第13話 それより、アレはどうする?


「あ˝あ˝ぁ~!」


 と私は思わず、声を上げてしまう。

 そんな私を彼はしっかりと抱きめてくれた。


 記憶にある彼は小さく、頼りなかった。

 けれど、すっかりとたくましくなったようだ。


 広くて硬い胸板に、私は顔をうずめて泣いた。

 その間、彼も娘も私を優しくでてくれる。


 大好きな人達に触れられる。

 彼の心臓の音が聞こえる。


 その事が……たったそれだけの事が――

 こんなにも安心できる事だったなんて――


 私は長い間、忘れていたようだ。

 やがて、落ち着くと同時に、ピタリと泣くのを止める。


(本当はずっと、こうしていたいのだけれど……)


 そういう訳にも行かない。私は彼の身体から離れる。

 けれど、泣き終えたばかりの顔を見られたくはなかった。


 なので、私はうつむいたままだ。

 同時に残念だと思った。


 彼に会ったら、今の綺麗な私を見せたかったのに――


(いえ、血塗ちぬられて――汚れたままよね……)


 私はなにも変わっていない。

 『治癒術師ヒーラー』に外見を元通りに戻してもらったけれど、内面は汚れたままだ。


 それでも彼は――私を可愛いと、綺麗だと、愛していると――言ってくれるのだろう。想像して安心する自分が、とてもみにくく思えてくる。


 ここは私が管理する領域エリアのため、カメラはない。

 よって、今ならまだ間に合うだろう。


「ゴメンなさい、一緒には行けないの……」


 彼が私を助けに来てくれた事は聞かなくても分かる。

 しかし――まだ、この塔を離れる訳には行かない。


 あの計画が実行されれば、世界は異なる姿へと変貌へんぼうする。

 それは【魔術師】しか、生きられない事を意味した。


(さっきまで世界なんて、どうでも良かったのに……)


 彼が生きていると分かっただけで、大切なモノへと変わる。

 深い穴の底に居た私を――彼は再び、救い出してくれたのだ。


 ――だから今度は、私が貴方あなたを救う。


「謝らなくていいさ――さぁ、アイラ……」


 一度、ママとは『お別れ』だ――と彼は言う。

 どうやら『アイラ』というのが、彼が『名付け』た名前らしい。


 同時に『お別れ』という事は、ある程度、これから起こる事態を理解しているのだろう。


(このタイミングで私のもとに来たのだ……)


 本当にギリギリのタイミングだけれど、いつも彼はそうだった。

 私が危なくなると助けに来てくれる――そんな乙女な事を考える自分が居る。


 しかし、実際は内通者が居て、彼に情報を流しているのだろう。

 であれば、ここで彼を塔から落とすのが最善手だ。


 壁や『結界』も自己修復しつつある。今なら、まだ間に合うだろう。

 確かに彼と娘なら、あの計画を止めてくれるかも知れない。


 ――けれど……もう、離れたくない!


 そんな私の葛藤かっとうに、彼は気が付いたようだ。


「アイラ、戻って来い!」


 と声を上げる。

 そんな彼の言葉に――いやいや――と娘は首を横に振り、私にしがみ付いた。


「やーなのよ、いっしょ、いっしょがいいのよっ!」


 そんな事を言い出す。

 それが嬉しくて、私は娘を再び抱き締めた。


「ありがとう、私も一緒がいいの――でもね……」


 パパを助けてあげて――私のその台詞セリフに、


「うりゅ?」


 と娘は首をかしげた。再び、私の頬を涙が伝わる。

 どうやら、また泣いてしまったようだ。


 頭では理解しているのだけれど、心が付いて行かない。


「マーマ、どこかイタイ?」


 そう言って、娘は私を気遣う。彼は困った顔をすると、


「取りえず、一度、身を隠そう」


 そう言った視線の先には『結界』があり、すでふさがりかけている。しかし、その表情は『残念』というより、まるで悪戯いたずらを思い付いた子供のようだ。


 昔の彼を思い出す。

 砕かれた壁の欠片もカタカタと動き、互いに結合する。


 この分では壁が修復されるのも、時間の問題だろう。彼は気にした様子もなく、壁を突き破るのに利用した金属の塊を『魔導書グリモア』へと収納した。


 私が原因なのだけれど、修理が必要のようだ。


なおす当てでもあるのかしら?)


 そんな私の心配を余所よそに、彼は私の肩を抱き、


「【七姫セブンス】というのが出てきたら厄介だ」


 この場から離れよう――と移動を促す。

 しかし、私は苦笑すると、


「その心配はらないわ」


 と告げる。彼が首をかしげると、娘も真似まねをする。


「私が……その【七姫セブンス】だからよ」


 今は『カグヤ』と名乗っているわ――その言葉に彼は嫌そうな顔をした。同時に、


「アイツ、知ってやがったな……」


 と忌々いまいましそうにつぶやく。

 やはり、彼に情報を流している人物が居るようだ。


 そうなると目的は――『あの計画』の阻止そし――で間違いないだろう。

 確かにアリスが居れば、確率が上がる。


 すでに私としても『あの計画』に加担する理由がなくなった。

 むしろ、今となっては阻止そしする側だ。


 世界を終わらせるつもりだったのだけれど、彼と娘が生きているのならなんとしても、この世界を救わなければならない。


 本来なら、彼と手分けして事に当たるべきなのだろう。

 けれど、私は自分の気持ちを優先した。


「もう、死んでしまったのかと思っていたの……」


 幽霊じゃないわよね?――私の問いに、何故なぜか彼は苦笑する。

 なに可笑おかしな事を言ったのだろうか?


「こっちよ、私の部屋に案内するわ……」


 ええと――私は言葉に詰まる。彼はそれでさっしたのか、


「娘は『アイラ』と『名付け』をした、ちなみに俺は『レイ』だ」


 光じゃなくて幽霊の方のな――と教えてくれる。

 なるほど、それでさっきは変な顔をしたのか、と私は納得する。


「それより、アレはどうする?」


 彼が指差した先には、気を失ったウサミが倒れていた。


 ――いけない、忘れていた!

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