第17話 今は無理なの……


 ――〈亡霊視点〉――



「ごめんなさい――今は無理なの……」


 そう言って、カグヤは手を引っ込めた。

 一度は俺が差し伸べた手を取ろうとしたのだけれど、なにか訳あるようだ。


 彼女の力になりたい――今も昔も、俺のその思いは変わらない。


「マーマ?」


 アイラは不安そうに、そんなカグヤを見上げた。俺達と一緒に『この塔を出るのが嫌』な訳ではないのだろう。となれば――


(やはり、あの話は本当だったようだ……)


 出来れば、そちらもウソであって欲しかった。


「【異界】とこの世界をつなぐ……」


 俺は静かにつぶやく。

 彼女は一瞬、目を見開いたようだったけれど、ぐに平静をよそおった。


 どうやら正解らしい。この塔で――その実験が行われている――とは聞いていた。

 そして、それを止める事を条件に彼女の情報を手に入れたのだ。


 今から考えれば――俺達がこの塔に来た――という時点で、カグヤが計画の阻止に動くと読んでいたのだろう。


 当然、俺もそれに付き合う事になる。

 すべては――あのドラム缶ヒジキ――いや『サンドリヨン』の計画通りという訳だ。


「ええ、そのために【魔術師】を集めているの……」


 とカグヤは静かに答える。

 情報通り【七姫セブンス】である彼女も首謀者の一人のようだ。


 この世界は【魔術師】にとっては生き辛い。自暴自棄になり、すべてを滅ぼそうとしても、誰も彼女達を責める権利はないはずだ。


 他人ひとが苦しんでいる時に、見て見ぬ振りをするという事は、そういう可能性をはらんでいる事につながる。


 だが、彼女は知ってしまった。

 俺やアイラ、モモが生きているという事を――


 当然、カグヤはそれを阻止しようとするだろう。

 彼女には、その【魔術ちから】がある。


「【異界】の太陽をこの世界に呼び出す――『黒陽計画』……」


 それを止めないと――とカグヤ。

 この塔が建設された本来の目的はどうやら、それのようだ。


 現段階で計画が成功するのかは、俺には分からない。しかし――


(計画が成功したとしても、失敗したとしても……)


 ――この世界におよぼす影響ははかり知れない。


 【魔術師】だけが生き残る事の出来る世界になるのなら、まだいい方だ。

 けれど、この世界が【異界】に飲み込まれる可能性だってある。


 いや、むしろ――その可能性の方が高い。

 彼女達は、この世界を【異界】に変えようとしているのだろう。


 助けを待つお姫様は幻想で、その正体は世界を滅ぼす【魔王】だったらしい。

 そもそも【魔術師】の頂点に立つのが【七姫セブンス】の称号だ。


 言い換えれば――【魔王】の存在に一番近い――とも言える。


「一緒に止めよう……」


 そう言って、俺は椅子イスから立ち上がる。

 キョトンとした表情で俺を見上げるカグヤ。


 間抜けな表情だが、不覚にも俺は『可愛い』と思ってしまう。俺が彼女と娘のために命をけようとしたように、彼女もまた同様の考えにいたったようだ。


 ――似た者夫婦らしいな。


 カグヤは理解したのか、微笑ほほえむと立ち上がり、


「そうね!」


 と口にする。

 意味を理解していないのだろうが、アイラも――おーっ!――と声を上げた。


 俺とカグヤは思わず笑ってしまう。

 一方、訳が分からず、ウサミは動揺しているようだった。


 どうやら【魔術師】全員に、この計画が伝わっている訳ではないらしい。


「俺達はこれから【七姫セブンス】と戦う事になるかも知れない……」


 とカグヤの代わりに俺は告げた。

 見た所、ウサミの【魔力】はそれほど高くはないようだ。


 部屋で大人しく隠れているか、塔から逃げるかした方が安全かも知れない。

 けれど彼女は、


「いいえ、わたくしはカグヤ様と一緒がいいです!」


 と言い切った。


「わたくしはカグヤ様に助けて頂きました」


 だから、カグヤ様のためなにかしたいのです――と答える。

 ただの世話役という訳ではないらしい。俺はカグヤに視線を移すと、


「分かったわ――ずは彼に……」


 私の予備の『魔操具デバイス』を渡して――彼女はウサミに指示を出す。


かしこまりました」


 とウサミは奥の部屋へと向かった。

 カグヤの話によると【魔術師】同士の戦いには『魔操具デバイス』が必須らしい。


 そう言われると、カグヤとウサミも持っていた気がする。見た目は『スマホ』だが基地局アンテナのない、この塔では電脳世界ネットに接続するのが目的ではないのだろう。


 ぐにウサミが戻ってきて、俺にソレを渡した。


「私の【魔力】で起動するわ」


 というので、俺は自分の【魔力】の波長を切り替える。

 俺が持つ【魔術】の応用なので、誰にでも出来る訳ではない。


 カグヤから簡単な説明を受けた。

 どうやら【魔術】の設定をしておくと、簡単に発動できるようになるようだ。


 カグヤのように【魔力】が高く、細かい調整が必要な【魔術】を使う【魔術師】にとっては必需品だろう。


 少なくとも――気合を入れ過ぎて被害を大きくしてしまう――という事態は防げそうだ。また【魔力】の残量や塔の階層図フロアマップも確認できた。


「私の権限で階層フロアの移動も可能よ――ただし……」


 階層フロア管理者マスターの方が権限は上だから気を付けて――と忠告を受ける。


「作戦はあるのか?」


 俺の問いに対しては、


「【七姫セブンス】を説得して回るしかないでしょうね……」


 と肩をすくめる。恐らく――力尽くで――という枕詞まくらことばが入るのだろう。

 本来なら、計画の実行は今夜だったらしい。


 しかし、今日は生憎あいにくの天候だ。大気の【魔力】が乱れている。

 余程の事がなければ、計画は中止だろう。


(首の皮一枚つながった――という所か……)


 ――だが、安心も出来ない。


ずは『サンドリヨン』に会いに行きたいんだが……」


 俺の言葉に――やっぱりね――彼女はそう言って、溜息をいた。

 なにか面倒なの事があるのだろうか?


「サンドリヨン――シンデレラなら地下にとらわれているわ……」


 とカグヤ。普通の手順で釈放しゃくほうするには【七姫セブンス】の半数の許可が必要らしい。


(いったい、なにをやらかしたのやら……)

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