第24話 謝る必要なんて、何処にもないよ……


 ――〈亡霊視点〉――



「ああ、つながった……」


 『魔操具デバイス』は通話の機能も備えているので助かる。

 流石さすがに声を届けるには水から一度、出る必要があった。


 ただ、俺の――〈魔域接続アクセルリンク〉――と合わされば、水中でも操作が可能だ。

 簡単な経緯けいいだけを先に文章で送っておいた。


「こっちは大丈夫だから、安心してくれ……」


 とカグヤに伝え、通話を終える。

 想定してはいたが『オヤユビ』との戦闘で、床が限界寸前だったらしい。


 通常であれば、放って置けば自動で修復されるのだろう。

 しかし、階層フロア管理者マスターである『オヤユビ』の【魔力】の消耗しょうもうが激しかった。


 そのため、本来の機能を十分に果たせていないようだ。

 結局、タイミング悪く床が崩れてしまった。


 下の階層フロアへ落ちたのだが、大量の水が引くまでは、もう少し時間が掛かりそうだ。

 場所は植物園だろうか? 天井の明かりが無くなった為、周囲は薄暗い。


 取りえず、大きな木があったので、その枝で待機する事にした。

 ウッドデッキ――いや、バルコニーになっているようだ。


 恐らく【魔術師】達が植物園を見渡しながら食事をするのだろう。

 何故なぜ、太陽の届かない塔の中で植物を育てているのかは謎だった。


 最初は実験用かと思っていたが、観賞が目的のようだ。

 それよりも、俺の【魔力】が心許こころもとない。


「さつ――」


 俺は気を失っている女性――『マーメイド』――に声を掛けようとして、思いとどまった。先程は嬉しくて、つい名前を呼んでしまったけれど――


(失敗だったかな……)


 と思いなおす。いつもなら、こんな事はないはずだ。

 けれど、久遠くおんと再会できた事で相当、舞い上がっていたらしい。


 つい懐かしさで嬉しくなり、気がゆるんだため、彼女の名前を呼んでしまった。

 まあ『名付け』を行ったのがカグヤなら、本名を知られた所で安心だろう。


 彼女より強い【魔術師】を俺は知らない。

 それよりも、俺が名前を呼んだ事が原因で、彼女は取り乱してしまったようだ。


 足をすべらせ、そのまま水の中に沈んでしまった事にはおどろかされた。


「あぁんっ、うぅぅんっ……!」


 と何処どこか色っぽい声を出し、五月さつき姉さん――いや、『マーメイド』は気が付いたようだ。そういえば昔から、変な男が寄ってきていた事を思い出す。


「気が付いた? 姉さん――いや、メイちゃんか……」


 アイラが彼女の事をそう呼んでいたので、俺もそう呼ぶ事にした。

 男性不信と聞いているので、必要以上に近づかない方がいいだろう。


 一方、しばらくの間、ぼんやりとした表情で俺を見詰めていた『マーメイド』だったけれど、


「しぃちゃん、なの?」


 と口にした。


「そうだよ、メイちゃん」


 俺は目線の位置を合わせるため、その場にかがんだ。

 同時に――プッ――と吹き出す。


「『マーメイド』なのにおぼれるなんて……」


 相変わらず、メイちゃんはドジだよね――と俺は苦笑した。

 話したい事は山ほどあるけれど、今は我慢しよう。


「だって、もう会えないと思って――」


 そう言って『マーメイド』は黙った。

 恐らく、この場に俺の姉が居ない事を考慮こうりょしたのだろう。


「大丈夫、姉さんも生きているよ……」


 そんな俺の言葉に、彼女は――ホッ――と胸をで下ろした。

 水にれた制服がピッチリと身体に張り付いている。


 その女性らしい、ふくよかなラインを強調していた。

 多くの女性は、あまり彼女の横に並びたがらないだろう。


ずは、服を乾かした方がいいみたいだね」


 俺の言葉に彼女は頬を赤くし、胸を隠したけれど、何故なぜかそれをめた。

 見て欲しい――という訳でもなさそうだ。


 それよりも、何処どこか悲しそうに見える。

 彼女とは幼い時、一緒に旅をしていた。


 逃亡生活と言った方が正しいかも知れない。姉は俺が【魔術師】だいう事に気が付いて、住んでいた街を逃げるように出たのだ。


 今にして思うと『モモ』の場合ケースといい、子供の内は【異界】の影響を受けにくいのかも知れない。姉さんはいたって正常だった。


 あのまま街に居ては、俺が殺されると感じたのだろう。

 俺は手を引かれるがまま、姉と森の中を彷徨さまよっていた。


 その旅の途中で彼女――五月姉さん――と俺達は出会ったのだ。


 彼女も俺達と同じ理由で逃げていたようのだろう。

 俺と姉さんは倒れていた彼女を見付けて介抱した。


 二人は気が合うようで、ぐに意気投合する。

 俺としては、姉が二人になったようなモノだ。


 口喧くちやかましくて困ってしまう。

 その頃の俺の【魔術】は、自分の身体を軽くする程度のモノだった。


 他には小さなモノを動かす位で、まったく役には立たない。

 一方で五月姉さんの【魔術】は液体の流れを操作する事にけていた。


 水を出してくれたり、洗濯物を乾かしたりと重宝したのを覚えている。

 だから、彼女の【魔術】を使えば、れた衣服や髪を乾かすのは簡単なはずだ。


 水分だけを衣服から取り除けばいい。

 人間に応用すると大変な事になりそうだ。


「早くしないと風邪を引くよ」


 当然、俺はれていないので乾かす必要ない。

 ただ、あまり彼女を見るのも失礼だろう。


「変なメイちゃんだな……」


 そう言って俺は彼女に背を向けた。


「でも、生きていてくれて良かったよ――実はあの後……」


 施設に連れていかれて――と俺は彼女と別れた時の話をする。

 けれど突然、背後から彼女に抱き付かれた。


 透過する事も出来たけれど、それはしない事にする。

 ジャージ姿なので、彼女の水分で俺までびしょれだが、我慢しよう。


「泣いているの?」


 俺の問いに、


「ゴメンなさい……」


 彼女は謝った。俺は苦笑すると、


「謝る必要なんて、何処どこにもないよ……」


 それより、カグヤ達と仲良くしてくれてありがとう――と告げる。

 彼女が俺に謝る理由は簡単だ。


 結局、子供だけで、いつまでも逃げ切れる訳がない。

 彼女はその場から逃げて、俺は捕まってしまった。


 それだけの話なのだ。

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