第19話 簡単に死んでくれるなよ♡


 どうして、こうなったのだろうか?

 応援席からは、


「パーパ、あいと、あいとよー!」


 ウサミのひざに乗ったアイラが応援してくれている。

 というか、観客席には制服姿の人影もあった。


 カグヤは何故なぜか、俺が勝つと思っているようだ。

 止めて欲しかったのだけれど――仕方がない。


(う~ん、信頼が重い……)


 月の出ている夜は【魔力】が高まる。

 恐らく、月が【魔力】を反射しているのだろう。


 【魔力】の高まりは、そんな月の満ち欠けに影響しているようだ。大気が乱れていても、月の影響が大きい満月の夜なら『黒陽計画』を強行する可能性もある。


悠長ゆうちょうに話し合いをしている時間はないか……)


 俺は今、親指姫と闘技場アリーナで向かい合っていた。

 俺がカグヤに相応しいか、腕試うでだめしをしたいらしい。


 カグヤの口振りから、簡単に説得できるような雰囲気だったのだが、意味が分からない。ちなみに俺はウサミが用意してくれた運動用のジャージに着替えている。


 流石さすがに、あの格好のまま塔内を彷徨うろつくのは目立つ。


(こういう目立つ役はキャベツの担当なんだが……)


 いつも大事な時にいない。

 一方で目の前の親指姫はみょうにヤル気のようだ。


 そもそも男性と女性では圧倒的に女性の方が【魔力】が高い傾向にある。

 ましてや相手は【七姫セブンス】だ。


 ――いきなり大ピンチじゃないか⁉


「えっと、女の子を殴る趣味はないんだけど……」


 そんな俺の台詞セリフに、


「構うな、わたしを女だと思わなくていい」


 と返される。親指姫とは名ばかりで、俺よりも一回りは大きな女性。

 身長だが2メートルは軽く超えている。ピチピチの体操服を着ていた。


 シャツには『おやゆび』と平仮名ひらがなで書かれ、下はブルマーだ。


(趣味だろうか? いや、誰かにだまされている可能性も否定できない……)


 【魔術】で肉体を強化した場合、更に一回り大きくなるのだろう。

 ただ、キャベツで見慣れているため、それほど威圧プレッシャーは感じない。


 性格から考えても、明らかに【魔力】を身体強化に使っているタイプだ。

 アイラがなついているようなので、悪い人間ではないのだろうが、


「簡単に死んでくれるなよ♡」


 と親指姫こと『オヤユビ』は微笑ほほえむ。


(うん、完全に俺を殺る気だな……)


 すでに――〈魔域接続アクセルリンク〉――は発動している。

 問題は俺の攻撃が通るかだ。


「じゃあ、行くよ」


 俺はそう言って、後ろへ飛退とびのく。

 一旦、距離を取って間合いを把握したかったのだが――


 ――〈握手〉グラビティボム


 高速で俺が立っていた場所に掌打しょうだが叩き込まれる。


 ――早いっ!


 結局、攻撃をかわす結果となった。

 床が粉砕され、破片が飛び散る。


「やるな……」


 とは『オヤユビ』。


(いえ、ただの偶然です……)


 だからその――コイツとなら、本気を出して戦ってもいいかも知れない――みたいな顔は止めて欲しい。


 俺は切り離しておいた右手を『オヤユビ』の下顎したあご、目掛けて放つ。

 こちらも掌底打ちだ。


 油断していたのか――ブフッ!――と『オヤユビ』が声を上げる。

 上手くクリーンヒットしたようだ。


 彼女は蹌踉よろめくとひざく。

 だがぐに顔を上げ、俺をにらんだ。


 自動回復したのだろう。身体強化に【魔力】を使っている【魔術師】にはよく見られる光景だ。この手の【魔術師】に生半可なまはんかな攻撃をしてもダメージにはならない。


(相手の利き手は右か……)


 対面している俺は右へ飛退とびのき、彼女の周囲を回って隙をうかがおうとしただが――


 ――〈いっけな~い、遅刻遅刻ぅファーストインパクト〉!


 次の瞬間、強力な衝撃波が闘技場アリーナを揺らした。

 どうやら『オヤユビ』が体当たりショルダーチャージを行ったらしい。


 一瞬にして俺の横をり抜けたようで、後方の床がくぼみ、罅割ひびわれる。

 まるで一撃一撃が大砲のようだ。


(これは常に動き回らないと不味まずいな……)


 運良く彼女の背後を取る形になったので――〈電影弾〉パラライズショット――を放つ。

 しかし、背中に命中はしたが、まったく効いてはいないようだ。


 本来は透過した状態で頭に指を入れ、相手の脳を焼き切るのに使っている。

 だが、流石さすがにそれは出来ない。


(向こうはこっちを殺す気だけれど……)


 一方で『オヤユビ』は超人的な瞬発力を発揮して飛び上がった。

 そして――ドゴッ!――天井に頭がり込む。


 しかし、天井を持ち上げるように両手でつかむと、両足を振って勢いをつけて頭を引っこ抜く。握力だけで、平面の天井にしがみ付いているのだろうか?


 そのまま鉄棒でもするかのように身体を上下に反転させると、天井に足を付け、俺目掛けて突撃してきた。


 ――〈転校生って、あなたは今朝のっセカンドインパクト〉⁉


 再び、爆音と風圧がおそう。

 気が付いた時には闘技場アリーナの床は跡形もなく消し飛んでいた。


 床の中にもぐっていなければ危なかっただろう。

 粉塵が舞い、視界がさえぎられている。今日はこれで二回目だ。


 俺はスルリと床から飛び出すと、


「あの、大丈夫?」


 頭どころか、上半身が減り込んでいる彼女に言葉を掛けた。

 下半身が床から生えている。


(笑ったらダメだよな……)


 それにしても、昭和臭のする連続攻撃だ。

 この塔は昭和がブームなのだろうか?


 放って置けば、自力で抜け出すのだろけど、俺は彼女と床の一部に――〈憑依コネクト〉――を使って彼女を引っこ抜く。


「プハーッ!」


 と『オヤユビ』は呼吸をし、顔をブルブルと振った。

 その姿は大型犬を連想させる。


 次に彼女は俺を目視で確認すると起き上がって臨戦態勢ファイティングポーズをとった。

 どうやら、まだ続けるらしい。


 衣服はすでにボロボロで裸同然といってもいい。

 そんな女の子を相手に、俺はなにをやっているのだろう。


 カグヤを見ると――やっちゃっていいわよ――という顔をしていた。

 どうやら、親指姫とは肉体言語でしか語り合う事が出来ないらしい。

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