第18話 もうっ! いい所だったのに……


 地下にとらわれているという『サンドリヨン』――もとい『シンデレラ』。

 彼女を釈放しゃくほうするには【七姫セブンス】の過半数の許可が必要らしい。


 現状では【七姫セブンス】が六人という事になるので、三人の許可が必要だ。

 つまり、カグヤが居るので後二人となる。


「俺が地下に行って、助け出してきてもいいけど……」


 俺の【魔術】を使えば救出は簡単だろう。

 時間が掛からない一番、楽な方法だ。


「その場合、他の【七姫セブンス】が敵に回る可能性があるわね」


 一対一なら負けないけれど――とカグヤ。

 確かに、こっそりと行動した場合、バレた時が面倒そうだ。


 元々、説得する必要もある。話し合いは必須だろう。 


(だから、溜息をいたのか……)


 『シンデレラ』と合流するには、先に二人の【七姫セブンス】を味方に付ける必要があるようだ。


「メイちゃんとユビちゃんにあうのよ」


 とはアイラ。どうにも、先程からの様子を見ていると――娘は、この塔で暮らしていた――その記憶があるようだ。


 勝手知ったるなんとやら――自由に行動している。最初は好奇心が強いだけかと思っていたのだが、知っているからこその行動だったらしい。


 【七姫セブンス】達とも面識があるようだ。


(いや、むしろ……仲がいいのか?)


 最初はアイラの能力が塔を攻略する鍵だと思っていたのだけれど――


(もしかして【七姫セブンス】の説得に必要だったのか⁉)


 ――ウチの娘、最強説が浮上か?


「『オヤユビ』はいいけれど、『マーメイド』はどうかしら……」


 とカグヤは悩む。彼女の話によると人魚姫の方は男性不信らしい。

 事情を話すとなると、俺の事も話す必要があるだろう。


「『ラプンツェル』の方がいいわね」


 良くも悪くも研究以外には無関心だから――とカグヤは付け足す。

 それはそれで難儀なんぎな性格だ。


 同時に『黒陽計画』を阻止そしする一番の障害になりそうな気がする。ただ――『シンデレラ』の釈放――という点についてだけなら、詮索せんさくされる事はないのだろう。


「そもそも、なんで捕まっているんだ?」


 今更な俺の質問に、カグヤとウサミは顔を見合わせる。


「わ、わたくしが聞いているお話だと、引きもっているのだと……」


 ウサミが申し訳なさそうに答えた。


「元々の性格もあるのだけれど……アイラを外に逃がしたから、その責任――いえ、追及ついきゅうのがれるために引きもっているのよ」


 とカグヤは頭を悩ませる。

 今の情報だと――引きもり――という以外に話が見えない。


 そんな俺の様子から察したのだろう、


「アイラをこの塔から逃がすのに、彼女に協力してもらったのよ」


 とカグヤは語る。『逃がす』とは物騒な話だ。

 何者なにものかに狙われていたのだろうか? 


 そんな俺の考えを見抜いたのか――違うわ――彼女は静かに首を横に振る。


「この塔で育てば【魔術師】側の考えでしか、世の中を見る事が出来なくなるからよ……」


 とカグヤ。確かに外には【魔境】が広がり、更には日本があって世界がある。

 様々な地域で、それぞれの文化を持って人間が暮らしている。


「今はまだいいかも知れないけれど、それではいけない時がきっと来るわ」


 その時はきっと、私は守ってあげられない――そう言って彼女はアイラを見詰めた。すっかり母親の顔をしている。


「多分、アイラの能力を知ったら、それを利用しようとする連中が出てくる」


 それは【魔術師】かも知れないし、外の人間かも知れない――とカグヤ。

 彼女自身、利用されてきた立場だからこそ、分かる感覚なのだろう。


 少なくとも、彼女は信じていた者に裏切られ続けてきた。

 この世界は彼女の優しさを踏みにじり続けてきた。


 それでも、彼女はその経験を愛する娘のために活かす事にしたようだ。


「少なくとも、アイラには仲間が必要よ……」


 そのためには、外を知る必要があるの――苦渋の決断だったのだろう。

 彼女の口調から、それが伝わってくる。


 恐らく、アイラはこの塔では祝福されるような存在なのだろう。

 【七姫セブンス】達も娘を大切にしてくれていたようだ。


 だからこそ、アイラは【魔術師】達の王になる。

 その時、この塔の中だけしか知らなければ、どうなるのか。


 さといカグヤの事だ。理解しているのだろう。

 今はこの【魔境】に干渉しては来ないが、外の人間の数は多い。


 経験から力を持たない人間が、いつ【魔術師】に対して牙をくのか分からない。

 ある日突然、外の人間の圧倒的な悪意にさらされる日が来るだろう。


 娘はそれに耐えられるのか?

 同時に【魔術師】達の事しか知らないのであれば――


(選択できる道は戦争しかなくなる……)


 争った先にしか彼女の未来がないのであれば、それはすごく悲しい事だ。

 親として出来る事は、彼女の可能性を信じてあげる事だったのだろう。


「私が貴方あなたと出会えたように、きっと出会いが運命を変えてくれる」


 そう言って、カグヤは俺を見詰めた。

 当然、俺はそんな彼女の手を取り、彼女を見詰め返す。


 綺麗な漆黒の双眸そうぼう。ほんのりと上気した頬。つややかな唇。


「カグヤ――君が居てさえくれれば、どんな闇も怖くはない……」

「レイ――貴方あなたの存在が、いつも私の心を照らしてくれる……」


 お互いにそう言って、自然と唇を重ねようとした時だった。

 ブブブッ!――と円卓テーブルの上に置いてあった【魔操具デバイス】が振動する。


(メールだろうか?)


「もうっ! いい所だったのに……」


 と頬をふくらますカグヤ。そんな彼女に、


「あ、あのー……カグヤ様?」


 申し訳なさそうにウサミが声を掛ける。


(そういえば、居たのだった……)


 彼女はアイラを抱っこした状態で、目隠しをするように娘の顔に手を当てていた。

 一部始終を見て――いや、見せられていたので顔が赤いようだ。


「お客様です……」


 とウサミがカグヤに告げると同時に大きな音を立て、ドアが吹き飛んだ。

 カグヤとウサミは――やっぱり――という表情をしている。


 ――いったい、何事なにごとだろうか?


 メールの内容を確認していた俺の目には――親指姫を部屋に向かわせた――と『シンデレラ』からの通知が映っていた。

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