第20話 やれやれ、世話が焼ける……


 裸同然の女の子が相手とはにくい。

 パワーはキャベツより上、スピードもモモをはるかにしのぐだろう。


 しかし、その技術はまだまだ未熟だ。

 『オヤユビ』は大技をめ、打撃主体のコンパクトな攻撃に切り替えたようだ。


 〈指圧〉ピアーシングストライク――と指先に【魔力】を込めた連打を放ってきた。

 長くリーチのある剛腕から繰り出されるそれは、まるで槍のようだ。


 けれど、勝負はすでに決している。

 俺は脱力すると同時に、その攻撃をゆらりとかわす。


 そして、流れるように彼女へれる事の出来る距離に移動する。

 おどろく『オヤユビ』。彼女には、俺がまた消えたように見えたのだろう。


 『オヤユビ』の巨体を透過し、彼女の力を利用する。

 更に床の一部を透過させ、彼女の重さを消す。


 重心を崩すのは簡単だ。俺は彼女を床へと投げつけた。柔術の応用である。

 彼女が立ち上がるたびに、俺は何度なんども彼女を床に転がす。


 痛くはないだろうが、精神的なダメージは大きいはずだ。


(しかし『魔操具デバイス』とは便利だな……)


 俺の――〈憑依コネクト〉――との相性がいい。

 一定の【魔力】で【魔術】を使用できる上、手に持たなくても操作可能だ。


 加えて――〈魔域接続アクセルリンク〉――と併用すれば、壊される心配もない。

 一方で自棄やけになったのか『オヤユビ』の【魔力】が高まる。


(これは不味まずいな……)


 俺は助けを求めてカグヤを見たのだけれど、彼女はすでに――〈漆黒剣の輪舞ブラックフィールド〉――を展開させていた。


 彼女の周囲と見学に来ていた生徒達を『漆黒の剣』がおおうように守っている。

 やれやれ、自分でなんとかするしかない。


 『オヤユビ』は仰向あおむけに倒れたまま、一気に天井れまで跳躍ちょうやくすると身体をひねって床に足を付ける。


 再び、突撃して来るつもりなのだろう。


(また、床にもぐって逃げてもいいけれど……)


 既に俺は彼女の背中に転移していた。

 〈魔域接続アクセルリンク〉――の状態にある俺には、距離は関係ない。


 そして、同時に――〈憑依コネクト〉――を行った。今までは身体の一部を切り離して、物を浮かせたり、動かしたりする程度の使い方だった。


 だが、今回は完全な乗っ取りだ。必要以上に【魔力】を消費する上、自分より上位の【魔術師】を完全に操る事は出来ない。


 ただ、【魔術】の威力を制御コントロールする位は出来るはずだ。

 彼女は両こぶしを前に突き出すと、


 ――〈親同士が決めた許嫁ですってファイナルインパクト〉!


 と叫ぶ。後は天井をって、床へと突撃するだけだ。


(人間誘導弾ミサイルと言った所か……)


 直撃する必要はない。ただ落ちればいい。

 全力で【魔術】を使用しているだけのようだ。


 流石さすがにここまで単純で強力な【魔術】はめられない。

 彼女自身にも、相当な負荷が掛かるのだろう。一種の自爆に近い。


 威力は俺がこの塔に突入する際に使用した『重突撃槍ヘビーランス』の一撃に匹敵する。

 塔が壊れるのは構わないが、下の階層フロアには【魔術師】達もいる。


 下手をすると『シンデレラ』も生き埋めだ。


(やれやれ、世話が焼ける……)


 俺は『オヤユビ』の【魔力】を奪いつつ、『魔導書グリモア』との接続を妨害した。

 焼け石に水だろう。それでも、やらないよりはマシだ。


 次の瞬間には塔全体が振動し、まるで地震が発生したかのように大きく揺れた。

 まだ、床が残っているのが奇跡だ。


 下の階層フロアがどうなっているのかは分からない。

 けれど、これ以上、戦闘を続ける訳にはいかない。


 強制的に『魔導書グリモア』との接続を切られた事と【魔力】の消耗が激しい事が原因だろう。『オヤユビ』の自動回復が追い付かないようだ。


 ハァハァと息を切らせ、ひざいている彼女の目の前に立つと、俺はその額を小突こづく。〈憑依コネクト〉――の効果で重さは関係なくなっている。


 そのため、簡単に引っり返った。


「それまでっ!」


 とはカグヤだ。ウサミと一緒に近づいてきた。

 しかし、床が崩れそうなので、俺は静止するように合図を送る。


 一方で――うわぁ~ん!――と声を上げ、泣き出す『オヤユビ』。

 ほとんどのダメージは自傷じしょう行為こういによるモノだ。


 ――何処どこか痛かったのだろうか?


 取りえず、彼女を持ち上げるとカグヤのもとまで飛翔した。

 お帰りなさい――と微笑ほほえむカグヤに、


「ただいま」


 と俺は返す。同時に『オヤユビ』を床に降ろした。

 彼女はその場にへたり込むとシクシクと涙をこぼす。


「ゆびちゃん、いーこ、いーこよ」


 なかない、なかないのよ――とアイラが彼女の頭をでる。

 すると更に『オヤユビ』は声を上げて泣いた。


 理由は分からないが、なにか服を着せてあげた方がいいだろう。

 俺はウサミに指示を出す。


 後はカグヤに引き継ぎバトンタッチだ。正直【魔力】の消費が激しい。

 カグヤに【魔力】を分けてもらおう。


「ひゃうっ♡」


 俺が――〈魔力吸収マジックドレイン〉――を使用すると、カグヤは変な声を上げた。


(そう言えば、彼女はこれをされるのが好きだったな……)


 理由は教えてくれなかったが――私以外の人には使わないでね♡――とお願いされていた事を思い出す。


「カグヤ様、どうされました?」


 ウサミが主人あるじの異常に気が付き、声を掛けると、


「な、なんでもないわ……ひゃんっ!」


 とカグヤが背筋を伸ばした。首をかしげるウサミ。

 そして――もう、意地悪っ!――とでも言いたげな表情でカグヤは俺を見詰める。


 俺は不覚にも、色っぽいと思ってしまった。

 赤く染まったほほうるんだ瞳がみょうに印象的だ。

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