渡る。知っている人物だ。

 【魔力】が少ないので勘弁して欲しい所だけど――


 カグヤが世話になっているので仕方がない。

 俺は落ちてきたウサミを【魔術】で空中に浮かせる。


 それとほぼ同時に、今度は巨大なモノが降って来て、床へと突き刺さった。

 紺色の水着――旧スクール水着――姿の『オヤユビ』だ。


 体操着ブルマー姿といい、誰かにだまされているのだろうか?

 水はほぼ無くなっているので、地面から下半身が生えた状態になっている。


 残念ながら、今の俺には助ける【魔力】がない。


「パーパ、メイちゃん! なかよしなのよ♪」


 アイラが笑顔で俺と抱き合っている『マーメイド』の周りをクルクルと浮遊した。


「まったく、心配してきてみれば」


 とはカグヤだ。漆黒の剣を空中に出現させ、階段のように使って降りて来る。

 周囲が薄暗いため、天井から射す光が彼女を照らす照明スポットライトのようだ。


 その様子はまさに天から降りて来る女神に見えた。

 俺は『マーメイド』から離れると彼女を受け止めるため、両手を広げた。


 カグヤはなん躊躇ためらいもなく、飛び降りて来る。

 俺は難なく受け止めた。すると、


「お待たせ♡」


 と彼女は微笑ほほえむ。本当は気の利いた言葉を返す事が出来れば良かったのだけれど、


「ゴメン、もう限界なんだ」


 そう言って俺はカグヤのくちびるを奪うと【魔力】を吸収する。

 やはり、接触すると効率がいい。

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